30.カラス狩り1
夕闇が迫る頃、私達はエリクサーの原料集めを完了させました。
…といっても、殆どの材料は魔境アルフヘイムの薬草園巡りで発注できたんですけど。
材料はむぅちゃんが持って帰り、ついでに調合の見学をさせて貰うことになりました。
ルミちゃん達は「徒弟制度なんて導入してねーよ!」と、言っていましたが。
私の記憶にある限り、胡散臭くて怪しげな店ではありますが、一番腕が確かなんだよね。
にっこり笑ってごり押ししたら、一応の了解は取れました。
と言う訳で、むぅちゃんの修行兼研究の場、ゲットです。
「強引すぎないか…?」
「自分でも偶に自分勝手を拗らせて女王様にならないか心配になります」
「ならねーよ! なんでそこで女王様なんだ!」
「いや、まぁちゃんから実権を強請り譲って貰っちゃわないかと…」
「欲しがるなよ? 欲しがるなよ!? まぁ殿が相手じゃ洒落にならないから!」
冗談で言ってみただけだったのに、勇者様は物凄く必死でした。
さて、薬の完成は明日ですね。
明日に備えてゆっくり休むという選択肢もあったのですが…
「タダに勝るものはない! という訳で、カラス捕獲作戦決行~!」
「…金に困っていない癖に、発想がせこいな」
「だって、タダだよ!? 世界最高峰の霊薬が!」
「いや、わかるけどな? わかるけれど…結局は、まぁ殿に払わせるつもりなんだろう?」
「うん。そこは当然。でも挑戦するだけなら何でもタダなんだよ?」
「タダって、そっちか! そっちを指してたのか!」
「え、それ以外のなにと?」
首を傾げていたら、勇者様が深い溜息。
「まぁ殿は、教育を間違えたんじゃないだろうか」
「私、まぁちゃんに育てられた覚えはないよ?」
「あの厳格な村長さんの教育で人格形成されたとも思えないんだが…」
「勇者様、何げに失礼だよー」
「だがな、考えても見よう。確かに挑戦するだけならタダだろう。だけど相手は神獣だ」
「そこは分かっているつもりですが、何か問題でもありました?」
「あるだろう。あるに決まっているだろう? 挑戦するにしても相手がとんでもないんだから、失敗したら骨折り損どころか現実に骨を折ることになるかもしれないだろう。下手したら、どうなるか…」
「まあ、確かにカラスさんにはいい迷惑かも知れないけど…」
「そこじゃない。いいか、リアンカ。そこじゃない」
「じゃあ、どこですか」
「俺だ。この場合、挑戦するのも一番苦労するのも、割を食うのも俺一卓だろう」
「私もちょっとはお手伝いするつもりですけど」
「ちょっとか。ちょっとなんだな? だけどリアンカが怪我しようものなら恐怖の大魔王が君臨するのは分かっているな? どの道、労力を払うのも怪我するのも俺なんだ…!」
「最近、勇者様ってよく2回繰り返して発言しますよね。大事なことですか?」
「信じたくない思いも込めて念押ししているだけだ。深い意味はない…と思う」
「曖昧な…」
「リアンカがはっきりしすぎていて、曖昧にもなりたくなるんだ…!」
「うわーあ…力一杯に嘆かないで下さいよー、勇者様」
「それなら、嘆かずに済む様に控えてくれないか…?」
「なにを?」
「そうだよな。リアンカは分かってないんだ…!」
力一杯に嘆く勇者様は、元気そうでした。
活力は充分。この分なら、大丈夫そうですね。
うんと頷き、私は勇者様を引き摺っていきました。
何しろ開いてはカラスといえども神獣。
騒々しくしてご近所さん達に迷惑をかける訳にはいきませんよね。
ちょっとやそっと暴れてもびくともしない場所を求めて、私達は移動するべきでしょ。
「…素朴な疑問なんだが、その神獣の場所をどうやって探すつもりなんだ?」
勇者様の言葉に、ピタリと足を止めました。
適当に知って艘なのは誰かと考えた結果。
私は忘れきっていた、とあるストーカーのことを思い出しました。
ええ、身近にストーカーと呼べる人種は今のところ1頭だけです。
…あれ、1頭でいいのかな。単位。
まあ、細かいことは気にしません。
私達が求める三本足のカラスは、記憶が確かなら太陽の化身だった気がします。
正確には、太陽神のお使い鳥だったでしょうか。
太陽はこの世で最も強い光を持ち、勇者様の様な光属性の強い方に影響を及ぼします。
真竜族、光の氏族長の跡取り竜なら、より多くの情報を持っているんじゃないでしょうか。
呼び出すだけの価値はありますよね。
これで何も知らなかったら、3週間くらいこき使ってやりましょう。
私と勇者様は誰の邪魔にもならないだろう人気のない場所で、駄竜の壷を取り出しました。
嫌がらせで張っていた封印の札を、べりっと引っぺがします。
かなり都合良く扱っている自覚はあるけれど、下僕ってそんなものだよね?
「リアンカの下僕じゃなくて、俺の使役だけどな」
「勇者様、まぁちゃんのご両親がその昔、素敵なことを言ってましたよ」
「素敵かどうかはともかく、何を教わったんだ?」
「昔の人は言いました!『お前の物は俺の物、俺の物も俺の物!』」
「そんな格言聞いたことがないんだが! 誰だ、その横暴発言したの!」
「いや、どこの出典かは私もよくは…ただ、ジャイなんとかって」
「じゃい?」
「深く気にしたら駄目ですよ、きっと」
「リアンカは、偶には深く考えるべきだと思う」
「なら、5日くらい経ったら考えます」
「それじゃ遅いと思うんだ…」
「考えるのに遅いなんてことはありませんよ、多分」
「はいはい。適当なことを言うのはその辺にしておいて、駄竜を呼び出すか」
「ゆ、勇者様がスルーですって!?」
あ、動揺で言葉遣いが変になっちゃった。
私が動揺しているってのに、勇者様は淡々と、壷の蓋をベシベシ叩いています。
出てこい出てこーいって、呪文風に繰り返しながら。
やがて仕方がないと言わんばかりの渋々さで、ナシェレットさんが出てきました。
…あんな狭い壷に入るんですから、此奴の生態もよく分からない。
今度調べさせて貰おうかな…
「ナシェレットさん、偉い竜なんだから神獣の呼び出し方くらい知ってますよね?」
「……………」
「具体的に言うなら、三本足のカラスを呼び出したいんですけど」
「…………………」
「あ、三本足のカラスって言いにくいから、仮にヤタさんと呼びましょうか」
「…………………………………………」
「「何か喋れよ」」
終始無言のドラゴンに、思わず私と勇者様の声も出そろいます。
それでもナシェレットさんは頑なに口を開こうとしません。
物言いたげに、じっと私の顔を見るのみ。
「なんですか、言いたいことがあるならバンバンどうぞ?」
促してみても、ナシェレットさんは語りません。
目は口ほどに物を言うと言いますけど、現実に口ほど語れる目を竜は持ってないでしょ。
そんな爬虫類の目、私には何を言いたいのか読み取れませんよ?
これが以心伝心とまではいかなくても、ある程度気持ちを読み取れる親しい相手なら別ですが。
………そんな信頼関係、ナシェレットさんと私の間にある訳もなく。
「仕方ないですねー…」
思わず、溜息も出ますよ。
溜息する私を見て、ナシェレットさんの肩の辺りがびくっと揺れました。
あれ、なんですか。その反応?
「まあ、ナシェレットさんが喋らないのには私にも責任の一端がありますから」
「一端どころか、ほぼリアンカの提案が原因だろ」
「細かいことはお気になさらず」
私はうん、と頷いてナシェレットさんにがっちりと目を合わせました。
「ナシェレットさん、私達に協力してくれたら…そうですね、語尾か一人称のどちらかを勘弁してあげても良いですよ?」
そう言った途端、ナシェレットさんが顔色を変えました。
いや、爬虫類の顔なんてわかんないけど、それでも露骨に表情を変えました。
息せき切って、慌てながらようやっと声を出しました。
「りょっ 両方! どっちかじゃなくて、両方希望だぴょん!」
「両方は駄目です。どっちかで」
「くっ…」
それでも背に腹は代えられないと思ったのか。
とうとうナシェレットさんは、今後ずっと語尾を面除することで快く協力してくれることに。
「ただし、成功報酬です」
にっこり笑って言ってやると、ナシェレットさんが瞳に絶望を過ぎらせました。
ご協力ありがとうございまーす。
駄竜が語るところによると、神獣は個々の属性による縛りが普通の獣より強いとか。
「件の神獣ヤタガラスは確か、太陽の光の中に住む神獣であったはず…だぴょん」
「………それ、どうやって探し出して見つけろと」
「性質上、光に強く惹かれる特質を持つはず…だぴょん。光竜の…なっち…と勇者の属性は強い、ぴょん。この力を上手く用いれば、誘き出すことくらいはできる………はずだぴょん」
「さっきからはず、はずって推測が多いね」
「な、なっち、とて神獣を呼び出すのは初めて、だぴょん! 推測が多くなるのは仕方がない…んだぴょん」
「それにしても、ぎこちないせいかナシェレットさんの口調は予想以上のうざさですね」
「げ、元凶が何をほざくかぁぁぁああっ!!」
「…語尾、取れてますよ?」
「ぐぅ…っっ」
悔しそうにギリギリと奥歯を噛み締める竜の姿は、えらく迫力でした。
ド迫力過ぎて、久々に格好良いドラゴンに見えました。
…見栄えだけは、するんですよね。血筋故か。
これでストーカーでさえなければ、英雄叙事詩にでも出てきそうな威容なのに。
つくづく、悉く、残念感の溢れる竜です。
でもその実力、そして将来の氏族長として受けた教育は確かな物があります。
ちょっと前、勇者様やらまぁちゃんやらにボコボコにされた過去はさておいて。
…あの時のメンバー、ラインナップからして反則だったしね。
それに狭い場所と、近くにせっちゃんがいたこと。
全力での実力が出し切れたかどうか、実は疑問が残りますけど…
勝負は時のうんとも言うし、場の状況がどうだろうと結果が全て。
こうして勇者様の下僕になっている限りは、全力で酷使しても文句は言わせません。
さてさて、彼の協力を使って、どれ程のことができるでしょう。
むぅちゃんは実力的にも神獣狩りには付き合えないと指呼判断をしていましたし。
何より、今頃は夢中になってエリクサー作成に釘付けでしょう。
だからこれから、夜を徹してのカラス捕獲に関わるのは…
勇者様、ナシェレットさん、私の3人?
………あれ? 私ってば非戦闘員の筈なんですが。
考えてみれば、何故に私が付き合っているのか疑問が…
あ、事の発端だったり言い出したのが、私だったりするせいか。
ええ、まあ、言いだしたのが私だから仕方がないですよね。
さてさて、偉大なカラス狩り、頑張って参加させて頂きましょうか。




