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収穫祭-I 飼われたい羊

「不完全近隣系図」最終話から、約半年後のお話です。

 終業のホームルームが終わった教室の扉のあたりで、ザワザワと帰り支度をしていたクラスメートが呼んだ。

 少し、からかうみたいな響きのある、おどけた調子で。


「うぉーい、志野原サン。ダンナ!」


 と、もう二学期も半ばの十月となれば、この扱いにも慣れてしまった。

 志野原愛美〔しのはら いつみ〕は出来うる限りのスピードアップをして帰り支度を済ませ、扉へと駆けていく。

「ご、ごめんね。真ちゃん」

 お待たせ、と息を弾ませて言うと、向かい合った彼……入学以来というか、合格発表以後から愛美の「彼氏」として肯定するようになった春日真〔かすが しん〕が言葉少なに頷いて「志野、帰るぞ」と彼女に手を差し出した。

「は、恥ずかしいよぅ」

 頬を染めて、愛美はそれに抗った。

 けれど、一学期の頃に付き合っている関係を疑われた時期があり(あまりに二人の付き合いが健全すぎたせいか?)、それ以来これは下校時の決定事項として彼に認識されているらしい。

 無理矢理捕まれると、歩き出す。

 あうあう、と狼狽えながら、愛美はエヘヘとはにかんだ。

 恋する乙女心は複雑なのである。

 困るけど、嬉しい。幸せだけど、戒めている。


 手放す、覚悟は――できている?


 大丈夫、と頷きながら怪訝にこちらを見下ろす真に「今日、部活は?」と分かりきったことを訊いてみる。

「休み」

 真は、よく晴れた空を眺めて答える。

 愛美を教室まで迎えに来てくれる時は、部活は休み。来ないときは図書室で、彼の部活が終わるのを待つのが愛美の当たり前の幸せな日常。

「あのね、真ちゃん」

 いつかは手放さなきゃいけないと知っている 幸福 の中、(嬉しいなあ)と彼を見上げる。

「なんだよ?」

「昨日、美晴ちゃんにストーカーして会ってきたんだ! 元気そうで嬉しかった。やっぱり、あの娘〔こ〕はいいねぇ」

「おまえ……なに、やってんだよ?」

 呆れた、とばかりに真がぼやいた。

「ん? だって、普通にしてても全然会えないし。駅で待ち伏せして……美晴ちゃん、仰け反ってたよ」

 くふくふ、と笑う愛美に「そりゃ、そうだろ」と相槌を打ち、真は被害者である栗石美晴〔くりいし みはる〕にいたく同情したようだ。女の子扱いされることに過剰に拒否反応を起こす栗石兄妹の妹〔片割れ〕、栗石美晴〔くりいし みはる〕は二人と同じ町内に住む幼なじみである。

 中学時代、愛美に「ちゃん」づけで呼ばれるのを嫌そうにしていたが。

「それで、機嫌がいいんだな。おまえ」

「うん!」

 愛美は人の好き嫌いが極端である。気に入った人物には嫌がられても(いっそ清々しいまでの図々しさで)近づいていくのに、興味のない相手には話しかけられても聞いてないことが多い。ゆえに、友人はほとんどいない。


(………)


 高校でもそんなスタンスの彼女だから、優しい彼はこの頼りないガリガリの手を放せないのだろう……と思う。


「真ちゃん」

「ん?」

「テスト勉強するよね?」

「当たり前だろ、俺に志野ほどの余裕はねぇよ」

「じゃあ、見てる」


 天才肌の愛美は、教えるのが下手だ。端〔はな〕から「教える」選択肢は放棄して、邪魔にならないよう見ていることにする。彼はいつものこととばかりに口の端を上げて、(勝手にしたら)と受け入れた。


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