38.囚われのヒロインと中ボス(計画の被害者/裏でグル)
「これが終わったら、勇者様、英雄だね!」
「嬉しくない………」
そんな言葉を最後に、計画実行の合図と共に私達は別れました。
城はとうに解放した後。
正常な人生を取り戻した人達は、石化のショックで未だ昏睡中。
でもその内に目覚めるでしょう。
一応診断してみましたが、目立った異常もありませんでしたから。
なので、今回のとばっちりへの腹立ちも含めて。
私達はシェードラント王族の人達を倒れさせたまま放置しました。
勇者様は魔族軍を押し返すべく人間の軍勢へ合流。
私は呪いの解放と引き替えに攫われた設定で魔族の軍へと合流です。
ヒロインなんてガラじゃないんだけどなー…
全てが終わった象徴的な何かが必要だと、まぁちゃんが。
中ボスを倒すだけじゃ不十分だから、私にお姫様役をやれと。
私は一瞬、頭の中で「やれ」を「殺れ」だと思いました。
お姫様、殺すの? 誰が? 私、職業的に殺人はちょっと…。
え、違う? 殺すんじゃなくて、私がお姫様役?
囚われた少女救出という瑞々しくも美しいエピソードで花を飾れ?
……………………………………………むり。
無理だよ、無理!
無理無理無理無理無理無理無理無理無理………っ!!
絶対に 無 理 !!
…って、言ったのになぁ。
他に適当なのがいないって…。
攫われたお姫様役なら、そこに純正お姫様がいるじゃない!
先刻まで生ける彫像と化していた、都合良くも意識不明中のお姫様が!
石化する前の状態に戻ったから、衣服と顔に返り血散ってて怖いけど!
え? このお姫様は愛され系じゃないから駄目?
それなら私だってそうですよね!?
間違っても、万民に愛されるタイプじゃないよね!?
は? 騒乱を招くところが逆に放っておけない気分にさせる?
だから、別系統で有りだと思う……?
それ、侮辱ですよね。侮辱と取りますよ。
よーし決闘だ、まぁちゃん!
「リアンカ、落ち着け。よく考えろ」
「時間稼ぎは許す気ないよ…!」
「そーじゃねえって。常識的に考えてあの血塗れ王女はそぐわないだろ? だって血塗れだぞ? 返り血で」
「そんなものはお湯をかけて3分で解決だよ。そしてまぁちゃんが常識とか言っちゃ駄目だと思う」
勇者様が泣くよ! 世の無常を思って泣くよ!
頭を抱えて落ち込む勇者様には気付かず、まぁちゃんが私に食って掛かる。
「血糊は3分じゃ落ちねーよ! あと、あの王女をヒロイン役にしたら王道展開的に、勇者との結婚を求める風潮が高まるだろ! そうしたら可哀想だろ、勇者が!!」
「うっ…確かにそれは」
「ま、まぁ殿!? 冗談じゃないぞ、俺は!!」
成り行きに頭を抱えていた勇者様が、顔を蒼白にして叫んだ。
さもありなん。
誰だって、平然と獣姿とはいえ子供の額を抉るようなお姫様、嫌ですよね。
特殊性癖か何かでもない限り。
「でも、私なら良いの?」
「お前なら此処の人間じゃなし、トンズラすれば良いだろ。どうせ追求なんてされないって」
「もしかしたらあの王女様の性格を知る民衆が、勇者様に同情して話も流れるかも!」
「美談を好む民衆が、そこまで考慮するか? 王道を求めて突っ走るぞ」
「うぅ…でも、何にしても、私だって恥ずかしいから嫌だよ!」
「ちょ、暴れるなよ!」
勇み荒れる私を片手でいなし、まぁちゃんは私の手足を簡単に封じた。
感単に身動き封じた上で担ぎ上げました。
おおぅ…お姫様抱っこは勘弁してー!
私はガラじゃないお姫様抱っこという境遇下、居たたまれない。
だって! お姫様抱っこなんて!
せっちゃんみたいな神がかった美少女だから似合うんだよ!?
しかも男の方は超絶美形って…身の程知らずって笑われるー!!
身内しかいないような魔境ならともかく、こんな見ず知らずの土地で!
誰かに哀れみの目で見られたら、私、泣くよ!?
何この苦行。私、羞恥で死ねるかと思った。
そうして私は、魔族さん達の元へと連行されてしまったのです。
中ボス役に任命されたのは、華奢でほわほわで小柄なお姉さんでした。
お城で働く軍属の、所謂衛生兵に当たる部署の責任者。
名前はラヴェラーラさん。私はラーラお姉ちゃんと呼んでいます。
背がちっさくて華奢なのに、胸がとっても大きくて。
こぼれ落ちそうなお目々は垂れ気味で、常にうるるん。
背が小さいせいで上目遣いが可愛くて、素敵なお姉さん。
お陰でよく男性の同僚に、
「勘違いさせないで! 勘違いするから、見つめないで!」
…と、避けられるそうです。
小動物っぽい外見の印象そのままに、性格も内気でシャイ。
でも懐に入れた相手には健気に尽くす情の深いお姉さんで。
子供好きな人だから、小さい頃からとっても可愛がってもらいました。
そんな、ラーラお姉ちゃんが、中ボス。
………人選、ミスってない?
外見は子羊を連想させる草食系。
どう見ても、中ボスっぽくはない。
他に屈強な男共はいくらでもいるのに。
その中から彼女を選ぶって、あんまりだと思う。
だけど私の抗議に、まぁちゃんはニヤリと笑う。
「これで良いんだよ。リアンカ、ラヴェラーラの出身知ってるか?」
「出身って、………確か、りっちゃんの従姉…」
「そう、黒山羊一門だ」
そうです。そうなんです。
彼女はりっちゃんのご親戚、同じ黒山羊さんです。
ラーラお姉ちゃんの頭には、愛らしい山羊の角と耳が生えていて。
それがぴるぴる震えているのが、また可愛らしいんだけど…
「…ん、と、もしかして死霊術?」
「違うな。ラヴェラーラは死霊術師に向いていないし、本人も自覚がある。能力だって一門の中では平均だ。何しろ最大で一度に使役できる死霊が3~7体だって言うんだからな」
「それはまた、りっちゃんと比べると凄いね。りっちゃんが」
「リーヴィルは確実にここ何百年かで1番の使い手だ。一緒にしてやるな」
「りっちゃん、さり気に凄いんだね…知ってたけど」
りっちゃん本人は何の気負いもなく、さらっと何でもないように死霊を操るから…
でも、本当に黒山羊さんのお宅では規格外なんだね。
「でもそれじゃ、本当になんでラーラお姉ちゃん?」
「……お前、そう言えば知らないのか?」
「え、なにを?」
「そっか。そーだな。特にお前の前でリーヴィルが化けたこともなかったよな」
「………ばけ?」
え、それってば、もしや?
化けるって、化けるって、もしかして?
偶に、魔族にはある特性を持つ人達がいて。
中には遺伝的にそうな人もいて。
まぁちゃんは違うけど、まぁちゃんの親御さんみたいな…
「もしかして、りっちゃんって三段変型とかする感じのっ!?」
「変型言うな。変化といえ、変化と」
「どっちにしても姿は変わるよね?」
「ニュアンスがおかしいだろ、変型じゃ」
「まぁちゃんの今日の運勢は、細かいことは気にしないが吉☆だよ」
「…まあ、良い。黒山羊一門は4段階に分けて姿を変えることができる。一門全員な」
「完全な山羊さんになったりするとか?」
「……………さて、それじゃあラヴェラーラに打診に行くか」
「うわー…まぁちゃんにスルーされた!」
話はそこで打ち切りと、まぁちゃんの顔が言っていた。
診療キャンプまで行くと、そこには忙しそうにくるくる働く黒山羊の可愛いお姉さん。
みぃちゃんとあまり変わらない背丈で、同じく童顔。
なのにみぃちゃんみたいに幼く見えない。
理由は立派なお胸の存在感故か、愛らしい笑みに滲む慈愛の故か。
多分、両方ですね。
「よう、邪魔する」
「あ、陛下。いらっしゃいませー」
まぁちゃんも、彼女にとっては幼少期から知る相手。
慣れない相手には内気な彼女も、ふわっと笑って駆け寄ってきます。
彼女にとっては、多分まぁちゃんも未だ小さな少年に見えるのでしょう。
子供好きな彼女は、子供と接するときメロメロに甘い。
「どうなさったんですか、このような場所にまで足をお運び下さるとは」
「お前にちょっと頼みがあってな」
「私にですか?」
「ああ、お前に。黒山羊一門のお前にしかできない頼みだ」
「??? 黒山羊一門をご所望なのに、リーヴィルではなく私に、ですか?」
理解できないと、怪訝な顔のラーラお姉ちゃん。
黒山羊一門の者として、りっちゃんの方が遙かに優秀だと彼女は理解している。
だからこそ、疑問符も一杯で。
だけど。
「お前には、中ボスをやって貰いたい」
「……………………え?」
ラーラお姉ちゃんが、見事に固まった。
そして。
「えっ………む、無理ですよ! 無理です!
無理無理無理無理無理無理無理無理無理………っ!! 絶対に 無 理 !! です!」
粗方の事情を聞き終えたラーラお姉ちゃんは、何処かで聞いた様な断り文句を口にした。
余程、動揺しているんでしょう。
魔王を相手に、礼儀とか口調とか、そこらあたりの配慮が全部吹っ飛ぶ切羽詰まりようです。
言った後で本人も気付いたのか、口を押さえてやっと黙り込むけど。
ああ、顔がイカの様に真っ青に…
一方、配下に無礼な断り文句を口にされたまぁちゃんは。
「おー…デジャブ!」
ラーラお姉ちゃん如きの失言無礼は全く気にしていない様だった。




