やる気曲線の上下
「答えがわかったよ、ディー。既婚者だ。これなら地雷でもなく僕に利益の欠片もない」
さぁ、スーパーヒトシ君、出番です。
ディーはこちらを見ない。相変わらずのインテリメガネで取説を眺めている。「全く理解はできないのだが、もはや楽しい気がしてきた」とのお言葉です。わかるよ、中国製とかの花火にありがちな微妙な注意書きみたいなもんだろ。大人と一緒にしろ、人に向けないでくだちい。そのうちに漢字自体が縦書きによって偏とつくりに分解されて意味不明になってたりするんだ。漢字は元々中国のものだろうに、ただ外貨を得るため彼らは、注意書きを印刷すべきただの図案と見なしたのだ。いっそ潔い。尊い犠牲だ。
「未婚だな。お前の利益は知らんが」
思いを馳せている間に、まさかの即行ボッシュート。世に不思議は満ち溢れているというのに、僕には発見できないらしい。確かに、自分で外国までハントしに行く気にはならないもんな、足元に落ちてたら拾ってもいいけど。
「…ディー、降参だよ!」
「何がだ」
「だから、その魔道具職人の欠点だよ。美女が僕に会いたい理由なんて、どこか壊れている人材じゃなきゃおかしいと思…」
「言っただろう、お前が異世界人だからだと。お前じゃない、異世界の知識に会いたいんだ」
「あっ、そうでした。なけなしのやる気が今、鎮火したわ」
全然僕自身に魅力なんてなかった。冷静なつもりで、美女という単語に浮かれていたようだ。
…そうだ、ライターあげとけばいいんじゃないの。似たようなものがありますよ、良かったですねー、って。今なら懐中電灯もサービス!
「そんなに女に困っているのか、お前は? …ならば…」
「いや、いい。僕は悟った草食系なんだ。今生でご縁がなければ、素直に来世に期待する」
権力者に紹介された女の子が僕に満足するはずもなし。大体、彼女ほしくてたまらないとかそういうのないしね。目の保養程度はしたいけど、荷物持てとか奢れとか見下されてまで付き合いたくない。そうしないとできないなら彼女いらない。枯れきってるうえに恋に恋するとか、痛すぎて自分を直視できない。そして現実から目を逸らすと、二次元が眩しい。
むしろ、皆どうやって恋愛してんの? 僕、二十を過ぎてなおそんな熱い思いを抱けたことないんだけど、壊れてんの?
女の子の誘いに「面倒くさいからいい、ゴロゴロしたい」と答えた遠い日を思い出す。周囲から奇異な視線をいただいて以来、僕は弁えて「残念、その日は都合が悪いんだ。でもそれ、あいつも行きたいって言ってた場所かも。人気なんだね、ああ残念だなー」と答えるようになった。男友達と遊ぶことからさえ遠ざかってるのに、女の子と遊ぶとか。好きでもない相手に、通常の三倍は気を使うようなことを休日にしたくないじゃないか…どうせ相手だって僕を好きなわけじゃない、様子見みたいなもんなんだし。そういう機会は求めている人間に譲ればいいんだよ。
お陰で成立した人達には随分と感謝されたもんだし、休日に声をかけてくる暇な男友達も減ってゴロゴロできて一石二鳥…あ、あれ? 気づいちゃいけない真理が今近くに…。
「マサヒロ? おい、黙り込んで、どうした?」
「…あ、うん。自分というものを見つめ直すと結構心が痛いなって」
ま、まぁ、人としてどうかなんて今更どうでもいいじゃないか。社会不適合者であることは知っていた。お一人様が一番たーのしーい!
つまり美女だからということに気後れせず、宗教勧誘を相手にするように貼り付けた笑みで五分くらい対応すればディーの面目は立つということだ。
「じゃあ、そうだなぁ…興味が引けそうなゴ…使わなくなった道具とかをあげてみるよ」
「ゴミって言おうとしたな、マサヒロ。不用品なら先に私に見せてくれてもいいんだが」
「お前の部屋にゴミを増やしたらまたヒューゼルトに怒られるじゃないか。充電器を早くも没収された奴が何言ってんだよ」
「没収ではない、貸し出しているのだ。壊したり、今日明日中に部屋に戻さなければ私の近衛は全員解雇だと伝えてある。連帯責任にしたので必ず手元に戻ってこよう」
とんでもない暴君だな。実際にそんなことはしないんだろうけどさ。
見知らぬ物の安全確認をしようとしているだけだろうヒューゼルトよ、超頑張れ。
ちなみに携帯電話での通話を実演した際に、耳元に声が届いたことに驚いたヒューゼルトが僕の携帯を床に叩きつけるというアクシデントがあった。ディーの携帯の危険度を調べたかったくせに僕の携帯を拝借しておいたところがヒューゼルトだと思う。初めから叩きつける気満々だっただろ、絶対。リビング的な部屋での行動だったので、携帯はフッカフカな絨毯に救われました。
その彼が今日明日には、解明しきれない充電器を不承不承返しながら僕を睨む様が明確に予想できる。だから薄っぺらい応援しかしない。
「どんなものを提供する気なんだ?」
わくわくした様子で身を乗り出すディー。あんまり期待されても困るなぁ。
「逆に、どんなものだったらいいと思う? 例としてはねぇ…昔懐かしの携帯CDプレーヤー、電池式。誰かが歌った歌がこの丸い奴に残してあるんで、いつでも聞けるって感じ。それからかなり古いデジカメ、電池式。ここが目になってて、こいつが見たままを一瞬で絵にしてくれる。ただし手振れ補正はついてないから初心者にはブレブレで過酷。あとは、うまく飛ばせないのでしまい込んだままの、小さなヘリのラジコン…これで上手く操作すると、この小さいのがブーンって飛ぶはずだったんだけど…僕にはどうしても離陸できなくて飽きた。ヘリなのに飛べないとか本末転倒。でもこれは充電式だから、そっちの人にあげちゃうのは却って面倒かもな」
部屋の中からゴ…不用品をかき集めてみると、ディーが青い目をキラキラさせている。
「…そんな顔されても。ディーにはあげないよ」
「マサヒロ」
「だってもう古いんだよ、これ。調子も使い勝手も少し悪いし。分解されても困らないものを出したんだよ。お前なら窓を開ければ僕がいるんだから、お古である必要ないじゃん。…でも買ってあげられるのは、お金のあるときにちょっとだけだからな」
CDプレイヤーを実演してみせる。電池と電源を入れると、昔好きだった女性ボーカルの歌が流れてきた。CDすら入れっぱなしだったらしい。
時折音が止まったり飛んだりしてしまうが、動かなくなったら前後の曲を一度再生してからかけ直すとまたちゃんと流れる。
「…何を言っているのかはわからないが、綺麗な声だな。どんな内容なんだ?」
「これはねぇ、恋人に裏切られた女が相手を撃ち殺す歌だよ」
「おい」
「いや、端的に言うから物騒だけど、この綺麗な声で耳障りのいい表現を駆使して歌われてるんだからいいじゃない。この落差も味だよ」
不満げなディーの顔。その片耳にある、僕と分けたイヤホンを取ろうとしたらかわされた。
「嫌なら聞かなくてもいいんだけど」
「曲調が変わった。今度の歌はどんな内容だ? 歌い手は男だな。キュルキュルしていておかしな歌い方だ」
「…んー…」
ビジュアル系の人が時折声を裏返して歌う、エロイ歌詞の特にストーリーはない歌です。その時に流行っていたのですが、改めて内容をと言われると説明しがたい。
「そうだな…、愛のない男女のエロイ話…かな」
「…お前の選曲がわからない」
「友達とカラオケ…歌手の歌を自分達も音楽つきで歌えるっていう遊び場に行くには、その時代に合わせた歌も聞かなくてはならない。そういうことだよ」
「カラオケ。つまり、マサヒロが楽団を雇って、素人が歌うパーティーを…」
「企画しないよ、そんなもの。こういう道具があって、音楽だけかけてくれる店があるんだ。自分ちで音楽ガンガンかけて歌ったらご近所さんに迷惑だし恥ずかしいから、専用の建物に行って歌うんだよ。友達と騒ぐにもいいし、時間潰しやストレス解消にいいよ」
そんな羨ましそうな顔をしてもダメだ、カラオケには異世界の曲は入っていないのだ。万が一ディーがワクワクとカラオケボックスに押しかけてきたとしても、残念ながら歌える歌はない。
「次の曲は何だ。マサヒロも歌えるんだろう、歌ってみろ」
「えー…。あ、僕が歌えば歌詞が理解できるからか。いいよ。これは学校を卒業して友達と離れるけど元気でねって歌だね」
イヤホンから流れる原曲と、僕が歌うのが翻訳されつつ両方同時に聞こえてきたら、頭パーンてならないんだろうかね。表情を変えないディーは大人しく僕とプレーヤーの歌に耳を傾けている。
エロソングを歌えと言われたのじゃなくて良かった。ヒューゼルトが剣を振りかざして飛び込んでくる危険があるからな。
「お前は歌が上手いのだな。サクルァというのは花なのか?」
「サクラ、ね。卒業シーズンに咲く花だってのもあるし、そうでなくても日本人は桜がやたら好きみたいだよ。僕も嫌いじゃない」
「お前も? だから上手に歌うのか?」
そんなに音痴顔なのかい、僕は。意外そうな顔をしないでくれませんか。
「自分のキーに合った曲を選ぶんであれば、今時の人はこのくらい歌えるんじゃないかな?」
カラオケ世代だしね。僕の友達の中でも音痴ヤバイですってのは、女の子受けや憧れのビジュアル系に影響された、無理な高音を出そうとする人ばかりだったけどなぁ。キーが合ってないのに無理に出そうとするから音が外れちゃうっていうか…下げればいいのにそれもしないっていうか…。僕は今のところ、本当に壊滅的なリアルジャイアンというものを見たことがないんだけど。
イヤホンを外したディーにつられて、プレーヤーを止める。
「音楽が手軽に聞けるというのはいいな。楽士を呼ぶ必要も自分で弾く必要もない」
ちょっと音楽聞こうかーって楽士を呼ぶのか…その発想はなかったわ…。
「じゃあ次の、デジカメの説明する? デジタルカメラっていうのが正式名でね」
起動するとディスプレイに室内が映る。ディーは息を飲んだ。
「このレンズ…こいつの目なんだけど、ここに見えてるものが映る。…んで、このボタンを押すと、その瞬間を絵にして残す、みたいな?」
あ、ちょっとブレた。もう一回…よし、上手。再生モードにして、撮ったばかりのディーの画像を見せてやる。
「ほら、撮れたでしょ」
「………」
あれ、魂抜かれたとか言い出さないよね。僕はディーの手にカメラを押し込み、シャッターに指を乗せさせる。
「半分押し込むとピントが合うから、合ったら下まで押し込む。で、再生モードにしたら、撮ったのが見れる。ほらね、これが今ディーが撮った僕の部屋の写真」
僕の補助つきで何枚か室内を撮った。その後、ディーは僕に向かってカメラを構える。思わずピースサイン。
「…なんだ、それは?」
「日本人がカメラを向けられたときに最もよく取るポーズです」
小さな電子音と共にディーがシャッターを切ったが、どうやらブレたようだ。躊躇いなく再生モードに切り替えたディーが唸る。
「なんだかわからないものが映った」
どう考えても僕だと思うけど、そう言われると物悲しい。
「これがね、新しいものならもっと撮りやすいんだよ」
あげないからね、と何度も念押しして、今僕が使っているデジカメを持ってきた。電源を入れてディーに渡す。
「先程より見やすい」
ディスプレイが大きいということだろうか。画面も綺麗だしね。
僕は頷いて、もう一度ピースサインを向けた。
ディーはシャッターを切り、すっかり覚えたマークを押して再生モードに切り替える。あ、ドヤ顔した。
「撮れたぞ」
偉そうな顔してるけど、カメラの性能だからね。ディーの手柄じゃないんだよ。
思いはするけど、僕はにっこりと笑ってカメラを受け取る。
「本当だ、ちゃんとブレずに撮れたね」
そのまま電源を落として回収。奪われることを極端に恐れた行動だが、自衛は大事なのであります。
案の定、ディーの視線がなかなか僕のカメラから剥がれない。やらんぞ。やらんからな。
「そっちではこれを画面で見るくらいしかできないけど、こっちでは印刷したり…ええと、デジカメを持っていない人にも見れるように紙に移し変えたり手紙で送ったりもできるよ」
例として年賀状を見せてやった。結婚したらしい知人が綺麗な奥さんと映っている。ディーはそっとメガネをかける。
「我々が行うに至った婚姻。世話をした、昨年の礼を貴方」
「あ、うん。私達結婚しました、去年はお世話になりありがとうございました、だね」
「面白くはあるが飽きてきた。正しい文章が知りたい」
…だろうね。とても片言だもの。
「すぐに正しい翻訳ができなくても、学習機能がついていればいいのにね。実地で学んでくの、メガネが」
「メガネが?」
困惑したディーは、しかしすぐに考え込む仕草を取った。
「ゴーレムなどの魔道生物は珍しいものではない。ただ魔道具だと考えるから良くないのかもしれないな。翻訳機能を備えた魔道生物なのであれば…」
あれ、この人は魔道具職人じゃなくて王子のはずでは。なんで真剣に考えちゃってるの?
僕のは生き物である必要ないんで、ちゃんとただの道具にしてね…?




