日常から戦場へ6
ワトソンプロデューサーは少々窮地に追い込まれつつあった。
本来なら、没落国家の強襲部隊に攫われるナインズと共にドーム会場から離れる予定だった。
しかし、実際には強襲部隊は被害が大きくなり撤退。アンジェラは倒され、シェナは後退する結果となっていた。
綿密な計画に加えて、勝てる戦いに敗北。
強襲部隊の不手際に対し、大いに失望したと感じてる程だ。
(いやはや、想定外な結果ですね。しかし、まだ手はあります)
当初の計画は殆ど失敗に終わったと見て良いだろう。だが、まだ完全に失敗した訳では無い。
(策士は奥の手を隠し持っているものですからねぇ)
それは歩兵部隊に手配している装甲車。その内の一台には計画に賛同している者が運転手として配置されているのだ。
「さて、ナインズの皆さん。戦闘が落ち着いてる今がCHANCEですYO!今の内に脱出しましょうNE!」
ドーム会場周辺で戦闘が激しくなった時は、流石に避難させた。それまで歌を歌ったり、踊りを披露したりとファン達を安心させ続けていた。
アイドルとしてのプロ根性を目の当たりにした訳だ。
「あの、ワトソンさん。皆さんは大丈夫なのですか?」
「そうですわ!私達は安全なシェルターに逃げた訳ですもの。ファンの安否が一番気になりますわ!」
「「そうそう。それに、連絡が繋がらないみたいだもの。凄く心配だよ」」
確かに心配になるだろう。
特に携帯での連絡が出来なくなっている状況では、外の情報が全く分からないでしょうからね。
「ご安心下さい。幸い、会場内の被害は少なかったです。多少、天井の板が落ちて何人か怪我をした程度。つまり、No problemですよ」
無論、ドーム会場の外に関しては死傷者多数だが。
それでも、被害を減らす事に貢献したのは言うまでも無いだろう。
(さて、一番の難所はニーナ・キャンベル。強力な読心ギフトの保有者ですからね。一応、対抗策として遮断装置は着けてますが……)
彼女の場合、本質を見抜く程の強力な読心ですからね。
下手に考え込めば、計画が読まれてしまう可能性が高くなる。
つまり、彼女の注意を他の事に移せば良いだけです。
「ファン達の安否が気になるのは分かります。しかぁし!ファン達も同じ事を思ってる筈です。アイドル達は大丈夫かな?と」
「それは……そうかも知んねぇけどさ」
「確かにプロデューサーの言う事も一利あるけどぉ。でも、あーし的にはファン達の方も気になる訳だしぃ」
自分達よりファン達を優先するナインズ。
その高潔な魂こそ新生国家には相応しいと言えるだろう。
必ず手に入れる必要があるのだ。
「ファンが安心出来る為に、避難する事は非常に大事な事です。さぁ!戦闘が落ち着いている今の内に行きますYO!」
少し前から戦闘は収まっている。つまり、ドーム会場の防衛に成功した事を意味している。
なら、今しかチャンスは無い。
自然にナインズ達を装甲車に乗せて、別のポイントに移動する。
(自画自賛になりますが、我ながらPERFECTですね!やはり、策士は策を練ってこそですNE!)
通路を早歩きで渡り、裏口へと向かう。
既に装甲車は待機している。この時にニーナ・キャンベルの読心が発動するだろう。
だが、周りには大勢の負傷者が居る。
苦痛に苦しむ感情などが多数入り混じる空間は、ステージの上で感じる物とは感情の質が違い過ぎる。
その中で特定の人物の心を読む事など不可能に近い。
そして、装甲車のドアを開けて中に入ろうとした瞬間だった。
「ワトソン……よくも、裏切ってくれたわね」
「なッ……何故、貴女がここに?」
装甲車の中に居たのは傭兵アンジェラだった。
中の兵士達は全員殺されたのだろう。血の匂いが車内に充満していた。
しかし、今はナインズを拉致するのが先決。
既に手遅れ気味ですが……まだ、まだ間に合う筈。
「お、落ち着いて下さい。取り敢えず、やる事はやりましょう?それからでも」
「五月蠅い‼︎アンタ、最初から約束を守る気は無かったんでしょう‼︎でなければ、あんな奴をドーム会場に向かわせたりしない‼︎」
「あんな奴?一体、誰の事で?」
ワトソンの中で疑問が出る。
警備隊の配置は多く出来た。親衛隊もレイピア中隊だったが、強襲部隊とアンジェラの腕が有れば対処出来る範囲だと。
しかし、今はそんな事に構っている暇は無いのだ。
「ワトソン。アンタ、私に言ったわよね。ナインズの穴埋めになれるって、代わりになれるって」
「も、勿論ですよ!今からでも間に合います!だから」
ナインズの拉致に協力して欲しい。無理なら邪魔をするな。
そもそも、今はナインズの代わりになるとかの話は必要無いのだ。
ワトソンの中で苛立ちが出て来る。
唯でさえ拉致が失敗したのだ。今、この時に失敗のフォローが出来るチャンスは無いのだ。
「こんな……こんな、大きな傷で。どうしろって言うのよ‼︎」
アンジェラの悲痛な声はナインズ達にも届いていた。
顔に大きな傷を負った血塗れの女と知り合いなのも理解した。
ナインズの代わりが用意されてる事も理解した。
そして、ワトソンプロデューサーが裏切り者である事も理解した。
「皆、離れて!」
ニーナ・キャンベルが大声を出す。
「顔の傷が何ですか!そんなのは整形でもすれば済む話ですよ!馬鹿な事をしてないで早くナインズの拉致に協力しなさい!」
「……今、そんなのって言った?」
「言いましたよ!あぁ!もう!話になりませんね!」
ワトソンはアンジェラの存在を一度無視する事にした。
既に、ナインズに対して隠し通せる状態では無くなったのだ。
もう、このまま強行するしか道は無い。
「さて、ナインズの皆さん。既に、隠す事は無理になりましたからね。大人しく装甲車に乗って下さい」
懐から拳銃を取り出し、ナインズに銃口を向ける。
しかし、その状況を見ていたレイピア中隊の生き残りが対応に動く。
『ワトソンさん!一体何をしているんですか!銃を降ろして下さい!』
「動かないで下さいNE!ここまで来て、ナインズが死ぬ姿は見たくは無いでしょう?」
そして再びナインズ達へ視線を向ける。
既に余裕の無くなったワトソンプロデューサー。その目は鬼気迫るモノがあった。
「さぁ、大人しく装甲車に乗りなさい。そうすれば悪い様にしませんからNE」
周りにはレイピア中隊のヴォルシア2機。そして、パワードスーツ部隊がワトソンプロデューサーを睨み続ける。
しかし、今動けばナインズが撃たれてしまうかも知れない。
(まだ勝てる。私は……最高の策士ですからNE!)
勝利は自力で捥ぎ取る。
装甲車の運転くらいならワトソンプロデューサーも出来る。後は見張りとして、アンジェラを使えば良いだけ。
「やはり、私は天才ですNE!」
そう呟いた時だった。上から何かが接近して来る音が聞こえる。
何事かと思い、上を見上げる。
すると、1機のヴォルシアが勢い良く地面に着地。
そのまま装甲車を踏み潰してしまう。
「あ、あ、あ……あぁ、脱出用の……」
現れたのは警備隊のヴォルシア。
装甲は被弾した後が多数あり、一部装甲が剥がれている。
それでも、最後まで生き残っていたのだ。
《すみません。装甲車踏み潰しちゃいました。でも、問題無いですよね?ワトソンプロデューサー……いや、元プロデューサーって言った方が良かったですかね?》
ビームガンの銃口をワトソン元プロデューサーに向ける警備隊のヴォルシア。
そして、ワトソンは気付いた。
あの機体がアンジェラが言っていた奴なのだと。
(確かに警備隊の中に妙に強い人が居るとは知ってました。しかし、たかが3秒先を見通すだけのギフト。それも、不確定な未来視)
ギフト【見透し】の結果は大したギフトでは無かった筈。
警備隊の方が時々活躍していたのは聞いていた。
だが、3秒先を予測するだけで何が出来る?
計画に支障は全く無かった筈。
唯、未来視以外にも何かが奥底に見え隠れしていた。
見る事は出来なかったが、ナニカが複数潜んでいる。
それは、俗に言う霊的存在。
(経歴から見て、ゴースト出身なのは分かります。恨まれて生霊が憑いているだけだと思っていましたが……)
完全に誤算だった。
寧ろ、ゴースト出身者が来てくれた事で、注意を逸らす事も出来ると考えていた。
ゴースト出身者のジェームズ・田中が怪しい存在。
それは、計画が始まれば最初に疑われるスケープゴートになる筈だった。
《武器は捨てて、大人しく投降して下さい。貴重な情報源を失いたくは無いですからね。あ、でも抵抗したらしたで免罪符は手に入りますな。ナインズを守る為に始末しましたってね》
この男は本気だ。人を殺す事に罪悪感などを感じない狂人だ。
「まさか、私が……負けたと?何年も小娘共の為に人生を無駄にしたと言うのに……」
強い憎しみを警備隊のヴォルシアに向ける。
しかし、ワトソンは気付いていなかった。
直ぐ側にワトソンを恨んでいる女傭兵が居る事を。
「ぅ……ぁ……」
凄まじい衝撃で一瞬だけ気を失った。アンジェラは目を覚ますと、空間が狭くなっている装甲車の中に居た。
頭と顔に痛みがある。何かが装甲車に当たったのだろう。
幸い、五体満足であり手足の感覚もある。
「ワトソンも、警備隊の奴も……絶対に許さない」
他の傷なら隠せるから良かった。だが、大事な顔に傷を付けた報いは受けさせる。
床に落とした拳銃を拾い上げ、隙間を這いずりながら明かりのある方へ向かう。
出口から顔を出せば、憎むべき裏切り者が俯いていた。
ブツブツと何か言っているが知った事では無い。
「ワトソン……アンタにとって、私の夢はどうでも良い事なんでしょうけどね」
痛む身体を無理矢理動かし、装甲車から出る。
ナインズのメンバー達と目が合うが、アンジェラは全て無視する。
そもそも、警備隊の機体は一律弱体化していると聞いていた。
しかし、実際に戦ってみれば私は敗北し、レッドキャップとは互角に戦っていた。
明らかに情報とは違うでは無いか。
「私の夢を奪った罪……絶対に、償わせる」
ずっと、ゴーストとして生きて来た。
それでも、少しずつ貯金をしてクレジットは貯めていた。
いつの日か正規市民になる為に。
そして、夢を叶える為に。
あの底辺で這い蹲って来た人生に比べれば、楽な事だと思っている。
そして、最短での近道が用意されたら行くしかない。
【ご安心下さい。ナインズの穴埋めは必要ですからね。ですから……貴女なら、その穴埋めは務まりますよ】
ワトソンの言葉は甘かった。事実、ワトソンはナインズを含めたアイドル達の統括プロデューサーだった。
担当してるのはナインズだけだが、他のアイドル達にも見せ場とチャンスを与えてる存在。
実績と立場から見ても信用出来た。
だから、信用して仕事を受けた。
これが、最後の汚れ仕事だと割り切って。
「こんな事なら、普通に正規市民になれば……」
後悔を口に出した所で戻れない。
既に手遅れなのは分かっていた。
だから、最後に一矢報いるしか出来ない。
だから、呆然としているワトソンに向けて銃口を向ける。
「……死ね。アンタも、全部全部!」
だから、躊躇無くトリガーは引けた。




