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58 永遠に一緒に



死の神と呼ばれて、僕はどのくらい経ったのか覚えていない。

死者にしか触れる事のできない、死者を迎える為に実体がある僕は、他の神よりも異質な存在だった。少しでも寂しさを紛らわせる為に魔物なんて創り出したけど、それでも僕の寂しさを埋めるような存在ではなかった。


そんな時に、とある世界で僕の加護の適性を持った、一人の女性を見つけた。初めての存在で、僕は今度こそ寂しさを埋めることが出来ると思い、女性を召喚した。……けれど、その女性は加護を持つにあたっての説明をした所で、いきなり僕の目の前に近づき、そして中指を立てた。


「加護を持たせるには死ねだぁ!?そんな事したら!ぶん殴ってやる!!!」


そう怒声を浴びせる女性に、僕を見てくれる瞳に、僕は彼女がほしいと思った。


本当はもっと話し合って決めなくてはなら無いけれど、どうしようもなく女性を求めた僕は、記憶を消し、もっと痛くない殺し方もあるのに、好意を持ったがやはり、少し腹が立ったのもあって女性を空へ飛ばした。……あれは、ひどい事をしたと思うし、それをしなければあの男に女性が出会う事もなかったので、後悔しかない。


「……まさか、僕が恋のキューピットになるなんてね」


過去の出来事を思い出して、僕は笑う。……もうすぐ、僕の自我も彼女の中に溶け込んでしまうだろう。……自我かなくなるのが嬉しいなんて、思う日が来るとは思わなかった。


「まぁでも、もしもあの男と彼女との子供が出来たら、それは彼女の中にいる僕の生まれ変わりかな?」


そうなったら父親の存在が最低すぎるが、母親が彼女なのは嬉しい。


とりあえず、もし生まれ変わるなら女がいい。女なら彼女にこんな気持ちを押し付けなくていいから。



もう僕は、寂しくない。永遠に君を感じれるのだから。







◆◆◆













「ただいま、テオドール」


私は目の前の、こぼれ落ちそうな程に目を開くテオドールを見る。そのまま彼の前に立ち上がり、お気に入りの深緑のスカートの埃を手で払う。


「……………はぁ?」


私の後ろから、ルカの声が聞こえた。私はそちらへ振り向くと、顔を歪め青筋を立てるルカがこちらを見ている。そしてその周りには、アレンだけでなくシルトラリア達もおり、皆驚きの表情を向ける。


どうやら私のいない間に、皆テオドールを助ける為にルカに立ち向かっている様で、それがとても嬉しく笑ってしまった。それをルカは自分に向けられたものだと思ったのか、眼光を鋭くしたと思えば……次の瞬間背中に鈍い感触が襲った。


痛みに顔を歪めながら後ろを見ると、私よりも歪んだ表情のテオドールが私に、先ほど捨てた錆びた剣を刺していた。ルカはその光景を見て勝利を確認したのか、顔を歪ませ笑った。


「死の神と何を取引したのか知らないけれど!?何度でもアタシはお前を殺せるの!!お前の愛する時の神に何度でも何度でも殺させてやる!!!」


狂気に塗れたルカを見て、私は自分に刺さる剣を掴み、痛みに耐えながら息を吐き、剣を引き抜く。乾いた音を鳴らして地面に落ちる剣を、刺したテオドールは驚愕した表情で見る。それはルカも同じで、目を大きく開けて目の前の私を見て、……そして、私の赤い瞳を見て、全てを悟り手に血が滴るほどの拳を作る。


「………まさか……死の神を、乗っ取ったの?」

「乗っ取ったったと言うか、一緒になったと言って欲しいんだけど」


いや乗っ取ったと言ってもおかしくないが。


私は死の神アドレニスに提案して、自分の体に彼を取り込んだ。

提案した時には驚かれたが、アドニレスを自由に、そして独りにしない為には一番いい案だと思った。……最終的にアドニレスは折れ、私へ「神を取り込めば、一生現世で生き続けると言うこと。それがどれほど辛いか分かっているのか」と問われた。……それでも、私はテオドールと離れるより全然いいと笑ったけど。


私は目の前に手を差し出し、小さく呪文を唱える。それと同時に手の周りの時空が歪み、私はその歪みに手を入れた。


ルカはその行動の意味を理解し、もう一度剣を浮かせ、そのまま切っ先を私に目掛けて放つ。


……けれどそれは、私に届く前に目の前に立ち塞がったアレンとキルアによって全て弾かれる。マギーは呪文を唱え私の周りに防御魔法を張り、ヨゼフとシルトラリアは攻撃魔法を、金の矢をルカに放つ。ルカは避けきれずに矢が肩に当たり、痛みで顔を引き攣らせる。


私は入れた手で何かを掴み、そして一気に引き抜く。……全身が黒い、まるで魔物が発する霧を身にまとう錆びた短剣を取り出す。何も装飾もない、周囲に転がる錆びた剣と同じようだが、その短剣を見て、私を見て魔物達は恐怖で動けなくなっている。


私は深呼吸して、その短剣の切っ先を強く地面へ打ち付ける。短剣の打ち付ける音と共に、自分を中心にして赤い魔法陣が浮かびあがる。それはルカの周りにいる魔物達を赤い炎で燃やし、魔物達は皆黒い灰になる。ルカは周りを見て、私に怯えた表情を向けてその場を離れようと足を踏みこんだが、突如後ろからオーウェンが現れ、ルカを掴み羽交締めにする。オーウェンを見て、ルカは目を大きく開く。


「っ、!!離せ!!離せ離せ離せ離せ離せ!!!」


ルカは発狂した声を出して捕まれる腕を爪で引っ掻くが、それで血が出ても、噛まれて肉が削げてもオーウェンは離さなかった。痛みで唇を噛み締めながら、震える唇を動かす。


「ルカ、頼む……頼むから……もうやめてくれ……」


……一瞬、ルカはオーウェンの表情を見て固まった。

私はそれを見届けて、もう一度、先ほどよりも強く短剣を地面へ突き刺す。



ルカの立つ地面に、赤い魔法陣が現れ強く光る。


彼女は、大きな赤い炎に包まれた。









◆◆◆



炎が止んで、黒いモヤが収まり、壊れた城の天井から光が差し込む。

私は息を整え、倒れたルカの元へ歩き目の前で止まる。



私の前に、浅い呼吸を吐くルカが地面に倒れている。

その体は黒く焦げ、何処が目で何処が口か分からないほどになっていた。美しい赤色の髪も、見る影がなかった。けれど彼女は見えない口から息を吐き、小さく呟く。


「テオ……ル……テオ……ドール」



その姿に、私もオーウェンも、周りも何も言葉を出せなかった。


彼女は、ルカは愛したテオドールを思い、時の神の憎しみと、自分達を苦しめた世界の憎しみで魔物となった。テオドールが消えて150年間、途方もない日々をただ復讐の為に捧げた。それがどれだけ辛かったかなんて、私には分からない。


私は今にも息絶える彼女の側に座り、目を瞑る。




「………ルカニア」



私が放つ男性の声に、ルカニアは焼けた目を此方へ向ける。目から涙が流れ、それは肌に触れ墨色になる。私はもう一度、彼女へ言葉を放つ。


「ルカニア、君にずっとつらい思いをさせてごめん。君の側に居れなくてごめん」


ルカニアは崩れる体を引きずり、私の元へ向かう。足が崩れても、片腕が崩れても彼女は私の元へ引きずり向かう。そして焼けた喉から小さく息を吸う。


「テオドー……ル……テオドール…………いる……の?」

「私はここにいるよ。……ルカニア、もう、つらい思いをしなくていい」


私は彼女の頬に手を添える。その手に愛おしそうに頬擦りをして、ルカニアは笑う。


「……ひだまり、の……におい……」


私はルカニアの頬を撫で、優しく語りかける。


「一緒に行こう、ルカニア」





ルカニアは、小さく頷いて微笑み、  そして炭となり崩れた。






「………マヨイ、今のは」


側にいたヨゼフが肩に触れながら声をかけようとするが、手は肩をすり抜け、掴む事が出来ずに驚愕する。私はヨゼフを見て笑う。


「……死の神は、死者の声を届ける役割もあるの」


私は炭となったルカを暫く見つめ、そして次にテオドールの元へ歩き出した。聖女の遺物を胸に受けていたテオドールは、ルカが死んだ事により剣を胸から引き離した。深く傷があるが、それは段々と治癒されていく。私が近づく音に気づいたテオドールは、座り込んでいる場所から私を見上げる。その表情はひどく泣きそうに歪む。


「アンタ、分かってるのか。……神を取り込んだって事は、俺と同じで永遠を生きる事になる」

「うん、そうだね」

「っ、アンタの周りにいる奴らが年老いても、姿が変わらない、死ねない!!」

「うん、そうなるね」

「だから!!アンタは永遠に独りになるんだよ!!!」


私は最後のテオドールの言葉にだけは、首を横に振った。



「ううん、テオドールと永遠に一緒だよ」



テオドールは目を大きく開き、そしてその目を歪ませ涙を流す。その涙はどんどん増えていき、まるで子供の様に泣きじゃくる彼に、私は笑って、彼の目の前に座りその体を抱きしめた。それに応える様に、テオドールは強く腕を回す。……私は、そんな彼が愛おしい。彼の耳元に唇を近づける。


「テオドール。もう死ぬ為の薬なんて、探さないで」

「……もういらねぇよ」

「もう他の女の人と遊んじゃ駄目だよ、私だけ愛してよ」

「………うるせぇな、そんなの、当たり前だろ」




「テオドール。……私と、永遠に一緒にいてくれる?」



最後の言葉には、テオドールは涙を流したまま微笑んだ。

彼は返事の代わりに、涙で塩っぱい口付けで答えた。



次回で最終です。

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