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37話 存在の肯定

 このままラーガストに──自分の側に残ってほしい。

 トラちゃんからのそんなお願いに、一瞬口を噤んだが……


「ごめん……ごめんなさい、トラちゃん。それはできない」


 私はすぐに断りの言葉を返した。

 私達ただならぬ様子に気づいたのか、子ネコ達も大人しくなる。

 一番小さい子が、ニー、と高い声で鳴いてトラちゃんの肩に戻った。


「どうして……どうして、だめなの……?」


 くしゃり、とトラちゃんが泣き出しそうに顔を歪める。

 それを見るのは辛かったが、自分の答えがそうさせたのだと思うと目を逸らすわけにもいかなかった。

 そんな私の服の袖をぎゅっと握り締め、トラちゃんが震える声で問う。


「ねえ、タマコ、どうしてなの? あの人の……ミケランゼロのため?」

「うん」


 この時──即答した自分に、誰よりも私が驚いた。

 トラちゃんに慕われるのはうれしいし、彼がラーガストの国王として祭り上げられることや、母カタリナさんとの関係に悩んでいることは心配でならない。


(それでもトラちゃんの側に残らないと決めた理由が──ミケなんだ)


 その事実を、私は自分が反射的に口にした答えで知ることとなった。

 一方、トラちゃんは納得がいかない様子で、私の両の肩を掴んで言い募る。


「あの人は、僕より大人だし、強いでしょ! 他に、信頼できる人間だっていっぱいいる──タマコが側にいなくたって、平気だよっ!!」

『なんだなんだ、何事にゃん!?』

「ミー! ミーミーミー!」


 その剣幕に、私の膝の上に顎を乗せている元祖チートが目を丸くした。

 三匹の子ネコ達も気遣わしそうに、私とトラちゃんを見比べる。

 一番小さい子ネコは彼を宥めようとするように、しきりに頬擦りをした。

 私は、苦笑いを浮かべつつ小さく頷く。


「そう……そうだよね。私が側にいなくても、ミケは平気だろうね……」

「だったら!」

「でも……ミケに一番息抜きさせられるのは、私だって思ってるの」

「えっ……」


 人見知りだった頃の私は、他人の目を恐れ、息を殺すようにして生きていた。

 自己肯定感なんてマイナスに振り切っていたのだ。

 そんな私の心は、この半年の間に激変した。

 左脇腹の傷だけではなく心までも労わられ、慈しまれ、守られ──そして、名前をたくさん呼んでもらった。


(私という人間が、この世界に存在することを肯定してもらった)


 その筆頭が、ミケだ。

 私は肩を掴まれたまま、トラちゃんをまっすぐに見て言った。

 

「ミケは大人だし、強いし、信頼できる人もいっぱいいるけど──でも、彼が猫ちゃんみたいになって甘えられる相手は、今のところ私だけだと自負してるんだ」

「……ネコ?」

 

 トラちゃんが呆気に取られたような顔になる。

 それからふと、上目遣いに宙を睨むと、ふるふると首を横に振った。


「ネコっていうより、レーヴェでしょ。あの人が甘える姿とか、全然想像できないんだけど……」

「いやいやいや。ミケさん結構、公衆の面前でもやらかしてるよ?」

「それはそれで、大丈夫なの? ベルンハルト王子の沽券に関わらない?」

「正直、私もそれは心配してる」


 トラちゃんが、私の肩から手を離す。

 そのまま俯いてしまった彼を見て、罪悪感で胸がぎゅっと苦しくなった。

 三匹の子ネコ達や元祖チートがトラちゃんの顔を下から覗き込む。


「ニー……」


 末っ子の小さな子ネコは、殊更心配そうに彼に寄り添った。

 やがて顔を上げたトラちゃんの蜂蜜色の瞳は、うるうるに潤んでいた。


「ねえ、タマコ……どうしても? どうしても、僕の側にはいてくれないの……?」

「うっ……」

「タマコは……僕のこと、きらい?」

「そ、そんなわけないっ! 絶対、ないっ!!」


 何かを選べば、何かを捨てることになる。

 頭ではわかっていたが、私は今までこれほど辛い選択をしたことがなかった。


(トラちゃんを、悲しませたくない──!)


 それでも私は、彼のお願いではなく、自分の望みを──ミケの側にいることを選んでしまった。


「ごめん、トラちゃん……ごめんなさい……」


 罪悪感で頭の中がいっぱいになって、ついにはトラちゃんを直視することもできなくなる。


『タマコ姉さん、泣かないでにゃん……』

「「「ミー、ミー……」」」


 今度は私が俯き、大小のモフモフ達に顔を覗き込まれる番となった──その時だった。

 



「──おい、トライアン。タマを困らせるのはやめろ」




 思わぬ声が降ってきて、私は一転、頭上を振り仰いだ。


「わあっ、ミケ!? 何でそこにいるんですかっ!?」


 私達がいたテラスのちょうど真上──二階のバルコニーの柵に両肘を突いて、ミケがこちらを見下ろしていたのだ。

 その肩に乗っかっていたネコが、ぴょんと柵を越えてくる。

 くるりと器用に身を翻し、私とトラちゃんが座っているベンチに着地したネコは、元祖チートの眉間に軽く猫パンチを入れた。


『おいこらー、デカいの! お前、我らがいるのに気づいとったじゃろうがっ!』

『気づいてたけど……空気を読んで黙ってたにゃ』


 ミケの後ろからは、ミットー公爵をはじめとするお馴染みの将官達も顔を出した。


「「「「「「わーい、タマコ殿ー」」」」」」


 まるで、ドッキリ成功とでも言いたげに、元気に両手を振ってくる。

 相変わらず可愛いおじさん達だ。

 ミットー公爵の肩の上には、小さい方のチートの姿もあった。

 そんな中、ミケは私とトラちゃんを見下ろして言う。


「タマ、先に断っておくが、盗み聞きしていたわけではないからな?」

「はわ……」

「おい、トライアン。嘘泣きはやめろ。タマが気に病む。それに、お前は途中から、我々が二階にいることに気づいていただろう」

「あははっ、バレちゃった」


 私はぽかんと口を開けたまま、ミケとトラちゃんの顔を見比べた。

 ミケの言う通り、トラちゃんは途中で彼がいるのに気づいたが、引っ込みがつかなくなって話を続けたらしい。

 そんなこととは露知らず、私は……


「わーっ! ミケが猫ちゃんみたいに甘えられるのは自分だけ、なんて調子こいたの聞かれちゃった! はずかしいいいっ!!」

『そうじゃぞ、珠子ぉ! 王子が猫ちゃんみたいなどと、烏滸がましいにもほどがあろうっ! 猫ちゃんを名乗るには圧倒的に愛らしさが足りーんっ!』


 元祖チートの頭頂部に顔を突っ伏す私に、ネコが見当違いなツッコミを入れる。


「何も恥ずかしがる必要はないだろう。事実だしな。お望みとあらば見せてやろうか、トライアン──私が、人目も憚らずタマにデレまくる姿を」

「いいえ、けっこうです」


 ミケとトラちゃんのやりとりに、おじさん連中がどっと笑った。

 おかげで空気は和らぐ。

 トラちゃんは小さなため息を吐くと、私の後頭部をなでなでした。

 そして、二階にまでは届かないくらいの小さな声で呟く。


「まあ、いいや──他の方法を探るから」

「え……」


 トラちゃんの言葉の真意を知るのは、まだずっと先になる。


 それから二日後──私は、彼を残してベルンハルト王国へ戻ることになった。





「タマコ、道中気をつけて。またね」

「うん、トラちゃん……またね」


 嘘泣きまでして私を引き止めようとしたというのに、トラちゃんとの別れは案外あっさりとしたものだった。

 彼とカタリナさんの関係改善の兆しはまだ見えないが、革命軍の代表はもう無理強いするつもりはないようだ。

 総督府に駐留するベルンハルト王国軍も半数が交代し、将官の中では准将が残ることとなった。

 ここまでの道中でトラちゃんと接する機会が多かったため、彼を心配しての決断である。

 そして……


「ニー! ニーニー、ニー!」


 トラちゃんの肩の上で元気な声を上げるのは、ずっと彼にベッタリだった小さな子ネコ。

 このネコ一家の末っ子も、総督府に残るらしい。

 それを知ったネコは、案の定身悶えした。


『ふぐぐぐぐっ……こんなに早く嫁に出すことになろうとはっ!』


 私の腕の中で、ネコは苦悶の表情を浮かべている。

 親孝行な三匹の子ネコ達が、その顔をベロベロと舐めた。


『心配じゃあ……心配じゃが……我らネコファミリーによる世界征服の第一歩と思わば、やむをえんのかっ!』

「何やら、物騒な話になっているな……タマ、世界征服とは何のことだ?」

「何のことでしょうね」


 そんな中、思わぬことが判明する。

 トラちゃんが、ミケやロメリアさんと同様に私のフェロモンだけに反応する体質であるのは、ネコ一家の中では周知の事実だった。

 そのため、せっかく子ネコが側にいても、彼の負の感情を取り除くことはできないと思っていたのだが……


「──あれ? あの末っ子ちゃん……もしかして、トラちゃんのを食べてる!?」

『ううーむ……トライアン自身があの子に心を許したことで、通じ合うものがあったのかもしれんな』


 トラちゃんの肩に乗った小さな子ネコが、彼から黒い綿毛を取り出してモグモグしているのを目の当たりにし、私はネコとコソコソ言い交わす。

 側にいてほしいというトラちゃんのお願いを断った罪悪感は、どうあっても消えない。

 こうして見送りに立ってくれた彼が、その笑顔の裏にどれだけの負の感情を隠しているのかと思うと不安にもなった。

 けれど、あの小さな子ネコがせっせとそれを食べ、トラちゃんを癒やそうとしているのを見て、私は少しだけ後ろめたさが和らいだ気がした。 


「──帰ろう、ベルンハルトに」


 ミケの出立の合図とともに、馬車が走り出す。

 私はその窓から身を乗り出し、トラちゃんの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

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