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もう付き合っちゃえよ

挿話

「タマ、吸わせろ」


 開口一番、とんでもないことを宣う相手に、私はとっさに扉を閉じようとした。

 時刻は午後十時を回っている。

 珍しくこんな時間に私の部屋を訪れたミケは、閉じかけた扉の隙間にガッと軍靴の先を突っ込んできた。


「わああ……ドラマとか漫画で見るやつだっ……」


 そのまま強引に扉を開かれたのに慄きつつも、私は結局、彼を部屋に招き入れる他なかった。

 ミケが、午後のお茶の時間に会った時よりも、さらに疲れた顔をしていたからだ。


「お、お茶でも飲みますか? あっ、侍従長さんにもらったワインもありますけど……」

「いらん」

「じゃ、じゃあ、クッキーは? 昼間に王妃様が焼いてくださったんです。糖分は、疲労回復に即効性があると聞いたことが……」

「いらん。タマがいい」


 ミケの隣に部屋を与えられて半年あまり経つが、私が自分で選んだ家具はたった一つ、真っ白いシートの二人掛けソファだけ。

 ロメリアさんに招待されてミットー公爵家にお邪魔した時、彼女の私室に置かれていたものだが、私が一目惚れしたのに気づいて譲ってくれたのだ。

 背もたれが貝殻みたいな形をしているのと、猫足なのがポイントである。

 そんなキュートな姫系ソファに、どっかりと腰を下ろした正真正銘の王子様は──非常に残念なことに、過去最高に目が据わり切っていた。

 つまり、ギャップがすごい。


「これ絶対、めちゃくちゃに吸われないといけないやつだー……」

『よっしゃあ、珠子ぉ! あいつから負の感情をどんどん引き剥がせい! 夜食の時間じゃああっ!』


 ミケが来るまでベッドでゴロゴロしていたネコは、俄然やる気になった。

 私の肩に飛び乗ってきて、にゃんにゃん、にゃごにゃご、耳元で騒がしい。

 子ネコ達の方は、ベッドの上で団子状になって寝息を立てていた。


「タマ、早くしろ」


 はあ、と一つ重々しいため息を吐いたミケが、バンバンと自分の太腿を叩いて催促してくる。

 そんな、いかにも切羽詰まった様子を見せられれば、観念するしかないだろう。

 私はウキウキしているネコを肩から下ろすと、おそるおそるミケの側に寄る。

 すると、すぐさま膝の上に横向きに座らされ、長い両腕で包むようにして抱き締められた。


「……」


 私の頭頂部に顔を埋め、ミケはそのまま口を閉ざしてしまった。

 黒い綿毛が続々と彼の体から湧き出してきて、ふわふわと宙を舞い始める。


『ぐはははははーっ! いいぞいいぞぉ! 食い放題じゃああっ!!』


 ネコは私達が座るソファの周りを駆け回り、それらを片っ端から食らっていった。

 はあ、とまたミケがため息を吐く。

 黒い綿毛がこぼれ落ちた分、さっきよりは幾分軽くなったように思えたが……


「疲れた……」


 ぽつり、と私のつむじに呟きが落ちる。

 ミケの心がひどく脆くなっているように感じ、私はたちまち不安になった。

 それまでは借りてきた猫みたいにじっとしていたものの、居ても立っても居られず彼の体に腕を回す。

 そうして、両手で背中をさすっていると、ミケの方も私の頭にスリスリと額を擦り付け始めた。

 何があったのか、とは聞けなかった。

 尋ねたところで、私ではきっとベルンハルト王国軍元帥閣下の抱える問題は解決できないだろうし、そもそも軍の人間でもない私には話せないことかもしれない。

 それでも……


(私のところにきてくれて、よかった……)


 元の世界では私も、辛いことや悲しいことがあった時、こうして猫カフェの猫達のモフモフに癒されたものだ。

 マンチカンの方のミケみたいに普段はつれない子達でも、私が本当に凹んでいる時は大人しく抱っこされてくれた。


(まさか、そんな猫の立場に自分がなる日がくるなんて、考えたこともなかったけど……)


 ミケの胸に耳を押し当てる形になっているため、トクントクン、と心臓の音がよく聞こえる。

 温かくてがっしりとした体にくっ付いていると、えも言われぬ安心感を覚えた。

 何より、絶対的な味方の腕の中に包み込まれているという事実が、私をこの上なくリラックスさせる。

 母の胎内というのは、こういう感じなのかもしれない。

 私は何も覚えていないし……何も、知らないが。

 さらに、大きな手のひらにゆったりと頭を撫でられていると、瞼が自然と落ちていった。

 ミケを癒やしているつもりが、いつのまにか私の方が癒やされていたのだ。


(気持ちいい……ねむい……)


 私に抱っこされていた時の、マンチカンの方のミケや他の猫達も、こんな風に心地よく感じてくれていたなら、いいのだが。

 そんなことを考えつつ、私は一つ、大きな欠伸をした。







『ぐっひっひっ、珠子ぉ? 母は、席を外した方がええかぁ?』

「──ふえっ!?」


 耳元で聞こえたネコのダミ声に、私はぱっと瞼を開いた。

 どうやら、うとうとしていたらしい。

 いつの間にやらベッドに運ばれていて、その縁に腰掛けたミケが、仰向けに寝転がった私を見下ろしていた。

 彼の顔からは、部屋を訪ねてきた時に張り付いていた疲労の色は薄まり、私はほっとする。

 そんな中、ふいに頬に手を添えられた。

 端整な顔が、鼻先が触れ合うくらいの距離まで一気に近づいてきて、私はドギマギしてしまう。


「ミ、ミケ……?」

『ぐへへへへ! こりゃあ、明日の朝は赤飯を炊かねばならんかもなっ!』


 私から日本人的概念を摂取したであろうネコが、小躍りしながら何やら言っているが、かまっていられなかった。

 私は瞬きも忘れて、目の前まで迫った青い瞳を見つめる。

 ところが……




「──実にけしからん。タマは無防備すぎるぞ」

「……はい?」




 ミケは突然ぎゅっと眉を寄せたかと思ったら、私を抱き起こして口を開いた。


「そもそも、こんな時間に男を部屋に入れるとは、どういう了見だ」

「えええ……どの口が……居直り強盗に、防犯が甘いって説教されてるみたいな気分なんですけど……」

「まったく、私だからよかったようなものの……タマなんぞ、簡単に頭からバリバリ食われてしまうんだからな」

「あれ? 今ってレーヴェの話、してましたっけ?」


 元気を取り戻したミケは饒舌だった。

 彼が、私が話していないことまで全部知っていて驚く。

 傷痍軍人の慰問で町へ出たついでにトラちゃんへのお土産を買ったこととか、退役軍人のおじいちゃんに孫の嫁になってほしいと言われたこととか。


「いいか、タマ。私以外の男に、けして隙を見せるんじゃないぞ」

「は、はい……」


 そんな私とミケのやりとりを、ネコがジト目で眺めていた。

 そうして、くわわわーと牙を剥き出しにして大欠伸をすると、めんどくさそうに言うのだった。


『お前ら、もう付き合っちゃえよ』


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