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17話 ネコとミケ、保護者対保護者

『まあ……今回の世界じゃあ、食い潰せるほど、なかなか数が増えんのが実情じゃがなぁ』


 珠子の部屋を出たネコはそう呟いて、にゃふーっとため息を吐く。


『しょーがないわ。のんびりやるか。我は気の長いネコちゃんじゃからな』

「「「ミー?」」」


 シンクロニャイズドして首を傾げる子ネコ達の顔を、ネコは母猫が毛繕いしてやるみたいに順番に舐めた。

 子ネコのうち一匹は珠子の側に残ったが、あとの三匹は一緒に窓の外に出てきたのだ。

 彼らが夜食を求めて各所に散っていくと、身軽になったネコは窓台から窓台へと飛び移り、五つばかり離れたバルコニーへやってきた。

 珠子の中の猫の概念を忠実に再現しているだけあり、抜群に夜目が利く。

 一際大きな窓台に降り立つと、ネコはどっこらしょと後ろ足で立ち上がった。

 そうして、前足で窓をカリカリ引っ掻いて鳴き始める。

 その鳴き声は、にゃあにゃあと愛らしく、人間の庇護欲をそそった。

 ところが、実際は……


『おらおらおらおら、開っけろーい! おネコ様のおなーりーじゃ!』


 めちゃくちゃ尊大なセリフを吐いていた。

 そうこうしているうちに窓が開き、金髪碧眼の男が顔を出す。


「なんだ、お前……タマについていなくていいのか?」


 ネコには人間の美醜はわからないが、珠子曰く超絶イケメン王子様なミケランゼロ・ベルンハルトである。

 なお、ネコは親バカなので、自分の娘と認識している珠子のことは、人間っぽい形をした者の中では最も可愛く美しく尊いと思っているし、異論も認めない。

 天邪鬼でもあるので、本人には決して言わないだろうが。


「ネコが私のところに来るのは珍しいな。軍の施設ではいつも、将官達にべったりのくせに」

『それはな、お前が我に興味がないからじゃ。そもそも、お前だって珠子にべったりじゃろうが』


 ミケランゼロが開いた窓から、ネコがするりと部屋の中に入る。

 さすがに王子に充てがわれた部屋だけあって、珠子が泊まる一般士官用の部屋がいくつも入るほどの広さがあった。

 そんな中、ネコはまっすぐにベッドに向かう。

 そして、窓辺に留まっているミケランゼロを見て、にゃあ、と……


『おいこら、王子。ボケッとしとらんで、さっさとこちらへ来て座らんか。ベッドじゃないぞ、下に座れ。床に両手を突いての謝罪を要求する』


 ぬあー、にゃあ、にゃにゃ、うー、ううー、にゃうー、とどすの利いた声で鳴いた。

 その目は据わり、耳は横にピンと張ったイカ耳状態。

 しっぽをバンバンと、何度もベッドに叩きつけている。

 怒ったり苛立ったりしている時の猫、そのものだった。


『おネコ様の大事な娘さんを凹ませて大変申し訳ございませんでした、と謝れ。さすれば、今日のところは猫パンチ一発で許してやらんこともない。その際、爪を出すか出さないかはお前次第じゃ!』


 なんだかんだ言いつつも、この自称母上様は、珠子を悲しい気持ちにさせた元凶であるミケランゼロに腹を立てているのだ。

 彼やベルンハルト王国の事情など、ネコにとっては知ったことではない。


「……何やら、説教をされているような気がするな?」


 ネコの言葉がわからないミケランゼロも、いかにも恨みがましげな態度からその思いを感じとったようだ。

 窓を閉め直し、ネコがいるベッドの方へやってきた。

 しかし、床ではなくベッドに座ったものだから、爪出し猫パンチの刑が確定したかに思われたが……


「んにゃ?」


 ネコがシャキンと爪を出して右前足を振り上げるよりも早く、ミケランゼロが両脇の下に手を入れて持ち上げてしまった。

 さらには、その真っ白いふかふかのお腹の毛に顔を埋め、すうと大きく息を吸う。

 

「お前……モフモフだし、いい匂いがするな……」

『いや、今更じゃな。大丈夫か? 人生、だいぶ損しとったぞ?』


 普段はほとんどネコに興味を示さないミケランゼロが、珠子にするみたいにその毛並みに癒やしを求める。

 これにはネコも拍子抜けし、ついでに同情をした。


『お前……さては、相当参っとるな?』


 ぽむっ、と金色の頭を叩いたクリームパンみたいな前足は、爪が引っ込んでいた。

 ミケランゼロはもう一度大きく息を吸い込むと、だが、と続ける。


「私は……タマの髪の方が好きだな。あれに顔を埋めていると、心が安らぐんだ」

『そりゃ、お前。珠子がお前を思いやって、せっせと負の感情を払っとるからじゃろうが』

「……タマを吸いたい……一晩中、吸っていたい……」

『おーい、やめろー! やめろやめろやめろ! 我の娘に対するいかがわしい発言、やめろーっ!!』


 腹に悩ましげなため息を吐きつけてくるミケランゼロの頭に、ネコは連続猫パンチをお見舞いして猛抗議する。

 そんなネコだって、以前珠子に体を使ってでもミケランゼロを陥落させろと言ったのだが、その矛盾を指摘する者はここにはいない。

 暴れるネコを顔に張り付かせたまま、ミケランゼロはベッドに仰向けに倒れ込んだ。


「タマを……傷つけるつもりなど、なかったんだ……」


 苦しそうに吐き出された言葉に、ネコはピタリと動きを止める。

 カチカチ、と時計の音がいやに大きく響いた。

 

「ただでさえ、違う世界に来てしまって不安な思いをしているだろうのに、配慮が足りなかった……かわいそうなことをしてしまった」


 ミケランゼロの懺悔が続く。

 その顔の上で、ネコはやれやれとため息を吐いた。


「明日、タマとしっかり話をしよう。馬車での移動も飽きてきた頃だろうから、私の馬に一緒に乗せようか」

『おいおい、珠子は乗馬なんぞしたことがないぞ? あとで、尻が痛いとうるさいんじゃないか?』

「明日は……確か、大きな町を通る予定だったな。休憩がてら立ち寄って、何か買ってやろう。タマは、何を喜ぶんだろうな?」

『知らん。菓子でも買ってやれ。お前、珠子を甘やかしすぎじゃぞ』


 ネコに話しかけている風だが、ミケランゼロのこれは独り言だ。

 珠子を意図せず傷付けてしまい、彼自身もショックを受けたのだろう。


「タマが傷つくのは、もう見たくない。体も、心も……」


 元敵国の王子を祖国に送り届けるなんていう重要な任務の最中にありながら、一人きりとなったその口から出るのは、タマ、タマ、と彼女の名前ばかりだった。

 これには、さしものネコも毒気を抜かれてしまう。


『まったく……お前、我の娘が好きすぎじゃぞ……』


 ネコは、後退るようにしてミケランゼロの手から抜け出した。

 そして、彼の腹の上におすわりをすると、なーお、と鳴く。


『うだうだ言っとらんで、もう寝ろ。今夜は特別に我が側にいてやるわい』

「……もしかして、慰めてくれているのか?」

『お前が潰れたら困るんじゃよ。我らはベルンハルトを足掛かりにこの世界を席巻する算段じゃからな。お前には元気いっぱい珠子にとち狂っておいてもらわねばならん!』

「はは……何を言っているのか、全然わからんな」


 にゃーお、なーん、うにゃー、と澄ました顔をしておしゃべりを続けるネコに、ミケランゼロもここでようやく笑顔になった。

 ネコの背中の毛並みをゆったりと撫でながら、彼はひどく眠そうな声で続ける。

 

「お前がここにいて、タマは寂しがっていないだろうか……」

『心配あるまい。きょうだいが一匹、側に残っとるからな』


 ネコは一つ大きな欠伸をすると、撫でてもらったお返しみたいに前足を揃えてミケランゼロの胸をふみふみし始める。

 ほどなく、静かな寝息が聞こえてきた。

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