新年-I→S 抱負
途中で、天然彼女視点→世話好き彼視点に変わります。
ゴーン ゴーン
よく冷えた暗闇の向こう、山の中腹から秘やかに響くのは年明けを予感させる恒例行事の鐘の音だ。
煩悩の数だと言う百八つを打ち終えるのに、どれくらいかかるのだろう?
ふと考えて、自分はたぶんそれを知る前に考えていたことすら忘れるんじゃないか、と横にいる人に目を向ける。
手を繋いで、隣を歩くのは春日真〔かすが しん〕。
志野原愛美〔しのはら いつみ〕はうっとりと眺めて、その熱視線にほどなく気づいた彼に嫌そうに顔を顰められるのも夢のような幸福だと頬を染める。
「だって、嬉しいんだもん」
去年までとは違う、二人の距離。
いつか、壊れてしまうにしても……それは、まだ先の話だ。
それならば壊れる前に、夢見たことすべてを 彼 とやりたい。ほんの少し前ならば、怖くて口にできなかったことも今なら大丈夫、のハズだ。うん。
「キス、したい。ダメ?」
もちろん、口にする方のキスだよ。口づけね!
目を合わせた真は、「おまえなぁ?」と困惑顔。あれ? もしかして大丈夫じゃないんだろうか?
わたし、先走った?
と、不安になると手袋もせずに握り合った手と手が強く繋がって、引き寄せられる。
町内の小さな路地だから、人影はない。けれど、チラホラと初詣に向かう人はいるから今は誰もいなくても気配はそこかしこの家々から漂っている。
唇を合わせるだけのキスをして、抱きしめられる。
ハァ、とあたたかな息を耳に吹きかけられて、ゾクリと背中を欲望が走っていった。
「真ちゃん、好き」
ギュッ、と彼の背中にまわした腕に力を入れて、その彼の匂いの染みついたコートの胸に呟く。
けれど、ため息みたいな愛美の声は彼には届かなかった。というか、届かなくていいんだ。
こんな、重い言葉なんて――。
「え? なんか言った?」
「あのね、真ちゃんが 好き って言ったの!」
バッ、と顔を上げてニコニコ笑って告げるといつものことだと、彼は「ああ、そう」と受け流した。
「あー! 全然本気にしてないなーっ。いいもん、来年……あ! もう今年だね、は真ちゃんの 正規 彼女として身も心もゼンブ捧げちゃうんだからっ」
くふくふ笑う愛美を真は「おまえ、何言って……」と頬をほんのり赤くして、怒ったみたいに睨む。
睨んだって堪えないよ、だって照れてるだけだよね!
「大丈夫、真ちゃんが手を出したくなるくらい肉つけるから。触り心地のいい新生志野ちゃんに乞うご期待!」
ズビシ、と目の前に指を突きつけられた。
(コイツ、馬鹿だろ?)
と、真は思った。いや、頭の出来で言えば彼女の方が彼より数段上なのは知っているが……常識とか対人間関係の意思疎通とかに関しては、トコトン馬鹿に違いない。
真が「太れ」と言ったせいか、やけにこのこと……触り心地でそういう関係になる、みたいなことだが……を気にしている。が、男の視点からすれば触り心地なんて(もちろん、もう少し肉がついたほうがいいとは思うが)どうでもよくて。
むしろ、好きな娘相手に抑制する方が大変なのだ。
キスをすれば、もっと先を想像するし(俺だって健康な男子なんだよっ!)……触りたくて仕方ない。本当は。
だが、触ってしまえば欲望を我慢するのは至難の業だろうし、何より彼女が嫌がる気が まったく しないってーのがな。大問題だ。
愛美は自分に対する蹂躙とも言える仕打ちにひどく寛容な少女だ。
それゆえに、真が気をつけざるをえない。彼女が嫌がらないなら、彼が慎重になるしかないのだから。
(まったく……一体、どんな苦行だよ)
――俺は、唇を重ねるだけのキスにさえ細心の注意をはらってるっていうのにな!
何もわかっちゃいない幼馴染の無防備な彼女にほとほと呆れ、半ばやけくそで「やってみろよ」と挑発的に口の端をねじ曲げた。
腕の中の彼女は「任せといてよ」とばかりにまた馬鹿な口を開きそうだった。から、力一杯抱きしめて黙らせる。マフラーに埋もれた華奢な首筋に顔を潜らせ、息を吐く。
「ひゃあ!」
と、愛美は声を上げ体を捩るが、離さない。放すものか。
( 天誅 )
真は心の中で呟き、ジタバタする愛美に吸いついた。




