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20話 大切に思うもの

「ヒバート男爵……メルの父親か」


 自分が口にした人物の姿を思い浮かべ、ミケランゼロが眉を顰めた。

 その足下では、ネコが一際凄まじい声を上げる。


『ヒバートじゃとぉ? いつぞや汚い手で我の子に触れようとした、あのいやらしいおっさんが黒幕かい! うぬぬぬぬぬっ、許さーんっ!!』

「「「ミィイイイイッ!!」」」

『えっ? えっ? かーちゃんもきょうだいも、そいつと知り合いにゃ? おれだけ知らないの、やだにゃー!』


 まさしく怒髪天を衝く形相のネコと、可愛い顔を皺くちゃにする三匹の子ネコ達。

 唯一ヒバート男爵と面識のないチートは、彼らの周りをくるくる走り回った。

 そんなネコ達の喧騒の中、ミケランゼロが首を捻る。


「ここ数年は特に、あまりいい評判は聞かないな。だが、彼はそもそも、タマと接点はないはずだが……」

「何寝ぼけたことをおっしゃってますの、殿下。今や、ベルンハルトの城におタマと接点のない者などおりませんわ」


 ドスッ、とミケランゼロの胸を人差し指で突いて言う妹に、不敬罪ぃいい、と准将が喉の奥で悲鳴を上げる。

 なお、メルの代わりにロメリアを人前に出せる姿に整えたのも、この兄である。


「ロ、ロメリア! メルの愚行に動揺する気持ちはわかるが、少しは口を慎み……」

「お兄様が慎みなさい」


 鋭すぎる舌鋒を阻もうと手を伸ばしてくる准将の鳩尾に、ロメリアが容赦のない肘鉄砲を食らわせて黙らせる。

 彼女は、ミケランゼロをじろりと睨んで続けた。


「軍の将官達と懇意であり、陛下や妃殿下からも恩情を賜り──何より、殿下に特別目をかけられているのです。みながおタマに注目し、様々な感情を抱いておりますわ。あの子が連れているネコ達を通じて交流を持つ者も少なくはありません」


 するとここで、ミットー公爵も顎を撫でながら口を開く。


「ヒバート男爵は、殿下とロメリアの婚約を強く推しておりましたからな。これを実現させるためには、タマコ殿が邪魔だと判断したのでしょう」

「それで、メルに……自分の娘にタマを攫わせたというのか? そもそも、攫ってどうする」

「私がヒバート男爵でしたら、邪魔な存在は早めに消すでしょうね」

「……っ、まさか」


 容赦ない言葉に、ミケランゼロが凄まじい形相でミットー公爵を睨む。

 不穏な雰囲気を察知して、チートが慌ててミットー公爵の肩に駆け上がった。


『ミットーさんに手を出したら、しょーちしないにゃっ!!』


 シャーッ! と牙を剥き出してミケランゼロを威嚇し、まさしく一触即発の状況だったが……


「ありえませんわ」


 ロメリアが、父の意見をぴしゃりと一蹴した。

 彼女は挑むように、ミケランゼロをまっすぐに見つめて言う。


「メルが、おタマを傷つけることなどありえませんわ。己の命に代えても、必ず守ります」

「どうして、そう言い切れる」

「わたくしが、おタマを好ましく思っているからです。メルは、わたくしが大切に思うものは同じように大切にします。断言いたしますわ、殿下──おタマは無事です」

「そう、か……」


 メルのことを最も理解しているのは、その父親であるヒバート男爵ではなくロメリアだ。

 それを知っているミケランゼロは、ロメリアの断言に少しだけ肩の力を抜いた。

 ところが、そんな彼らをじっと見つめて、ここで初めてトライアンが口を挟む。


「あのさぁ……本当は、この公爵令嬢が従者の女にタマコを攫わせたんじゃないの? 自分が、未来のベルンハルト王妃になるのに邪魔だったから」


 今回ラーガスト王国に向かう一行の中でも、もちろんこの場でも最も年若い彼が、ロメリアを指差して冷ややかに言う。

 大人達を見る彼の眼差しは、猜疑心に満ちていた。

 ところが、自分以外の全員が、その発想はなかったという顔をするものだから、彼は眉間に皺を寄せて畳み掛ける。


「僕としては、ここにいるミットー公爵家の三人とも、共犯なんじゃないかって思ってるよ。だって、王妃を出した家はさらに権力が手に入るでしょう?」


 ところが、これを否定したのは疑いを掛けられたミットー一家ではなく、ミケランゼロだった。


「お前の言い分はもっともだが……私は、彼らが私利私欲からタマをいざこざに巻き込むなんて、ありえないと思っている」

「それは、どうして?」


 まっすぐな少年の問いかけに、ミケランゼロも真摯に答える。


「ロメリアがメルを信じるのと同じだな。私が大切に思うものを、この三人も同じように大切にしてくれると信じている。ラーガスト王国との戦争を、私達はお互いの命を預け合い、信頼し合うことで乗り越え、生き延びてきたんだからな」

「へえ……」


 敗戦国の王子であるトライアンは面白くなさそうな顔をする。

 ベルンハルト人達の絆を否定することはなかったが、彼らを見る少年王子の目は厳しいままだった。


「でもさ、結局はあなた達の事情に巻き込まれて、タマコは攫われたんだよね?」


 これには、大人達も反論の余地がない。

 

「トライアン殿下のおっしゃる通りでございます。メルとヒバート男爵の関係をここまで放置してしまったのがそもそもの間違いでしたな。戦時中は二人を引き離せていたためさほど問題に思いませんでしたが……この状況を招いたのは、完全に私の不徳のいたすところでございます」

「じゃあ、一刻も早くタマコを追いかけようよ! あなた達と違って、僕はそのメルって女、全然信用してないからね!」

「殿下方は、どうか本隊にお戻りください。倅が供をいたします。私とロメリアでメルを捕らえ、必ずやタマコ殿を保護いたします」

「いやだ! 僕も行く! ミットー公爵家だって信用できないっ!」


 トライアンが掴み掛らんばかりに抗議すれば、ミットー公爵の肩に乗っていたチートが今度は彼に威嚇する。

 トライアンを引っ掻かれては大変と、慌てて間に入った准将が猫パンチを食らっていた。

 そんな中、ミケランゼロがある決断を下す。

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