第9話 彼と彼女ー男の事情/06
本作は『電界駆動 ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』を一部固有名詞の変更と話数の並びを変更、改訂を行なったものです。
少しでも読みやすくなってれば幸いです。
【Present Day】
(あの出来事はきっと、記録を見返さなくても、俺の中に残り続ける)
悠はそう思っていた。
なぜなら、今でも鮮明に蘇るからだ。
「でも、なんつーか…… あれはあれで、気持ちよかったよ」
自分のCFに対する二つ目の原点とも言える思いを、悠は遠い目をして言った。
エイプに乗っていた二週間は、繰り返しだった。
乗っている間は頭を空にしてひたすら走らせ、降りている間は「どう力をかければ、どこに突っ張ればいいか」を、体の動かし方で延々考えていた。
授業中ですら体が勝手に反応して、机を豪快にひっくり返して注目を集めたこともあった。
悠はその理不尽な視線と苦笑いを思い出し、肩をすくめた。
そんな思い出に浸る悠を見て、ライノは呆れ顔だった。
「はいはい。 気持ちよ〜くヌイた思い出は結構なんですけどねぇ…… で、あの時お前、何があったんだよ」
「……いやー? 別に何も?」
悠は腕を組んでとぼける。
だがライノは騙されない。
「すっとぼけんな。 あの後、お前の乗り方、ガラッと変わっただろ」
γが復活した後、悠の動きは別物になっていた。
ライノもケイトも、もう悠に勝てる気がしない。
それほどの差が生まれていた。
「γぶっ壊す前まではさ…… あのダサいスーパーマン飛びで敵の弾避けるのが得意技だったけどよ」
「はァ!? なんだよライノ! ダサいってなんだ!」
「あらぁ? 悠君、スープフライがダサくないって言っちゃうわけ〜?」
ケイトの揶揄にも、悠は「うっ」と詰まる。
スーパーマン飛び。
両腕を前に突き出し水平に飛ぶ、アメコミのヒーローが由来の呼び名。
CF黎明期、空軍出身者が航空戦闘機のノリで運用していた時代に使われた癖だ。
その頃はそれを揶揄して、戦車乗員やヘリパイロット出身者がこう呼んだ。
今では初心者ムーブの代名詞。
「しょうがねぇだろ! 誰も教えてくれなかったんだから!」
顔を紅潮させて抗議。
青くなったり赤くなったり、ほんと飽きないやつだ―― とライノは口元を緩める。
「だいたいお前とケイトだって趣味悪いぞ。 教えてくれったっていいだろうが」
「甘えんな、坊や。 人様の趣味に口出すほど無粋じゃねーの」
少し冷めた目つきで言われ、悠はまた黙る。
その反応がいっそ小気味よかったが、ライノの胸にはわずかな後ろめたさもあった。
――本当は、あの時だって言いたかった。
スープフライで突っ込んでいく姿は、見てられないほど恥ずかしかった。
あの堪え性のないケイトすら黙っていたのは、
「絶対に悠の乗り方に口を出すな」
とリーダーに釘を刺されていたからだ。
それに、ダサい戦法でも結果を出していたのも事実だ。
敵の弾幕に真正面から突っ込み、理不尽に生き残るその変態戦法で。
――だが、エイプに乗って悠は変わった。
その技術が何なのかは、ライノもリーダーの説明で理解している。
理解しているが、納得できるわけでもない。
最後にリーダーが言った言葉を、ライノは今も思い出す。
「才気で生きてるやつには、何言ってもムダだ」
その言葉が胸に刺さり、同時に嫉妬が滲む。
あの時――。
小さな機体で、世界のルールを踏み越えるみたいに跳ね回ったエイプ。
悠の顔を見ながら、ライノはあの出来事の始まりを思い出す。
悠を見捨ててハンガーに降りると、ケイトとホークはすでに姿を消していて、残ってた荷物は全部、ゼロ・ホライズンへの長距離輸送のものしかなかった。
思えば、その帰り道からライノは兆候に遭遇していたのだ。
隣に座る、脳天気な親友は方々で変な都市伝説として言いふらされていることを知らないのだろうと、心中でため息をつきながら、ライナはあの時の記憶を脳裏から引っ張り出していた。
【Flashback】
ネクサス・リンクのチューブを、エリミネーターで自動航行していた。
青と赤の光が流れる巨大トンネルの中を、CFからライナーまで大小の機体が列を成している。
HODO周辺の宅配はケイトに取られ、悠には一番の「ババ」を押し付けた。
俺は可もなく不可もなく、リアカーみたいなトレーラーを引いて遠距離輸送中。
見てくれはダサいが、楽な仕事だ。
ネクサスを使えば、ゼロ・ホライズンとの往復が十二日で済む。
ただ座って目的地に運ばれるだけ。
腹が減ったらSAで飯を食う。
ブラックアウト前の大開拓時代から大企業様たちがシコシコと領域を広げてくれた成果なわけだ。
どんな仕組なんだと言えば、インター・ヴァーチュアの中に高速データ転送の専用線をテリトリー拠点間に引き回しているんだとか。
それに、終端の設置がどうたら、終端間を閉域データ空間チューブでどうたら――。
細かいことはよくわからんけど、俺からすると、トンネルに入るとそこはSF映画のワープ空間みたいなもんがあるというイメージだ。
でも、ワープだと空間を歪曲がどうたらだからちょっと違うな……。
あれだ、ハイパースペースってやつの方が近い。
ともかく、実感はないが、そこに入ればお星様のような速度でぶっ飛べると言うわけだ。
『ハロー。 CQ、CQ―― こちら、ホーリー・ローラー。 誰か聞いてるか?』
オープンチャンネル。
輸送ライナーや、リアカー引かせたCFなんてみんな暇だし、こうやってラジオ代わりに無線のやり取り聞いたり、おしゃべりしたりで気を紛らわせるわけだ。
俺は基本的に聞き専なんだけどね。
『実はよぉ、今、アジアン・ウェイあたりを流してるんだがよ、さっきHODOから出る時に、ぶったまげるもん見ちまったぜ』
やけにハイテンションの、甲高い声だ。
『なんとエイプが空中でブレイクダンスしてやがった! へーい、断っとくが俺はシラフだぜ!』
んっ…… エイプだと……。
『おー、 ホーリー・ローラー! なんしょったんなら? 久しぶりじゃが! こちらダスカンファミリーのマンバ・レイじゃ』
凄まじく訛りのきいたやつが乗ってきたな。
『そんエイプっちゅうんは、HODOの3層から1層んとこの屋根ん上、ブッ飛んどるアホのこっちゃろうが?』
『ギャハハハッ! いよぉ! マンバ・レイ! オヤジさんは元気か! おおぉ、そうだ、そのアホだ、一昨日ぐらいからよ、噂になってんだがよ、本物を拝めたってわけよ。 港までライナー取り行ったらよ、俺の頭を上をルチャドーラしやがった』
『おっとすまねぇお二人さん、邪魔してすまねぇ、こちらシャッフル・ナックルだ。 そいつなら俺も見たぜ。 すげぇ勢いで壁にパワースライドかましてよぉ! 張り付いちまうと思ったらよ!』
ナックルはそこまで言うと『BOON!』 と大きく叫び、何かに手を叩きつける音が入った。
『なんと、あのゴリラっぽい機体が壁にサマーソルト決めた上に、トイメンにカンフーキックしやがった。 びびったぜ!』
『ちょっと待った! そのフリークガイのことなら俺っちに語らせろ――』
――――
何これ……。
あのあと、オープンチャンネルはちょっとしたお祭りと化した。
とっかえひっかえ、やばいムーブをかますエイプを見たという自慢話で一気に溢れかえったのだ。
クレイジー・エイプだの、ファンキーモンキー、はては|マエストロ・エル・ボランテ《偉大なる走り屋》などと呼びだすやつまで現れた。
俺は「いやいや……まてまて、そんなバカな話があるかって――」と話に耳を傾ける間、自分にそう言い聞かせていた。
きっと伝説のギルド、尾噛み蛇の背で遊ぶ者のやばいヤツが遊んでいるに違いないだの、売り出し中のプロレーサーがパフォーマンスしてるんだとかいろんな予想が出ていた。
きっとそうだろう! そうに違いない! いや絶対、そうあってほしい!
だが、その時、ボーパルバニーを名乗る女が口を開いた。
『昨日そいつ、HODO5層でスラロームしてたの見たわ。 普通じゃない速度で失敗しまくって、狂ったみたいに練習して、最後に成功させたの』
さらに、追撃。
『で、降りてきたの、めっちゃ可愛い男の子でさ? なんていうか、初恋の人そっくり? しかも、笑顔が爽やかの暴力すぎて逆にバグ。
あれは落ちる。 はい恋〜って感じ』
……両手で顔を覆った。
そんな変態的ストイックさと無自覚な爽やかスマイルをやるやつ、俺は一人しか知らない。
しかもどっかの、ギャルを落として帰るとか、何やってんだ悠。
とはいえ、壁を駆け回るエイプ話は尾鰭がつきすぎて信用ならなかった。
聞いているだけで脳が痒くなり、俺は途中のSAで降りることにした。
少し遠回りでも、精神衛生が優先だ。
【Present Day】
ライノはオープンチャンネルで交わされたあの会話でちょっとしたトラウマを負った。
しばらくの間、オープンチャンネルを聞かなかった時期があったぐらいだ。
そういえばと、ライノは悠に切り出した。
「オマエさ、ボーパルバニーって聞いたことあるか?」
「んー? 首狩りウサギ? えっと確か……」
ライノの問いに悠はちょっと小首を傾げた考えた後、向き直った。
「……マッド・カプセルバニーって女だけのギルドにいるライダーだよな?」
「知ってるのかよ?」
「賞金稼ぎランキングの上位常連だし――」
ちょっと考えたあと、悠はニカっとして続けた。
「それに、あの第1回ル・マン・ザ・ヘル・イン・ア・セルで優勝した機体のレプリカ…… ドゥカティMHRの使い手って話だしな」
知っていたのには驚いたが、内心、「やっぱり、CFかよ」と、ライノは心の中でずっこけていた。
(ボーパルバニーよ、ご愁傷様。 こいつにあんたの乙女心は届かねっすわ)
今のライノは知っている。
なぜ、あんなにオープンチャンネルが熱狂したのかを。
たった一瞬でも頭に残るアレを、それが出来上がるまでの課程も含めて延々と何時間も見せられた挙句、その初めてを見せつけられるなど……。
それは、もはや呪いの類だと思えた。
(――それはもう壮絶に心臓が焼かれるでしょうなぁ)
「変な振りをしやがって、さっきからオマエおかしいぞ?」
何か企んでるのかとでも言いたげな顔を悠がむけてくる。
この男のやることはライノにとって確かに面白い。
ただ、同時に無自覚に成し遂げていくものには、少しだけ薄ら寒い恐怖を感じる時もある。
ライノはその無自覚に遭遇して持て余した心を、柳橋にぶつけた……。
その、あまり思いだしたくない記憶が這い出てくるのを感じた。
【Flashback】
ジクサーの食堂で俺はリーダーと向かい合っていた。
あの光景が理解できず、混乱したまま説明を求めに来たのだ。
「それで、何を見た?」
リーダーは気だるげに言い、俺は言葉を探した。
「いや…… 信じてもらえないと思うんすけど」
俺は遠回りでHODOに戻る途中、街の上で暴れる光を見た。
建物の屋上を跳ね回り、ネオンの尾を引きながら走る小型CF。
ルール的にあり得るが、常識的にはぶっ飛んでいる。
半信半疑でズームした瞬間、CB無線の噂が誇張じゃなかったと悟った。
――
帰投するとエイプにはブルーシート、悠の姿は無い。
情報処理を拒否した俺は、そのままリーダーの元に転がり込んだ。
リーダーは手を叩き、空間に映像を展開した。
「これか?」
高速で景色が流れる。
崩れた屋根に飛び降り、間を飛び移り、路地を擦るように回避する。
落下に近い動きで、連続している。
口を開けて数秒して、なんとか首をコクリと縦に振ることができた。
リーダーは目の前のデタラメな映像を越しに大きなため息をついた。
「まずな、悠が直線って言ってる、あのクソ回避だが、あれは直線じゃねぇ。 最小範囲の小旋回連打だ」
リーダーは指先を捻って見せた。
「弾を避けながら真っ直ぐなんて飛んでねぇのよ。 常に細かく捻ってる。 苦手と勘違いしてるが、元々、あいつは小回りが得意ってことだ」
「イヤイヤ…… だからってこれがなんで成立するんすか? つーか、そもそも、この動き―― なんすかこれ……」
「簡単に言うと―― ジムカーナとパルクールだな」
「いやいや、まんまっしょ。 むしろ、ついこの間までスープフライっすよ? 無理ないっすか?」
「普通はな。 人間は秀才にはなれる。 俺もお前もそうだ」
「じゃあ悠は天才ってことっすか?」
「違う。 あれはただの、バカだ」
切り捨てるように言ってから、リーダーは続けた。
「天才って言うのは間違わないやつのことだ。 あれが正解だしてるか?」
俺は首をブンブンと横に振った。
「思い込みと、イカれた反復。 そういったやり方で無理矢理成立させてるんだよ」
「む、無理矢理って……」
「腹に落ちなきゃ、正解だろうが、完全無視だ。 教えてやって、ちったぁわかったかと思ったら、変態軌道のオマケつきだぞ。 やってられっか」
リーダーが愚痴ってるとなど、レアな状況だ。
いったい、何があったんだ。
リーダーはまた、ため息をついた。
「目立ちすぎる。 今日でエイプは終わりだ。 ……で、いつも通り悠には言うな」
最後に一言、吐き捨てる。
「才気で生きてるやつには、何言っても無駄だ」
【Present Day】
最後のリーダーのセリフを思い出し、能天気な悠の顔にちょっとイラついた。
リーダーのあんな顔はなかなかお目にかからないが、気持ちはライノも痛いほどわかる。
「特に何もねーよ。俺はもう諦めたから」
ライノはそう言った。
説明しても、この無自覚なバカには響かないと悟っていた。
「ほら、もうだい明けてきたし。 さっさと、チセちゃんに謝りに行け」
悠は顔をしかめる。
「ケイト来たら面倒だろ」
「わかってるって」
子供のような不貞腐れ顔のまま、悠はノロノロと立ち上がった。
悠が自虐的な行動で様々なことを突破してきたということはライノも知ってる。
それはコード・フレーム限定の歪な執着によるものだ。
友人として見てこの行動は、はなかなかに痛ましい。
だがもう一方でもライノは悠がチセに関して、一年近く執着していることにも気づいてる。
この男がCFとその操縦以外に興味があることといえば、それだけだ。
スケベ根性だけでは人間、こうは続かない。
CFに関しては口止めされてるし、言ったところで無駄だと理解している。
なら、せめて、人らしい部分に関しては手助けしてやってもいいだろうと、ライノはおせっかいを焼いているのだ。
「ほーれ、さっさといけ!」
ライノは立ち上がると、親友のケツをおもっきりはたいた。
「痛ってー! オマエ、やめろって! 行くよ、クソっ!」
尻をさすりながら、悠はやっと歩き出した。
その背中をちょっと満足そうにライノは眺めていた。
読んでいただき、ありがとうございました。




