第9話 彼と彼女ー男の事情/01
本作は『電界駆動 ブレード ― データの少女は仮想世界で夢を見るか?』を一部固有名詞の変更と話数の並びを変更、改訂を行なったものです。
少しでも読みやすくなってれば幸いです。
【Present Day】
九能悠はニキシー管時計を睨んでいた。
04:32:07だった表示が一瞬だけ04:12:36に変わり、瞬きするともう元に戻っている。
(なんだ今の……?)
その間にチセは素知らぬ顔でハンガーを出て行き、アジエは溜息をつく。
悠は追いかけようとしたものの、捨てられた犬のような顔をしているに違いないと考えて動けなかった。
(あー、またやっちまった……)
時計に気を取られているうちに謝るタイミングを逃したのだ。
自分でも言い訳とわかっているし、素直に追えば済むことも理解している。
だが結局はつまらないプライドが邪魔をする。
アルマナックに入ってから悠はだいぶ他人に心を開けるようになった。
とはいえ好きな子が相手となると、急に昔の自分に戻ってしまう。
素直さとも違う、ただのカッコつけだ。
「あのさー、なにやってんのよ悠ちゃんよー」
呆れた声でライノが近づく。
長い付き合いのマブダチから見ても、この拗らせっぷりは脳が痒くなるらしい。
「なんだよ……」
「うぁぁ…… ちょっと姉さん、これどう思います?」
アジエに振ると、彼女は即答した。
「童貞丸出し。 かなりヤベーわ」
直球すぎる評価に悠は真っ赤になり、やがて叫んだ。
「ちゃ…… ちゃうわー!」
そのままハンガーを飛び出して行く。
「あれは泣きましたね」
とライノ。
「何がちゃうわだ。 知るか! 甘ったれにはいい薬だよ」
とアジエは言い捨てて去っていった。
ライノは苦笑する。
(あのピュアボーイ、自覚あんのかね。 チセがいつまでもここに居るとは限らねぇのに)
チセはチセで、アジエを真似て背伸びしている年相応の女の子だ。
この時代、そんな子は学校でも滅多にいない。
ギルドで青春ラノベを見ているような奇跡の状況である。
ライノの見立てでは、悠が腹をくくって誘えば即くっつく。
だが悠は犬っころのようにかまってほしい顔ばかりするし、チセはチセで、気にしてるくせに気持ちの表現が整備の一点突破。
(なんだこいつら……)
さらに悠のCF操縦は…… まあ、普通ではない。
γに乗り続ける理由からして歪んでいるし、自己肯定感の低さはもはや嫌味に近い。
リーダーにも「アレは言っても無駄」と言われ、マシンガン乱射事件以降はケイトとともに口出し禁止だ。
まごころこめて整備した機体を理屈のバグみたいな乗り方で毎回ボロボロにされるのだから、チセがキレるのも当然だ。
部屋をめちゃくちゃにされて呆然としているところに、尻尾ふって犬が寄ってくるような気分だろう。
案の定キレたチセは悠を怒鳴り、怒られた犬みたいにしょんぼりした悠が急に虚勢を張って噛みつく――。
そんなやりとりをママ・アジエかリーダーが止めると、二人は逆方向へそっぽを向いて離れていく。
(なんてわかりやすい痴話喧嘩だ……)
「しかし、まあ。 健気だよねぇ。 罪作りですなぁ、悠ちゃん」
ライノはピカピカに仕上がったγを見上げて呟いた。
チセがγを初めて修理したときのことを思い出す。
悠の異常性をはっきりと認識した出来事はそんな時のことだったなと……。
【Flashback】
CFハンガーから全力ダッシュした俺たちは、ジクサーの甲板でゼエゼエ息を切らしていた。
ケイトは派手にすっ転んで大の字、「ギャハハッ」と笑っている。
俺は座り込んだ悠のツラを盗み見る。四、五分前まで青ざめてた顔がスッキリしてやがる。
ほんと手のかかる後輩だ。
前屈みで三回深呼吸。
息は戻ったが心臓がまだバックンバックンいってる。アチーのでジッパーを下ろし、ジャケットをバサバサ扇いだ。
「ったくよー、そのカブトガニみたいなスーツでなんでそんな早ぇんだよ」
恨めしげに悠が言う。
「鍛え方が違うんですよ、モヤシっ子くん」
少しは復活したようだ。
「でさー、あの子、この前の贋作ブランドの子でしょ? γの修理させるんだ、マジで? ワラえるー」
空気読まねぇこのどS女…… せっかく忘れかけてたのに。
「ダ・マ・レ・コ・ノ・ア・ホ・ウ」
「あっ……」
ほら、言ったそばから悠ちゃん体育座りだよ。
「オイ。 いい加減わかってんだろ?」
湿気た目で悠が睨んでくる。
「ブロック突き破ってコード・ベースこんにちはしたんだからさ、しょうがねぇべ。 もう次いこーぜ」
本当はγを手放したほうがいいんだ。
諦めるにはいい機会だ。
「ホント! 見事に突き破ってたよね。 こんな感じでドーンって――」
ケイトが手で突き出す真似をする。
「……溶けちゃったって」
満面の笑みでトドメを刺そうとする。
「溶けてない……」
悠がさらに縮こまる。
「いや溶けてるわ」
ケイトの追い打ち。勘弁してくれ。
「……溶けてないって、言ってくれ」
あー、もう頭痛がしてくる。
「悠ちゃんよー。 いつまでもへこんでてもしゃーねーべ」
「……じゃあ何すりゃいいってんだ」
墓石みたいな声で言う。
完全に地面に根張ってるな。
「もっかい、あの贋作ちゃんでも見にけばいーじゃんよ。 今はγをイジってんじゃね。 悠はさ、あの子、気になるでしょ?」
団子ダメなら花。
なるほど、理屈だな。
そうとくれば――。
「まあ確かにカワイイわな」
わざとニヤリと鼻の下をのばす。
「おぉう…… 悠、やっべーじゃん。 筋肉がエロいことトライする気だぞー」
「うるせーよ、勝手にトライしてろ」
投げやりだな……。
こりゃ、重症だ、方向を変えよう。
「でもさ、あれ着痩せだよな。 ミリタリーコードだとシュッとしてるけど、風呂上がりのシャツにホットパンツはたまらんかったなぁ?」
くねくねしながら言ってやると、悠の肩に少し力が戻る。
「そうそう、ギャップ狙いだよね。 脱ぐとすごいんですぅ―― ってやつ」
ケイトが乗ってくる。
「ケイト女史的には、あのボリュームはどの程度とみますか?」
「Eカップはあるね。トップ85か90」
そう言ってジャケットを開き、黒のタンクトップを晒す。
「ちなみにうちはCでトップ80。 んっ? おー、でけーわ、あの子」
やることが、いちいち、生々しいんだよ……。
悠を見ると、ジャパニーズホラー映画の霊みたいな顔して目を見開いてる。
「Eカップ……?」
おまえそこには反応するのか。
「ああEカップだぁ。 浪漫あるだろ? 見たいか?」
悠の目に精気が戻る。
「見たいよ…… おじちゃん……」
「よし。 おじちゃんと一緒に見に行こうな」
「うん、ありがとう、おじちゃん」
そこに背後から爆笑が落ちてくる。
「イヤー、キッモ。 童貞くんじゃん! 伝説級!」
このアホアイリッシュ……。
「ア、ア、ア……」
今度は俺がジャパニーズホラー映画のクリーチャーのような声を出して固まる。
慌てて悠を見ると―― 完全に漬物石と化し、床と友達になっている。
「ケイト、テメェ! 何してくれてんだぁー!」
「知るけぇ! 勝手にドツボにハマってるのは悠だべ!」
「はぁ? どの口が言ってんだ!」
「スネた童貞をおだてて、なんかうちにいいことあんのかよ! ベエッーだ!」
舌出して変顔で挑発してくる。
「っざけんな!」
その瞬間、カミナリが落ちた。
「やっかましぃ! ウルセーぞテメェら!」
俺も、ケイトも、漬物石の悠もそろってビクッと体を震わせ、直後に固まった。
見なくてもわかる、アナーキーすぎて人としてはまったくお手本にできない男。
我らがアルマナックのリーダー、柳橋亮平の声だ。
恐る恐る見上げると、ブリッジの窓からリーダーが凄まじい眼光を放って俺たちを見下ろしていた。
「おいコラ。暇そうじゃねーか。ちょっと、上がってきな」
最後の優しい声色が余計に怖い。
「悠、テメェもだ」
「うっ……」
三人とも同じ気持ち―― 行きたくねぇ。
「あー。 優しく言ってるうちに、さっさと来い」
ヤバい色の目だ。
これはまずい。
悠が跳ね起きてダッシュする。
続けてケイト。
「あー、きったねぇぞ悠!」
「はぁ〜……」
俺もため息をついて、二人を追って走り出した。
【Present Day】
柳橋へブリッジに呼び出されたあれがきっかけだったのだろう。
どうしてそうなったのか……。
その後、ライノが再び、悠を見た時にはもう手がつけられないような乗り方をするようになっていた。
γを見上げていたライノはふと、その時、ライノにそれを見せつけてくれた機体を思い出した。
ライノの知る限り、悠がγ以外で乗ったのはそいつだけだ。
ふと、ハンガーの隅っこに目をやった。
CFの部品や廃棄処分待ちのゴミに紛れてブルーシートに覆われたそれを見つけた。
小型作業用CFだ。
近づいてみるとブルーシートは存外に綺麗なことに気がついた。
長いこと放置されているであろうゴミと見比べれば一目瞭然だった。
これは頻繁にシートが動かされている証拠だ。
ライノはシートをめくってみた。
「ふーん。 女はダメでもCFにはマメなこって……」
こいつは、リーダーとママ・アジエがジクサーを手に入れたときに、オマケとしてこの船にくっついてきたものだという。
実際、それは装備とは名ばかりで、ライノとエリミネーターが加入した頃には、すでにハンガーの隅で眠っていた。
とはいえ、ママ・アジエが三ヶ月に一度は様子を見ていたのは確かで、その律儀さだけは印象に残っている。
一度、なんで使いもしないエイプの面倒なんて見るんだと聞いたことがある。
アルマナックに入って、数ヶ月が過ぎてからのことだ。
「この船のメカとして、ぶっ壊れてもいないのに、不精して火が入らないなんてもんがあったら、プライドに関わるのよ」
ママ・アジエはそう言っていた。
その言葉と、エイプを整備する姿を見て、ライノは「あー、この人は信用できらぁ」と確信した。
それまで、一匹狼でやってきたライノは怖くてリーダーに逆らうことが出来ず、エリミネーターを見ず知らずのメカに任せていたが、その日を境にギルドとはプロとプロが一つに集う場所なんだと考えを改めたのだ。
自分はコード・ライダー。
メカニックとは、お互いの仕事に干渉しすぎないのが円滑にやっていくコツだ。
基本的な整備は自分でする。だが、セッティングに手を出すときは必ず相談―― それがライノの流儀。
美学なんて立派なもんじゃない。ただの処世術だ、と本人は思っている。
ウィリアム・ライノ・高田は女癖が悪く、HODOで浮名を流し、腕っぷしが強くて、凄腕のエリミネーター使い――。
はたから見れば破天荒に見えるが、実際のところは、ただ世間体を気にする小心者の反動の姿だと思っている。
そんな自分と比べ、久能悠という人間は、なんとも自由な男だと思う。
でも、ご本人様はそのことにはこれっぽちも気づいていないのだからたちが悪い。
危なっかしくて、何をやらかすかもわからない。
おかげで見ていて飽きない。
出会ってから今日まで、悠と続いてきた理由だ。
そういう意味ではお互い友達と言えるのはそんな、腐れ縁の相手だけとは――。
結局は似た者同士なのかと心の中で自嘲する。
そのエイプをママ・アジエが整備している姿を最近、見ていない。
最低限のメンテナンスを誰かがやっているということだ。
誰が……?
悠に決まっている。
エイプは全高にして四メートルの小型機だ。
頭部はない、代わりに胸の部分からエアスクリーンが張り出し、パイロットシートが剥き出しで備え付けられている。
二足歩行型だが、この機体はガニ股で、腕が太く長い。
どちらかと言えば、現実の作業用マニュピュレータを彷彿とさせる造りで、人間というよりはその姿はゴリラっぽい。
類人猿とはよく言ったものだとライノはその形を見て思った。
スタリッシュとは言い難いが、実際のところよく出来た機体だ。
小型ゆえに飛行を維持できるだけの出力を持たないが、荷重制御も、|ブレインテック・インターフェイス《BTI》による思考制御も全く同じ。
ただ小さい、剥き出しで操縦する―― そんなCFだ。
それは現実世界に、かつて存在したオートバイという乗り物を、より強く連想させる。
γが壊れたあの一ヶ月の間、悠はリーダーの言い付けでこのエイプを使っていた。
ライノはブルーシートを戻して、悠を探しに行くことにした。
(きっとまたメンドクセー感じになってんだろな)
まあ、あの単細胞の朴念仁が行く場所ぐらいは検討がつく。
アイツがイジけてるとすれば、いつものあそこだ。
ジャケットのポケットに手をツッコミ、ヒョコヒョコとライノは甲板にでる階段に向かって歩き出した。
読んでいただき、ありがとうございました。




