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海の底で2

 どれぐらい泳いだだろうか。

 ヨナさんの先導に従い、わたしたちは深く深く、どんどん海の底へと潜っていく。


 人魚の身体はすごい。

 もう長い時間、泳ぎっぱなしなのに疲れないし海底でも負荷を感じない。

 綺麗な海の底を、美しい生物につい目を奪われたりしながらも順調に進んでいた。


「ヨナさん、あとどれぐらいでアクアフィリスに着きますか?」


 わたしは前方を泳ぐヨナさんに声を投げる。


「そうですね……」


「みんな止まれ!」


 不意にオヤカタくんが鋭くそう発した。


「オヤカタくん、どうしたの?」


「しっ――クロ様に、お前らも岩陰に隠れるんだ」


 声を潜めながら、オヤカタくんはわたしたちを岩陰に誘導する。


「オヤカタくん、いったい……」


「クロ様、お静かに」


 いつになく真面目な口調でわたしを制し、オヤカタくんは岩陰からそっと顔を出した。

 わたしもオヤカタくんに倣う。ミュウ、ロゼ、チコ、ヨナさんもそれに続いて岩陰から顔を出す。

 すると――

 なにか黒い大きな影が、さっきまでわたしたちがいた場所を泳いでいた。

 ぞくり、と身が震える。

 あの黒い影、よくわからないけど危ない存在……だと思う。魔物……なんだろうか。

 黒い影の姿が見えなくなるまで、わたしたちは岩陰で息を潜めていた。

 身体が感じていた威圧感みたいな物が消えたところで、わたしは長く息を吐き出す。


「ふむぅ、もう大丈夫でしょう」


 オヤカタくんが言うと、みんなの緊張も弛緩する。


「ねえオヤカタくん、さっきの黒い影は……」


「オレにもわかりません。ただ、なにやら危険な感じがしたっていうだけですな」


「野生の勘、みたいな?」


「オレはクロ様の下僕なので野生ではないですぞ!」


 オヤカタくんは強く主張してくる。

 それは置いといて。


「ミュウとヨナさんは、さっきのあれがなにか知ってる?」


 海のことなら、二人の方が詳しいだろう。


「申し訳ありません。私もあのような物を見たのは初めてで……」


「ごめんねクロちゃん、ワタシもわからない……」


「そう……」


 当てが外れてしまった。


「あれはもしや……」


 そう呟いたのはロゼだ。


「ロゼ、なにか知ってるの?」


「いや、自分にもあれがなんなのかはわからないが……クロ、覚えていないか?」


「うん?」


「マリンシェルの漁師たちから報告があったと話したことだよ」


 わたしは記憶を辿る。

 そういえば、ロゼがらそんな話を聞いたような。

 漁師たちが海で謎の黒い影を目撃したとかなんとか……


「さっきのが、漁師たちの見た影?」


「その可能性はあるかもしれない……」


 ロゼは神妙な面持ちで続ける。


「ともかく、注意して進もう」


「そうだね」


 わたしは首肯して、影が去った方向を見やる。


「ふむぅ……あれはもしや……」


 オヤカタくんもそっちを眺めながら、難しい表情で腕を組んでいた。


「どうかした?」


「いやいや、なんでもありませんぞ、クロ様」


 わたしが声をかけると、オヤカタくんは誤魔化すような笑みを浮かべる。


「ささっ、警戒しつつ先を急ぎましょうぞ」


「う、うん……」


 オヤカタくんの態度、妙に引っかかるなぁ。

 あの黒い影について、なにか心当たりがあるのかも。後で問い質す必要がありそう。

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