59 私を愛した神様
「……で、何故マヨイは、テオドールに横抱きされてますの?」
美しい純白のドレスを身に纏うキルアが、呆れた表情で私達を見る。その隣には祭服を着たシルトラリアが、顔を引き攣りながら此方を同じく見ていた。私はあまりの恥ずかしさで顔を下に向けているが、テオドールは堂々とした様子で、鼻で二人を笑う。
「こんな唆る姿した俺の女を、今ここで抱いて無ぇだけ有り難く思えよ」
「………貴方、羞恥心とかないのかしら?」
「キルア、この男にそんなものはないよ……」
エドラス国での出来事から一年ほど経った今日、ゲドナ国では国王とキルアの結婚式が行われる。ゲドナ国での私のアドバイス、と言ってもいいのか分からない助言を実行し、キルアは毎日の様に国王に愛を囁いたそうだ。最初こそ年の差で相手にされなかった様だが……まぁ、結局あの国王もキルアが好きだったのだ。半年足らずで相思相愛となり、カスヘロ町の家に結婚式の招待状が来た時は驚いて何度も頬をつねった。
しかもあの出来事からもテオドールと旅は続けていたので、招待状を確認したのは結婚式の一週間前だった。流石に王族の結婚式に着れる服もないので断りの連絡を入れた所、翌日にゲドナ国の使用人と共に移動魔法でやってきたキルアが、驚く私達を無視してあれよこれよ使用人に測らせた。(私には生きてる人間は触れ無いので、私が自ら測ったが)四日後に再び移動魔法でやってきたと思えば、着の身着の儘で私達をゲドナ国へ強制連行して来たのには驚いた。流石、あの優柔不断で凝り固まった国王を落とした女性だけある。
キルアの結婚式まで残り三日で最低限のマナーを叩き込まれ、そして今、私は用意されたドレスを着ている。深緑のレースに、裾に美しい花の刺繍がされたドレスだ。私に触れる事は出来無いので、使用人に説明を受けながら髪も整え、前の世界ではしていた化粧もして。プロに習いながら行ったそれは、鏡で見た時には衝撃を受けたものだ。その後に控えめなノックの後にやって来たテオドールも同じく深緑色の正装で……まぁ、この男はもう、言わなくても分かるだろう。私の準備をしていた城の使用人達が、皆見惚れて身動きできなくなっていた。
私の姿を見たテオドールは、大きく目を開いたと思えばすぐに険しい表情になり、ズカズカと足音を鳴らしながら目の前に立つ。そのまま私を横抱きしてカスヘロ町に帰ろうと移動魔法を唱え始めたので、私と使用人達が慌ててキルアを呼んだのが今先ほどだ。シルトラリアは今着いた所で、慌ててキルアがこの部屋に向かっていたので着いて来たらしい。絶対にあの精霊二人が今探してるだろ。
テオドールに移動魔法と理由を聞けば、「ちょっと滾って」とか言うもんだから、本当にありえないこのエロジジィ。シルトラリアの言葉に、キルアは大きくため息を吐いた。
「私の結婚式が終わったら、そのドレス正装も差し上げますから……少し我慢しなさい」
「お、気前がいいじゃねぇかゲドナ姫、じゃなくてゲドナ王妃か?」
「……何だか馬鹿にされているように聞こえますわね」
私は足や手を動かし無理矢理テオドールから離れようとした。やや不機嫌そうな表情を向ける男は、渋々私を下ろす。私は息を落ち着けて、目の前のキルアを見る。
「ドレスまで用意してもらってごめん。おめでとうキルア、すごく綺麗」
「婚姻式に着ていける服がない、なんて理由で招待を断るんですもの。……そんなの、こちらでどうとでもなりますのに」
どこか不機嫌そうに頬を膨らませるキルアを見て、テーブルに置かれたお茶菓子のクッキーを食べるシルトラリアは、意地悪そうにキルアを見る。
「二人に結婚式来て欲しかったんだもんね〜かわいいねぇキルアは〜」
「なっ!!!」
みるみる顔を赤くするキルアに、私は嬉しさと、あまりの可愛さに笑ってしまった。……その時、ドアをノックする音が聞こえ、もうじき式が始まる事を使用人が伝えてくれたので、私とテオドール、シルトラリアはキルアに別れを告げて会場へ向かう。
会場にはヨゼフ、マギー、アレンが既におり、シルトラリアが三人へ手を振り先に駆け寄る。会場にはその三人の他に、ユヴァの王族、サヴィリエの騎士団や、ハリエドの精霊達までおり、流石聖女と国王と結婚式だけあって来客が豪華だ。
「久しぶり!エドラス国以来かな?」
「シルトラリアか、見ない間に随分綺麗になったね」
無邪気に笑いかけるシルトラリアに、ユヴァの民族衣装を着たヨゼフは微笑む。それを見た残り二人はなんとも言えない表情で、マギーに至っては「ロリコン……」と失礼な事をぼやいているが、シルトラリアは綺麗と言われたのが嬉しかったのか、頬を染めながら嬉しそうにはにかむ。私とテオドールも彼らの側に向かうと、皆私達に気づいて驚いた表情を向けた。
「あれ!?師匠達もいるの!?全然連絡つかないってキルアさんが不貞腐れてたから、てっきり来ないかと」
「招待状に気づいたのが一週間前だったんだよ。断りの連絡を入れたら、まぁ綺麗な顔を歪ませてやって来てこれだ」
呆れた様に頭を掻きながら説明をするテオドールに、なんとなく察したのかマギーとヨゼフは苦笑いをする。けれどアレンは真っ直ぐ私の方を見て、目を大きく開いたままだった。あまりにもこちらを見るものだから、体調でも悪いのかと近寄ると、アレンは後ろに下がる。思わず私は怪訝な表情を向ける。
「……アレン、どうしたの?」
「あっ……いや……。今日のお前、やけに着飾ってるなと」
「ああ!キルアが用意してくれたんだ!生命がない物は触れる事が出来るから、お城の使用人さん達に教えてもらいながら着たんだけど、変な所あった?」
「…………いや、綺麗だ」
アレンがあまりにも真剣な表情で、頬を赤くして言うものだから、私も釣られて顔が赤くなっていく。だが突如、後ろから急に腰を掴まれたと思えば抱き寄せられ、思わず後ろを見るとテオドールが険しい表情を向けていた。
「テメェ、まだ諦めてねぇのか?」
「ち、違ぇよ!!ただ本当に綺麗だと思っただけで!!」
「この女はな、この一年でそりゃあもう俺を色々と覚えて」
「おい待てぇぇぇぇい!!!!」
それ以上言わせない様にテオドールの顔面目掛けて拳を当てようとして、それを軽く受け止められる。こ、こいつ……ちょっと前までは殴られてくれたのに、今ではどれだけ暴れても軽くかわしてくる……!!テオドールはそのまま手を掴み、それを自分の唇に当てる。その仕草も、表情も色気と美しさを醸し出し、私はさらに顔を赤くした。
「死の神は死者か、同じ神でしか触れられない。……残念だったな若造、マヨイは俺の側にいるために、アンタがどれだけ触れたくても触れない女になっちまって」
「お、お前!!本当にクソジジィだな!!!」
アレンはテオドールに指をさしながら、羞恥心と、怒りで顔を赤くしてテオドールを睨む。それを見ていた残りの三人は、やれやれと呆れた表情で笑う。
「一年経って落ち着いたと思ったけど、本当に気持ち悪い位にマヨイに執着してるね」
「さっき着飾ったマヨイを見て、興奮して家に持ち帰ろうとしてたからね」
「……もう執着というか、病んでるじゃんそれ」
「おい、テメェら聞こえてるからな。後で覚えてろよ」
三人を睨んでいるが、言われてもおかしくない事をしているのは貴様だろジジィ。私はじっとりとした目でテオドールを見るが、それに気づいた彼は吐きそうな程に甘い表情を向けてくる。
その時、奥で大きな歓声が聞こえ、私達はその方向を見る。
どうやらゲドナ国王とキルアが姿を見せたようで、キルアはゲドナ王の腕に手を添えて、幸せそうな表情で王を見た。ゲドナ王もそれに答えて、顔を綻ばせている。幸せの絶頂のその姿は、思わず頬が緩んでしまうほどだった。
「……ねぇ、テオドール」
私はそんな二人を見ながら、顔を向けずにテオドールへ声をかける。
「どうした?」
そう優しく問いかける彼は、優しく手を握り返す。私はそのまま、その手に応えるように手を絡ませる。
「……随分時間がかかったけど、ルカの魂は浄化できたよ。今度彼と一緒に現世へ生まれ変わらせるつもり」
彼とは、本物のテオドールの事だ。その言葉に手を一度震わせ離そうとしたのを、私は追いかける様にさらに絡ませる。テオドールはそれを拒まず、されるままだ。
ルカは150年間を、時の神の復讐の為に捧げた。魔物を従え、そして時の神が拠点としているカスヘロ町に潜入する為に、子供の姿となってオーウェンの前に現れた。……時の神が、本当に愛する存在を見つけた時に、復讐が出来る様に。……ただ、それでも可笑しな所がある。魔物となっていたルカは、今まで見ていた他の魔物達よりも、ほとんど人間と同じ姿をしていた事だ。
「ルカは、時の神の復讐の為にオーウェンさんを利用してたけど……多分、それだけじゃなかったんだと思う」
「………」
「彼女はオーウェンさんを、大切に思ってたんじゃないかな?だから、オーウェンさんを直ぐに攻撃して、これ以上危険な目に遭わせない様にしたと、私は思ってる」
ルカは、オーウェンと過ごした15年間は決して、復讐を願うだけの日々ではなかった。だからルカは人の形を保ち、憎しみ以外の人としての感情を残していた。……もしかしたら、それは無意識だったのかもしれないが。
「……ルカは、決して復讐だけで生きていた訳じゃない」
会場は国王と聖女の姿を見て歓声を上げている。テオドールは無言でその光景を見ていたが、暫くすると、自らも私に手を深く絡ませ、静かに深呼吸をした。
「…………そうだと、いいんだけどな」
横にいるテオドールの表情を見ると、どこか遠くのものを見ているような、寂しさがある表情で。……私は、思わずそんなテオドールに、背伸びをして口付けをした。それに驚いて目を大きく開いたテオドールは、暫くすると耳を赤くして目線を横へ向ける。普段小っ恥ずかしい事を人前でもしている癖に、相手からされると恥ずかしくなってしまう彼が愛おしくて、思わず笑ってしまった。
「テオドール、愛してるよ」
私を愛した神は、その言葉へ優しく微笑み、私の頬に手を添える。
「俺も、マヨイを愛してる」
私は、顔を近づける愛おしい神に応えて、目を瞑り口付けを受け入れた。
end




