6.朝から突撃してくるんじゃねえ
逃げようとする少年を取り押さえながら、リゲルと俺は屋敷に戻った。
途中、少年を探し回るメリーナに出会い、俺が寝巻で歩き回っていたことがバレてしまった。
怒られると思ったが、それよりもメリーナは急に来たリゲルに驚いてそれどころではなかったようだ。
まずは、リゲルと少年を部屋に案内した。
そして、俺を自室へ押しやると、直ぐにおもてなしのため、リゲルたちのいる部屋に戻ったのだった。
窓から飛び降りたことがバレなくて本当に良かった。
川に飛び込んだことで怒られたばかりだったから俺はほっとしていた。
俺は急いで身支度を終えると、少年とリゲルの待つ部屋に向かった。
その間、俺はアルファルドについて思い出していた。
アルファルドは、あのゲーム「枳棘~王子様には棘がある~」のキャラクターの名前だった。
アルファルドは冷静沈着、寡黙なクールキャラだ。
眉目秀麗、文武両道といった絵に描いたような完璧人間だった。
しかし、コイツは必要なこと以外話さないし、必要なことも話さないという面倒な奴で、兎に角、話さない。
故にスピカとすれ違うらしい。
妹が二番目に好きなキャラクターで、シナリオが切ないと言っていた。
俺からすればコイツは阿呆だ。
必要なことも話さないとか困るだけだろ。
なんで切ないんだよ。喋っておけよ。
大抵の少女漫画にありがちな、彼女のことを思って何も言えなくなる系男子を見ていると苛々するんだよな。
好きなら告白しとけ。
嫌いならちゃんとふられるから大丈夫だろ。
いや、俺だってちゃんと伝えきれずに何度もふられてますけど。
何も伝えずに分かってもらおう、アイツと付き合いたいんだってのはちょっと図々しいんじゃないか?
だったら、最初から諦めとけ。そして、ヒロインを俺によこせっつーの。
寡黙なのもトラウマがあるとかないとか言っていた気がする。
トラウマがあるとか知らねえよ。
お前のトラウマとヒロインに何の関係があるんだよ。
結局、向き合えないことへの言い訳じゃねえか。
振り回すんじゃねぇよ。話せよ。
妹がコイツと「私たち、結婚します」って言ったら真っ先に反対するわ。
だって、何話していいか分からないし、何考えてるか分からないし、顔合せたら苛々して、絶対殴る自信があるもん。
コイツが義弟とか無理無理無理無理。
でも、コイツは寡黙でクールなだけで一応、悪意のないキャラクターなんだよな。
それだけで、他の奴らに比べたら遥かにマシな気がする。
しかし、だからと言って、妹は絶対に渡さねえ!
妹だって小さいころは「将来はお兄ちゃんと結婚する!」って言ってくれてたし、俺だって妹の結婚相手に多少文句をつける権利はあるよな。
だったら、コイツとの結婚は絶対許さないんだからな!!
そんなムッツリクソ野郎とあの少年が同一人物には思えない。
リゲルが「アルファルド」と呼んだ、例の少年は、少女のように愛らしい顔と綺麗な長い髪をしていた。
どこからどう見ても、超美少女。
どのくらい美少女かと言うと、アルキオーネとスーと同じくらいの美少女だ。
本当にアイツが、あのアルファルドだというのか。
俺は頭を抱えた。
いや、悩んでいても仕方ない。
俺は目の前の扉を睨んだ。
この中に少年とリゲルがいるはずだ。
俺は扉を開けた。
「お待たせしました」
中では思った通り、少年とリゲルがテーブルを囲んでいた。
少年は俺を見ると、さっと立ち上がる。
そして、俺の後ろに素早く隠れた。
おっと、これはどういうことだ?
「いや、思ったよりも早くてよかったよ」
リゲルは少し疲れたような表情をしていた。
「何かありましたか?」
「いや、何かってほどじゃないけど……」
リゲルは少年に目をやる。
少年は俺のドレスの裾を握りしめた。
そして、上目遣いでこちらを見つめる。
嗚呼、もう、なんでこんなに可愛い顔していやがるんだ!
なんでコイツが男なんだよ。
もしも、本当にコイツがアルファルドだって言うなら、あと数年後には、あの無表情な黙り野郎になるんだろう?
嗚呼、時間の流れとは残酷なものだ。
可愛い子は皆可愛いままでいてくれたら、世の中は平和でいられるのに。
俺はため息を吐いた。
「また脱走しようとしたとか、暴れたんですか?」
俺の言葉に少年は小さく頷いた。
「こいつ、こわい」
そして、ぽつりと呟く。
「いや、俺は何もしてないよ」
リゲルが慌てて首を振った。
俺はまたため息を吐いた。
「分かってます。リゲルが怖いのは戦っているときだけです。おそらく、この子は人自体が怖いんでしょう」
リゲルは困ったような表情をした。
「俺のことも覚えてないし、何があったんだ?」
「分かりません。川で溺れていたところをわたくしが助けたのですが、そのときにはもうこんな調子でしたので」
俺の言葉に少年は頷く。
「わからない」
大人が少ないからなのか。
それとも、リゲルがいることで無意識のうちに安心しているからなのか。
少年は昨日より口数が多かった。
「ということなので、この中で彼を一番知っているのはリゲル、貴方です。貴方が知っていることを教えてください」
俺はじっとリゲルを見つめた。
少年を匿うにせよ、親に合わせるにせよ、今後を決めるには情報が必要だ。
リゲルは眉を顰め、考え込む。
「俺が知っていることは、名前と歳くらいだ。アルファルド・ユークレース。ユークレース家の次男。歳は俺たちと同じ十三歳。レグルスのはとこで、何度か顔を合わせたことがある」
リゲルは絞り出すようにそう言った。
「背中に傷があったんですが……」
「傷?」
「ええ、ご存じないですか?」
リゲルは一点を見つめて考え込む。
「以前会ったときに鬼ごっこをしたんだけど、背中を触れられるのを嫌がっていたような気がする。でも、それ以上は分からない。レグルスなら何か詳しいことが分かるかもしれないけど……」
そうか。アルファルドはレグルスのはとこって言っていたな。
確かに親戚であれば何か知っているかもしれない。
「では、レグルスに聞いてみましょう。メリーナ、レグルス様に連絡をしたいのですが」
「直ぐに手配を」
「その必要はない!」
乱暴に音を立てて扉を開いたのはレグルスだった。
コイツもか。
リゲルといい、レグルスといい、朝から非常識な連中だ。
またコイツもミラに何か言われて来たんじゃないだろうな。
俺はレグルスをじっと見つめた。
レグルスは足音を立てて歩いてくると、俺の横に立つ。
「アルファルド、帰ろう!」
そう言って俺の後ろにいるアルファルドに手を差し出す。
少年はぎゅっと俺のドレスを握り締める。
目にはうっすらと涙のようなものが浮かぶ。
アルファルド、マジ美少女。
「待ってください。彼は何も覚えていないんです。そんな急に来てそんなこと言われても混乱するだけです」
「だが、ここにアルファルドを置いていくわけにはいかないんだ!」
レグルスはいつになく真剣な表情でそう言った。
「何でそんなに焦っているのです?」
「理由は後で説明するから何も言わず、アルファルドを家に帰してやってくれ」
「無理です。彼の背中には傷が……」
「あれを見たのか!」
レグルスは俺の腕を乱暴に握った。
そこはアクアオーラに握られたところ!
痣は治りかけていたが、それでも痛む。
俺は痛みに驚いてレグルスの手を振り払った。
「レグルス様、もう怒りました。そんなに言うなら、わたくしも連れて行ってください!」
「え?」
「傷の理由も分からず、彼を帰すなんてわたくしにはできません」
俺はレグルスを睨んだ。
「それは……深い事情があるのだ」
レグルスはたじろぐ。
「それを教えてください」
「それは……後で説明するから……」
「今! 今、お願いします。無理であるというならわたくしをどうぞお連れになって」
「いや……それは……」
「つまり、無理であるということですね。ということは、わたくしを連れていくということで、よろしいですか?」
俺はレグルスに迫る。
「いやあ……」
「よろしいですよね?」
俺はレグルスの顔に自分の顔をさらに近づけた。
レグルスは真っ赤になりながら戸惑いがちに頷いた。




