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28話 賢明なレーヴェ

 二日前に遭遇した個体が虎サイズだとしたら……


「こ、こっちは、ライガーサイズだ……!」


 とにかくどデカいそのレーヴェが、ちょこんと……いや、どしーん! と豪快におすわりをしたために、私達の体はコントみたいにぴょんと跳ねた。

 足下には、月桂樹みたいな楕円型の葉っぱがたくさん落ちている。

 大きなレーヴェはそれをふみふみしながら、意外にも可愛らしく首を傾げて問うた。


『ねえねえ、人間と小さな同朋──ミットーさんを、知ってるにゃ?』

「「『……知ってる』」」


 にゃ、という語尾は可愛らしいが、その声は成獣らしく低く艶やか──俗に言う、イケボである。

 しかし、聞き覚えのある名が出たことで、私とミケとネコには、このレーヴェの素性に心当たりができた上……


『おれ、〝チート〟。ミットーさんがくれた名前にゃ』


 ご丁寧に、本人が名乗ってくれた。

 チートというのは、ミットー公爵が若かりし頃に拾い、飼い慣らすのに失敗したレーヴェの名前だ。

 今は、ネコの毛玉から進化してベンガルっぽい姿になった、ネコ一家の末っ子が名乗っている。


「っていうか、レーヴェの言葉がわかる……! 私達って、猫科は全部いける感じですかね?」

「まさか……タマとネコは、昨日のレーヴェともしゃべれたのか?」

『いやいやいや! あやつは言葉が通じているようには見えんかったが!?』


 騒然となる私達に、元祖チートは何やらもじもじしながら問いを重ねる。

 その前足には、ネコの座布団になりそうな大きな肉球が付いていた。


『ミットーさん……元気かにゃ? おれが噛んじゃったところ、治ったかにゃあ?』


 彼は、悪意を持ってミットー公爵を噛んだのではなかった。

 首輪を着けるのは嫌だと伝えようと甘噛みしたつもりが、力加減を誤って大惨事に繋がってしまったというのだ。

 これには、さしものネコさえドン引きした。


『いやいやいや! 公爵の傷跡を見たが、甘噛みであれってどういうことじゃい!』

『えへへ……おれ、ドジっ子なんだにゃあ』


 当時のミットー公爵が今のミケくらいの年齢だったと考えれば、それからすでに三十年余りが経っている。

 彼は、手に余ったチートを元いた場所に戻したらしい。

 確か、ラーガスト近くの森だと聞いていたが……


『あそこには、こわいお姉さんがいたにゃ。だからおれ、こっちに引っ越したんだにゃ』

「こわいお姉さんって……」

「もしかして、昨日タマ達が襲われていた、あのレーヴェのことではないか?」

『あいつ、メスじゃったんかい』


 元祖チートは優しい飼い主を傷つけてしまったことを悔やみ続け、このラーガスト王国の森に引っ越して以降も、人間に牙を立てることはなかったらしい。


「その一方で、農作物を荒らす害獣を捕食していたため、ここまで問題なく人間と共存してこれた、というわけか」

「獣は出るけど人が襲われた話は聞かないって、おじいさんとおばあさんもおっしゃってましたもんね」


 元祖チートは、戦時中もこの森に住んでおり、ベルンハルト王国軍の行軍にも出会している。その中には、ミットー公爵もいたはずだが……


『人間いっぱいは、こわい……おれ、ずっと隠れてたんだにゃ。でも、あんた達は、小さな同朋と一緒だったから……』

『なるほど、この我のキュートな姿を見て、話が通じそうじゃと思って出てきたわけかい。賢明じゃな』


 ここで、ネコが私の腕から抜け出した。

 元祖チートに近づいていくと、鼻と鼻をくっつけ合って互いにクンクンし始める。

 これだけ体の大きさに差があっても、鼻キスで挨拶するところは何とも猫らしい。


『お前が噛んでできた公爵の傷はもう完治しとるし、あやつは拾って育てたレーヴェのことも忘れてはおらんぞ』

『本当かにゃ? だったら、うれしいにゃん!』


 ネコの言葉に、元祖チートは太くて長いしっぽをピンと立て、小刻みに震わせた。

 ついには、ドスドスと地面を踏み鳴らして小躍りし始める。

 それを眺めつつ、私はミケの袖を引いた。


「ねえ、ミケ……私、気づいちゃったんですけど」

「何に気づいたと?」

「あの子のしゃべり方っていうか、語尾の〝にゃ〟っていうの──あれって、公爵閣下の影響ですよね?」

「……なんだって?」


 ミケはまだ知らないが、今現在チートを名乗っている子も同じしゃべり方をする。

 新旧のチートがミットー公爵から人間の言葉を学んだのだと考えれば……


「公爵閣下はきっと、あのレーヴェにもそういう風に話しかけてたんですよ。〝にゃ〟って」


 そもそも思い返してみれば、ミットー公爵は子ネコと戯れている時から、普通に語尾が怪しかったのだ。

 他の将官達の壊れっぷりが強烈だったため、かすんでしまっていただけで。

 私の主張を受けて記憶を辿ったミケは、ミットー公爵が〝にゃ〟と口にする姿を思い出して……


「ふぐっ……」


 腹筋が崩壊した。

 お腹を押さえて震える彼の顔を、ネコと元祖チートが、にゃんだ、にゃんだ、と覗き込む。

 私はミケの背中を撫でながら続けた。


「もしかして公爵閣下って、赤ちゃん言葉とかも使っちゃう系の人なんですかね? 准将やロメリアさんが赤ちゃんの時も、〝おっぱい飲みまちゅか〟とか聞いてたんじゃないですか?」 

「……っ、くっ、やめてくれ、タマ。想像してしまったじゃないか」

「ミケにも言ってたかもしれませんよ? 〝殿下、高い高いしまちゅかー〟とか」

「……ふふっ、勘弁してくれ。次に公爵の顔を見た瞬間、爆笑する自信がある」


 ミケは、ついにはその場にしゃがみ込んで笑いを堪える。

 ところが……


『おれ、人間来ると、ミットーさんいないかにゃーって、いつも見てたにゃ』

『ここは、そんなに頻繁に人間が通るんかい』

『昨日も、人間いっぱい通ったにゃ。夜にこそこそ通ったにゃ』

「──夜に、こそこそ?」


 ネコと元祖チートの会話を耳にしたとたん、一瞬にしてミケの表情が変わった。

 今の今までお腹を抱えていたのが嘘のように、すっと立ち上がると、目の前にお座りした相手に問う。


「大勢の人間が、昨日の夜にこの辺りを通ったというのか……そいつらはどこへ向かった?」

『あっちにゃ』


 元祖チートの大きな前足が差したのは、森の向こうにある山の麓──今まさに私達が目指している、総督府のある方角だ。


「えっと、総督府でミケが会談する予定の、革命軍でしょうか?」

「いや、革命軍ならば、夜にこそこそ行動する必要はない」


 戦争終結後、もはや統率もままならなくなっていたラーガスト王国軍は実質解体された。

 王家の親衛隊の多くは国王や王太子達とともに処刑され、末端の兵士のうち、有志は革命軍に転身している。

 王侯貴族からなる議会も機能しておらず、現在のラーガスト側の代表は革命軍だ。


「我が軍が統べる総督府と協力関係にある彼らなら、昼間に堂々と移動するだろう」

『こそこそせねばならんとすると……それは、革命軍と敵対する連中じゃろうなぁ?』


 険しい顔をするミケを見上げ、後ろ足で首の後ろ──新たな毛玉ができ始めている辺りを掻きながら、ネコが口を挟む。

 ミケは、鋭い目で総督府の方角を睨んだ。


「前政権の残党の可能性があるな……嫌な予感がする」


 彼はしばし顎に片手を当てて何やら思案している様子だったが、やがて足下に落ちていた葉っぱを一枚拾い上げる。

 元祖チートがふみふみしていたそれは、楕円形で濃い緑色をしていた。

 タンニンが多く含まれているのか、爪で引っ掻かれた部分が変色し、まるで茶色いペンで線を引いたみたいになっている。

 それをじっと見つめていたミケは、いまだ首の後ろを掻いているネコと、そこにできた毛玉を気にする私を順に見る。

 それから、元祖チートに向かって問うた。


「つかぬことを聞くが──あの山の向こうは、お前の縄張りか?」

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