癒やし要員のお仕事
この日の午後、ベルンハルト王国軍幹部会議は紛糾していた。
ネコを抱き、チートを肩に乗せ、お茶のセットが載ったワゴンを押して訪ねてきた私は、ただならぬ雰囲気に立ち尽くしてしまう。
『ぐっふっふっ、この負の感情が満ち満ちて澱んだ空気……大好物じゃわい!』
そう言って舌舐めずりするネコを、思わずぎゅっと抱き締める。
ネコのお腹の毛に潜り込んでいた子ネコ達が、なんだどうした、と言いたげに顔を出した。
「西部の復興を援助するのが最優先でしょう! あそこは古くから畜産業が盛んでしたからな!」
「それを言うなら、小麦の栽培を担っていた南部への助成が不可欠です! 穀物は備蓄ができますし、家畜の餌にもなる!」
額に向こう傷がある強面とメガネをかけたインテリヤクザ風──お手製の猫用おもちゃを貸し合いっこしたりといつも仲良しな二人の中将が、険しい顔をして意見をぶつけ合う。
後者が人語でしゃべっているところを見るのは、随分と久しぶりだ。
「お言葉ですが、北部地域の特産である花の存在も無視できないと思います! 異国での需要も高かったと聞きますし、輸出で外貨を稼がせるべきかと!」
「いや、まずは自給自足を安定させるべきです! 人々が飢えているのに、悠長に花など育てている場合ですか!」
黒髪オールバックとスキンヘッドの強面──幼馴染の間柄で、週一でお泊まり会をするという少将同士も、今にも胸ぐらを掴み合いそうな剣呑な雰囲気になっていた。
さらに……
「王都では、軍人崩れによる窃盗や暴力事件が多発していると聞きます! 警備のために部隊を派遣すべきではないでしょうか!」
「その役目は、ラーガスト革命軍が担うべきだ。ベルンハルト王国軍が王都を巡回していては、民間人との間で軋轢を生みかねない」
息子である准将の意見をぴしゃりと一蹴したミットー公爵の顔には、普段のような温厚さはない。
ネコや子ネコ達に容易くメロメロにされる可愛いおじさん達──ベルンハルト王国で目を覚まして以降、私が抱いていた将官達に対する印象は、一気に崩れ去った。
彼らの上司であるミケはというと、紛糾する会議の様子を目を据わらせて眺めている……のはまあ、いつものこと。
敗戦国であるラーガスト王国を復興させるため、その援助を巡る方針でもめている、というのは理解できる。
けれど、私は思い切り部外者だ。
どうしてこんな状況で招き入れてくれちゃったの!? と必死に目で抗議するが、ミケは肩を竦めただけだった。
「と、とにかく、お茶を淹れたら、とっとと退散しよう……」
私は自分に言い聞かせるみたいに呟くと、お茶の用意をするためにネコを足下に下ろした。
そのお腹の毛の間から、王妃様にベッタリの子を除いた四匹の子ネコがポテポテと床に落ちる。
私の肩に乗っていたチートも、音もなく飛び下りた。
今日ばかりは、彼らの出番はないだろうと思われたが……
『よっしゃあ! 行くぞ、子供達よ! おやつの時間じゃあ!』
『ミットーさんは、俺のだからにゃ! かーちゃんにだって、きょうだいにだって、譲ってあげないにゃん!』
「「「「ミーミー! ミーミーミー!」」」」
ネコ一家は、いつにも増してやる気満々。
一斉に、将官達に向かって駆け出したではないか。
「ちょっ、ちょちょちょ、ちょっとぉ!?」
私はポットをワゴンに戻して慌てて彼らを止めようとしたが、時すでに遅し。
『ぬわーはははっ! よこせぇ! お前のその真っ黒いのを食わせろおおお!』
『ミットーさん! ねえねえ! いっぱい撫でてほしいにゃん!』
「「「「ミーミーミー!」」」」
ネコ達は、ミケや将官達が囲むテーブルに飛び乗り──まさしく、ネコハラの限りを尽くし始めた。
「わああ、書類が! インクがあああ……!」
書類が踏みつけられるのなんて、まだ序の口。
邪魔! とばかりにテーブルからはたき落とされ、バサーッと床に散らばってしまった。
誰かが倒したインクを子ネコが踏んで、テーブルの上にも書類の上にも、ポンポン、ポポポン、と容赦なく肉球スタンプが押されていく。
「ひええ……ネ、ネコ……チートも、やめようよぉ……」
扉に一番近い席にいた准将はネコにへばり付かれ、顔なんて完全にお腹の毛に埋まってしまった。
脇目も振らずにミットー公爵のもとまで駆けていったチートは、その胸元にスリスリして軍服を毛だらけにしている。
険しい顔をして意見をぶつけ合っていた中将達や、掴み合いが始まりそうになっていた少将達にも、それぞれ子ネコ達が飛びついた。
「あわわわわ……」
おネコ様とはいえ、洒落にならない傍若無人っぷりである。
大事な書類が、会議が、めちゃくちゃになってしまった。
今回ばかりは、私もネコ達もつまみ出されるだろうと覚悟した、その時だ。
「わーい、ネコちゃん! かーわいいいいいーっ!!」
「……え?」
突如、野太い歓声が上がる。
少しくぐもって聞こえるのは、ネコのお腹で顔面を覆われた准将の声だったからだ。
「はわぁ、もふもふぅ……ふわわわわっ……!」
『ぐへへへへへ……いやお前、語彙力死んどるな』
准将が陥落したのを皮切りに、会議室の空気は一変する。
「うふふふ……チートは可愛いねぇ。どうしてこんなに可愛いんだろうねぇ。パパにチュウしてくれるかにゃ?」
『あーん、もー、しょーがないにゃあ! ミットーさんだけ、特別にゃん!』
ミットー公爵とチートは相思相愛、ラブラブである。
チートはともかく、大将閣下のその語尾……大丈夫だろうか。
「西部と南部の間には大きな街道が通ってるよね! あれを整備して、どっちもとっとと復興させちゃお!」
「ニャフフフーンッ!(それいい! パンには肉を挟んで食いたいもんね!)」
「自給自足って大事だよね! 北部のお花畑は半分野菜畑にしてもらおっ!」
「うんうん、やっぱ外貨も必要だよね! それに僕、お花ダイスキッ!」
子ネコを抱き上げてデレデレしつつ、中将や少将達もお互いの意見を尊重しあって妥協案にたどり着いたようだ。
ネコフェロモンの作用なのか、四人とも知能指数が下がったような気がしないでもないし、メガネをかけたインテリヤクザの中将なんてまた人語を忘れてしまったが。
ともあれ、さっきまでのギスギスしていた将官達は、いつも通りの和気あいあいとした雰囲気に戻ってくれた。
改めて、ネコ達の癒やし効果を実感していたところで、私ははっとする。
「そっか……ミケは、これを見越して私達を中に通したんだ……」
確かめるように見れば、ミケは今度は苦笑いを浮かべていた。
目が合うと、ちょいちょいと手招きされる。
准将にお腹を吸われまくっているネコが、顔だけ私の方を向いて、ニンマリと笑った。
『母もきょうだいも、これこのとおり勤しんでおるんじゃ。珠子も、責任を持って己の役目を果たせい』
将官達とネコ達の乱痴気騒ぎはまだまだ続きそうだ。
私はそれを横目に、扉の前にワゴンを残したまま上座へと移動する。
ミケは椅子に座ったまま、澄ました顔をして自分の膝をポンと叩いて見せた。
「タマ、誰よりも癒やしを必要としているのは、私だと思うんだが?」
お疲れ王子を癒やすこと──これは、お茶を淹れるよりも大事で、急を要する私の仕事。
今日もまた、私は猫みたいにミケの膝に抱っこされ、心行くまで吸われるのだった。




