18話 自己嫌悪と後悔
窓の向こうに見える空がようやく白み始める。
ネコは結局、この部屋に戻ってくることはなかった。
ネコ達が出ていった後、私はベッドに入ってはみたものの、結局まんじりともしないまま夜明けを迎えてしまった。
枕元では子ネコが一匹、まだすうすうと気持ちよさそうに寝息を立てている。
昨夜、気がつけば側に残って寄り添ってくれていた子だ。
ヘソ天で眠るその子の真っ白いお腹に鼻を押し付けると、日干ししたお布団みたいないい匂いがする。
「ミケがやたらと吸ってくるってことは、もしかしたら私の髪もこんな匂いがするのかも……」
そう呟いたところで、私は両手で顔を覆って盛大なため息を吐いた。
「ミケに会ったら、速攻で謝ろう、そうしよう……」
昨夜、ミケと顔を合わせるのを拒んだものの、時間が経つにつれて私は冷静さを取り戻していった。
そうして、疎外感の次は自己嫌悪に苛まれることになったのである。
「戦争中、ミケはきっと私には想像できないような死線を潜り抜けてきたはずだよね。そんなミケが、私に詳細を知らせないって判断したのなら、きっとそれが最善だったんだ……」
すぐにそう思い至ることができず、ネコに言われたみたいに拗ねて部屋に引き篭もったなんて……
「恥ずか、死ぬ!」
思わずそう叫んだ私は、両手で顔を覆ったままベッドの上で転がり回る。
死ぬなんて言葉を容易に使うな、というミケの叱責が聞こえた気がした。
しかし、素っ裸で彼の膝の上に異世界トリップしてきた事実より、昨夜の自分の行いの方がよほど恥ずかしい。
「ミケに謝って……それから、トラちゃんとロメリアさんと、メルさんにも。准将は……別にいいかな。チートにデレデレしてたし」
まだ起き出すには早い時間だが、今から眠ると寝坊してしまいそうなため、私はひとまず身支度を整えることに決めた。
着替えを済ませ、共同の洗面所に向かうため洗面用具だけ持って部屋を出る。
子ネコはまだ眠っていたが、一匹で部屋に置いていくのは忍びなくて、そっとワンピースのポケットに入れた。
二百人以上が滞在しているとは思えないほど、要塞の中はとても静かだった。
昨夜の山越で疲れて、みんなまだぐっすり眠っているのだろう。
私が廊下に配置されていた夜勤の守衛に挨拶をしていると、二つ隣の部屋の扉がそっと開いて、見知った顔が現れる。
「おはようございます。お早いですね」
「おはようございます──メルさん」
ちなみに、私の一つ隣の部屋はロメリアさんが使っているが、朝が弱いためまだまだ起き出す気配はない。
「メルさん、あの……昨夜はごめんなさい。皆さんの話もろくに聞かずに引き篭もっちゃって……」
「どうかお気になさらず。心の整理をつけるのには、誰しも時間が必要なものです」
一緒に洗面所で顔を洗った後のこと。
私の謝罪を静かに微笑んで受け入れてくれたメルさんが、朝日を見ながらお茶でも飲まないかと誘ってくれた。
「朝食まではまだ随分と時間がございますし、ロメリア様のお目覚めまで私も暇なのです。付き合っていただけませんか?」
「あっ、はい……では遠慮なく、ご一緒させていただきます」
気を使わせてしまったかもしれないとは思ったが、誘ってもらえたのが素直に嬉しい。
とはいえ……
「あの、メルさん……う、馬で行くんですか……?」
「はい……この裏の森を抜けた先に丘がございまして、ぜひともそちらで朝日をご覧いただきたいのです」
馬に乗せられたのは、想定外だった。
要塞の門番は、入る者は厳しく審査するが、出る者にはほとんど興味を示さない。
メルさんの前に抱えられるようにして座らされ、それこそ借りてきた猫みたいに固まる乗馬初体験の私を見て、大丈夫かい? と笑っただけだった。
しかし、要塞を出てほどなく、私は後悔し始める。
お尻が痛くなってきたのが、理由ではない。
(ミケは、朝一番に訪ねるって言ってくれていたのに……)
昨夜は明るく振る舞ってはみたが、ミケはきっと私がしょぼくれていたことに気づいている。
そんな私が部屋にいないとなると、彼を心配させてしまうだろう。
一方で、私に朝日を見せようとわざわざ馬まで出してくれたメルさんの好意も無下にできない。
それに、大きく揺れる馬の上で口を開こうものなら、舌を噛んでしまいそうだった。
(丘に着いたらメルさんに事情を話して、早めに要塞に戻ってもらおう……)
この判断が間違いであることに気づくのに、そう時間はかからなかった。
メルさんが駆る馬はぐんぐんと加速していき、あっという間に要塞から離れてしまう。
鬱蒼とした森を抜け、目的地である丘に着く頃──太陽が、山際から顔を出した。
丘が朝焼けの色に染まる一方で、その上に突っ立つ巨木の影はより黒く際立つ。
その影の中で、私は顔を青くして後退った。
「メ、メル……さん……?」
私に向かって一歩踏み出した相手は、朝焼けにより血を浴びたみたいに真っ赤に染まっていた。
俯いてしまっているため、表情は見えない。
ただ、その手に握られたナイフの刀身が、光を浴びてギラリと輝いた。
「タマコ嬢──申し訳ありません」
「メルさん、そんな……どうして……」
私はとっさに、今はもう痛みもないはずの左脇腹の傷跡を押さえる。
ザッ、と切り裂かれる音が響いたのは、その直後だった。




