21.お約束はお約束なのでした
朝日よりも早く俺は目覚めた。
ベッドの中、俺の左にはミモザとミラが気持ちよさそうにすやすやと寝ている。
俺の理性は正常に働いてくれたらしい。
お泊まり会は今のところ何事もなく、朝を迎えたようだ。
それにしても昨日は楽しかったな。
枕投げはなかったけど、それでも夜遅くまで色々話したり、まるで修学旅行みたいだった。
俺は早く起きすぎてしまったので二度寝をしようと寝返りを打った。
俺は右に向く。
右には誰もいないはずだった。
いないはずなのに、銀色の長い髪がある。
間違いない。
アルファルドだ。
こんなことにならないように鍵まで閉めていたはずだったのに何故ここにいる。
いつもなら焦るところだったが、俺は妙に冷静だった。
俺はこっそりとアルファルドの腰辺りを蹴り飛ばす。
二、三度蹴りつけるとアルファルドはベッドの端っこにいく。
このまま、ベッドから押し出して床に落としてしまおう。
そうすればアルファルドだって目が覚めるはずだ。
俺は何度もアルファルドを蹴った。
アルファルドが落ちる。
「痛い!」
床の方から声がした。
あれ? アルファルドってこんな声だっけ?
違和感があった。
俺は体を起こすと、ミモザたちを起こさないようにそろそろとベッドの端に近寄った。
床を覗く。
そこには二人の人がいた。
未だ目を瞑ったままのアルファルドと、その下にいるのはリゲルだ。
「リゲル」
「おはよう、アルキオーネ」
リゲルはアルファルドを退かすと何事もなかったかのように笑う。
おはようじゃない。
何故お前までいる。
俺は驚いて何も言えなかった。
「あ、レグルスもいるよ」
リゲルが指す方を見る。
ソファーの上でレグルスが毛布にくるまっている。
お前もか!
王子がソファーの上で寝るのはさすがにまずい。
いや、そもそも、男が女の部屋で寝るのはまずいだろう。
何故、お前たちここにいるんだ。
あれか、修学旅行でよくある「女子部屋に遊びに来る男子」か。
確かにあれもお約束イベントだが、前世ならいざ知らず、お前らは貴族だぞ。
本当に貴族の自覚があるのか?
俺は頭を抱えた。
「あ、あの、リゲル?」
「何?」
「なんで、皆ここにいるんですか?」
「三人で話していたら、せっかくだからアルキオーネの部屋で寝たいねって話になって……つい」
照れるようにリゲルが頭を掻く。
ついじゃねえよ。止めろよ。
以前、レグルスが勝手に俺の部屋に入ったときは味方になってくれたくせに、自分が入りたいと思ったら無理矢理入ってくるのか。
お前だけは味方だと思ったのに。
クソ。もう誰も信じられない。
「ついじゃないです。勝手に入るのはやめてください。それに鍵がかかっていたでしょう。鍵はどうしたんですか?」
俺はため息を吐いた。
「鍵? 嗚呼、あれはレグルスが開けてくれたよ。よくお城で閉まっている部屋に忍び込むから開けられるんだって」
そんな特技があったのか。
王子のくせに泥棒のような奴だ。
今度からは鍵を閉めていても注意しなければならないな。
俺は深く心に刻んだ。
「分かりました。もういいですから、二人を連れて部屋に戻ってください」
「え! もう帰らなきゃダメなの?」
「もう充分でしょう。ミモザ様やミラが起きたら大変なことになります」
俺はため息が止まらなかった。
この状況をミモザに見られたら絶対に騒ぎになる。
下手したら「お兄様やアルファルドを誘惑した」とか言われて、俺が害虫駆除されるに違いない。
ミラだって、俺の部屋に男が入ったと知れば、興奮して騒がずにいられないだろう。
騒ぎになれば、アントニスが駆け込んでくるだろうし、お母様やお父様、メリーナに知られる。
複数人の男女が一緒に寝るというのは外聞が悪い。
一歩間違ったらいかがわしいことをしていたと思われるかもしれない。
もしも、「伯爵令嬢、十四歳の誕生日に複数人の男女と寝る」なんて、噂が立ってみろ。
ここにいる全員がやばいことになる。
それだけは避けたい。
「そう?」
「そうです。貴方は男、わたくしたちは女です。女性の部屋に無断で男が入ったとなっては噂になるやもしれません」
リゲルははっとした顔をしてから項垂れる。
「そうだよね。どんなに俺がアルキオーネを好きで友だちだと思っていてもそこはそうだよね」
そう言って、とぼとぼとレグルスの方へと向かう。
そして、レグルスの頬を軽くはたいて起こす。
「何々? 何が起きたんだ」
レグルスはすぐに体を起こすと辺りを見回した。
どうやら寝ぼけているらしい。
「アルキオーネに見つかった。帰ろう」
「え、ええー、もう見つかったのか」
レグルスは眠い目を擦りながら残念そうに呟く。
「あとはアルファルドだな」
リゲルはアルファルドを探し始める。
おかしいな。先ほどまでは床に転がっていたはず。
俺も一緒になって辺りを見回した。
「あれは?」
レグルスは目を擦りながら俺のベッドを指す。
ベッドの布団のふくらみが三つ。
俺がここにいるにのに三つは確かにおかしい。
俺は一番左端のふくらみの辺りの布団を引き剥がす。
「寒い……」
体を縮こめてアルファルドが首を振った。
「アルファルド、起きてください」
俺はアルファルドの体を揺らす。
アルファルドはもぞもぞと動くとミモザの方に体を動かした。
起きる気配はない。
「ほら起きて」
レグルスもアルファルドを叩く。
「嫌」
「嫌じゃないから起きるんだ」
「無理」
どうやら梃子でも動かない気らしい。
レグルスとリゲルはため息を吐く。
「リゲル、やれ」
レグルスの言葉にリゲルは頷くと、アルファルドを乱暴に抱えた。
そして、アルファルドの腋に首を通し、そのまま腰を落とし、右腕をアルファルドの股に入れる。両肩の上にアルファルドを乗せ、グイッと担ぎ上げた。
所謂、ファイヤーマンズキャリーという担ぎ方だ。
「じゃ、お騒がせしました」
眠ったままのアルファルドを担いだまま、リゲルは頭を下げて部屋から出ていく。
「また、朝食で」
レグルスは爽やかな笑顔を浮かべながらそのあとを追った。
俺は扉を閉めて鍵を掛けると、ため息を吐いた。
これでやっと安心して眠れる。
アイツら、朝から何をやらかしてくれるんだ。
「おはよう、アルキオーネ」
背後から声がした。
俺ははっとして振り返る。
ミラがベッドの上で手を振っていた。
俺はミラのそばに駆け寄った。
「朝から豪華な顔ぶれだったわね」
「ミラ、貴女いつから起きていたんですか?」
「痛いって声が聞こえたくらいからかな?」
ミラはニヤニヤと笑った。
ということは、アイツらとのやり取りを全部見られていたのか。
それならちょっとくらい味方してくれても良かったんじゃないか。
「それなら、そうと言ってくれればよかったのに」
「だって、私がしゃしゃり出たら面倒なことになりそうだったし、何より面白くないでしょ?」
そう言ってミラは首を傾けた。
面白くない。
一歩間違えば、自分のいかがわしい噂が流れたかもしれないのに面白い方をとったのか。
ミラらしいと言えばミラらしい。
「興味があったのよ。アルキオーネは、本当は誰が好きなのか。ずっと見ていたら分かるかなと思って」
ミラは悪びれた様子もなく、笑顔をこちらに振りまく。
もしかしたら、ミラが一番悪女に近いのかもしれない。
「だから、わたくしはレグルス様が好きだと言っているじゃないですか」
俺は頭を振った。
「嘘ね」
ミラは笑顔のまま即答した。
「嘘じゃありません」
「そんなことない。見てて分かったわ。貴女はまだ誰も好きじゃない」
ミラは見透かすように俺を見つめた。
ミラはまるで全て分かっているような瞳をしていた。
どう答えるべきか俺は困った。
嘘を吐いてもすぐにバレてしまう気がした。
「大丈夫。私は誰にも言うつもりはないし、アルキオーネが誰を好きになっても軽蔑したりしないわ」
ミラは優しくそう言った。
俺は返事に困ったまま、黙ってミラの言葉を聞いた。
「私はアルキオーネの一番近くでアルキオーネの恋を見たいだけなんだもの。邪魔なんて絶対しない。だから、誰かを好きになったら教えてね」
ミラの告白めいた発言に俺は戸惑った。
それって俺が好きってわけじゃなくて、でも俺のことを見ていたいってことだよな。
どういう感情なんだよ。
ミラは自分の心中を話すことができてすっきりした様子で微笑んでいた。
普通だと思っていたミラまでおかしくなるだなんて。
「考えときますね」
俺は混乱しながらそう答えた。




