55 俺のテオドール
神々は、例外を除いて実体を持たない。
だから俺達は、創り上げたこの世界に少しでも関わろうと、この世界とは異なる世界から人を呼び、加護を与える。そうして加護を持った存在は、それぞれ祀られる国で守護神となったり、戦争を終わらせる英雄となった。
前の加護を与えた存在が死に、俺は新たに異世界から少年を呼んだ。とても美しい少年で、性格も悪くない。前回の加護持ちと同じく、俺は一人の精霊に世話を頼んだのだが、その精霊も美しい聖人を見て一目惚れをしてしまったらしい。赤毛の精霊は、少年を甲斐甲斐しく世話をしていき、やがて少年も精霊を愛する様になった。
だが俺を祀るエドラス国は、新たな王に変わってから加護持ちを人として扱わなかった。魔法を使える精霊と共に幽閉し、そのまま二人に力尽きるまで魔法を使わせ、倒れてしまえば暴力で起こし、また魔法を使わせた。段々と光を失う二人を、助けてやりたいのにそれが出来ない。声をかけても、信仰心が失われつつある少年には届かない。……俺は、自分の無力さに絶望した。
二人が幽閉され10年経った頃、エドラス王は魔術で時の神を顕現させようと、対価として少年を生贄にした。俺はそれへ応えないつもりでいた。今のエドラス国は、聖人である少年を崇めない為に、かつての栄光を無くそうとしている。もう暫くすればこの国は終わり、あの二人は幸せになるだろうと思ったからだ。
けれど、生贄として差し出された少年は、空へ、俺へ向かって告げた。
「時の神ランドール。……もう、私を自由にしてくれ」
そして王は俺を崇めるような言葉を唱え、魔術を唱える。周りの国の貴族達も、時の神が、俺が少年の体を乗っ取る事を楽しそうに見つめる。
俺は神となって初めて、人を憎んだ。
この人間達が憎い、苦しんで苦しんで、泣き叫ばせて殺してやりたいとまで思った。
だから俺は、愛おしい少年の願いに応える為に、少年の魂を自由にさせる為に魔術に応えた。
瞼を開くと、隣で俺を崇める王の声と、周りの貴族の興奮する声が聞こえる。
……ああ、こんなにも痩せ細ってしまって、こんなにも傷つけられて。痛かっただろう、辛かっただろう。……加護を与えた俺を、憎んでいただろう。なんて酷い事を、惨い事をこの王は、俺を崇める王族共は!俺を祀るこの国は!!国民共は!!!
俺は、神の杖を出し、そのまま地面へ末端を打ち付ける。それと同時に大魔法の紋章が浮かび、まずは隣の王が青い炎に囚われ、苦しみ呻き声をあげながら燃えていく。それを見た貴族や城の者達は怯え外へ出るために扉へ向かう。
ある男は鈍い老婆を蹴り前へ進み。
ある女は神へ服を脱いで命乞いをし。
ある衛兵は人を守る剣を振り上げ道を作り。
あるメイドは恐怖で動けなくなっている。
なんて、なんて滑稽なんだ!!どうして俺はこんな者達の為に!!何百年も何千年も手を貸していたんだろう!?
そう俺は笑い、自分が愛した少年への仕打ちを憎み、復讐の為にもう一度杖を地面に打ち付ける。
……そうして俺を祀った国は、時の神の怒りを受けて滅びた。
◆◆◆
突然と現れたアレンに、ルカは舌打ちをしながら睨む。王国騎士団の副団長であるアレンの剣は相当重たかったようで、片手で持っていた剣を両手で持ち始める。
「何なのよこの獣人は!!どうしてここに獣人族がいるの!?」
「ハリエド王が、予言の神からのお告げでマヨイ達が危ないと聞いたんでね、宰相へ頼み込んで、マヨイを助ける為に先に魔法で来たんだ。じきに加護持ちの奴らがここへ来るぞ」
シルトラリアが、他の加護持ちの皆が助けに来てくれる。私は涙を拭い、気持ちを切り替えるように深呼吸をする。
「アレン!テオドールが聖女の遺物で動く事が出来なくて」
「お、ジィさんくたばるのか?割とすぐにマヨイを奪えそうだな」
調子のいいその言葉に、暫く呻く事しか出来なかったテオドールが目を開けて鼻で笑う。
「…………誰が、やるか」
「テオドール!!!」
アレンはテオドールを一度見て、すぐに目の前のルカに剣を向け直す。
「おい、テメェそんな所でくたばる奴じゃねーだろ。気を持て」
テオドールはその言葉に、鼓舞された様に上半身を起こす。震える声で唱え、純白の杖を取り出す。そのままその杖で地面を叩き、無数の青い魔法陣を浮かび上がらせる。これは過去に、ユヴァ国の古城の悪魔へはなった魔法と同じものだ。
そのままもう一度杖を鳴らし、魔法陣から焼ける様な光が現れる。
……だが、その光を見てもルカは笑っていた。
「戦いの神の短剣は、ただ抜く事が出来ない呪物だけじゃない。刺された相手を意のままに操る事ができるの」
その言葉と同時に、テオドールが出した魔法陣が急に消滅する。
そして私は胸に鈍い痛みが襲うと同時に、口から血を吐いていた。
目の前に、こぼれ落ちそうな程に目を開けるテオドールがいる。どうしてそんな顔をしているのか、聞くために口を開けても血が出るだけだった。そして自分の胸元を見ると、かつてユヴァ国でヨゼフに貰った緑のネックレスを突き抜け、心臓にテオドールの杖が刺さっている。
「ち、違う、俺は、違うんだ……俺は」
遠くでルカの笑い声が聞こえる。
私は、どんどん暗くなる視界で目の前の男の表情を見る事ができない。
………どんな攻撃でも弾くって言ってたけど、流石に神相手は無理だったか。
私は、そのままテオドールへ体を預けた。
遠くで、死の神の声が聞こえる。




