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転生するならチートにしてくれ!─ご令嬢はシスコン兄貴─  作者: シギノロク
三章 十三歳、子育て始めました。
51/126

1.溺れる子どもとご令嬢

 キラキラ、キラキラ。

 硝子の欠片が光を反射しながら降り注ぐ。


 アルファルドはそれを浴びながら、その娘をきつく抱きしめた。


「アルファルド!」

 腕の中で娘が名前を呼ぶ。


 どのくらい経っただろう。

 もう上からは何も落ちてこないことを確認すると、アルファルドはそっと娘を解放した。


 娘は青ざめた顔をしていた。

 そんな顔をさせたかったんじゃない。

 アルファルドの胸は酷く痛んだ。


 こんなときはなんと言えばいいのだろう。

 アルファルドは困ってしまった。


「大丈夫ですか?」

 娘は体を震わせて、そう問う。


 嗚呼、そうか。

 こういうときは大丈夫と言えばいいのか。


 アルファルドは頷くと、唇を動かそうとした。

 大丈夫。

 そう言ったつもりだったが声が出なかった。

 いつもこうだ。

 肝心なときに、唇は呪われ、閉ざされたままでいるのだ。


 言葉の代わりにアルファルドは微笑んだ。

 が、実際は口角がぎこちなく少し上がっただけだった。


「貴方、血が……」

 酷く動揺しているのか、娘の手は震えながらアルファルドの顔に触れた。

 ぴくりと娘の手が止まる。


 娘の手からは微かに血の匂いがした。


 アルファルドは黙って、娘の手に手を重ねた。

 娘の手は温かく、冷たいアルファルドの手とは違っていた。

 その手の柔らかさに戸惑いながら、そっと手を握る。

 そして、ゆっくりと下に動かす。


 アルファルドが目を落とすと、娘の掌には細かい傷がいくつもついていた。

 硝子の破片に触れてしまったからだろう。


「ごめん」

 漸く漏れ出たのはその一言だった。

 本当は他にも言葉にしたい感情が沢山あるはずだった。

 しかし、それらはアルファルドの胸に支えたまま、ぐるぐるとそこに留まっていた。

 吐き出せば楽になれるのに、アルファルドは吐き出し方を知らない。

 込み上げてくる感情がアルファルドを苦しめた。


「アルファルド!」


 その叫びにはっとしてアルファルドは顔を上げた。

 振り返る。


 アルファルドの瞳に女の顔が映った。

 自分と同じ、銀の髪。

 嗚呼、この顔を知っている。


「母さん……」

 アルファルドの唇から漏れたのは女を呼ぶ声だった。


 ***


 ミラの屋敷に行くことになったのはガランサスが終わってすぐの頃だった。

 このお呼ばれはガランサスの穴埋めだった。

 最終日までミラの体調は良くならず、結局、一緒にガランサスに行くことができなかった。

 そのため、ミラは大変心を痛めており、俺とささやかなお茶会をしようと誘ってくれたのだ。


 ミラは気遣いのできるいい子だった。その上、巨乳で可愛い。

 前世の世界だったらアイドルにでもなれそうだ。

 まあ、噂好きなのが玉に瑕だが、黙っていればいい女に見える。

 可愛くて巨乳で気遣いの出来る朗らかな少女であるため、ミラはやたらとモテた。

 俺も一緒にいるから、勿論声を掛けられるが、「王子の婚約者」で「婚約発表をすっぽかしたじゃじゃ馬娘」とばれると引き潮のように一瞬にして一気に引かれてしまうのだった。

 まあ、俺は男より女にモテたいのでどうでもいいし、寧ろそういう男と同じようにレグルスも引いてくれたらいいんだけどな。


 俺はため息を吐いた。


 ミラの屋敷まではもう少し時間がかかる。

 俺は馬車に揺られながら、ぼうっと外を眺めた。

 川の水面がキラキラと光るのが見えた。


 綺麗だな。

 銀色の髪の子どもが遊んでる。

 水浴び楽しそうだな。いいなあ。


 ……って、あれ?

 まだ、春とは言え、まだまだ水は冷たい。

 水浴びをするような時期ではないぞ?


 俺は立ち上がって、馬車の窓にかじりついた。

 よく見てみると、様子がおかしい。

 あれは水浴びじゃない。

 溺れているんだ。


 俺は真っ青になって馬車の壁を叩いた。

「降ろしてください! 今すぐ!」


「お嬢様、どうしたんですか? そんなに叩いては手が傷つきますよ」

 メリーナが慌てて俺の手を両手でそっと包む。


「メリーナ、そんなことより、あれ! 見てください! 人が溺れています!」


 俺の指す方を見てメリーナは青い顔をした。

「なんてこと! アントニスに言って助けてもらわなくては!」

 メリーナは俺に代わりに馬車の壁を叩きだした。


 アントニスはここにはいない。

 大男だから、馬車の中に入るととても狭くなるのだ。

 だから、一人、馬に乗って後ろからついてきていた。

 とは言え、一度外に出ないとアントニスと話ができない。


 俺が助けるにしても、アントニスが助けるにしても外に出ないとどちらにしても子どもを助けることはできないのだ。


 俺とメリーナは壁を叩き続けた。

 中の異変に気付いたのか、馬車はすぐに止まった。


 俺は止まったことを確認すると、転がり出るように扉を開けた。


 子どもは何処だ?

 川の流れを目でなぞる。

 とぷんと何かが沈んだ。

 もしかして、今のは、子どもが沈んだんじゃないだろうな。


 俺は慌てて駆け出した。

 靴がポロポロと脱げる。

 ちょうどいい、脱ぐ手間が省けた。


「お嬢様!」

 メリーナの声が後ろで聞こえた。


 俺はドレスを脱ぎながら走る。

 アントニスに状況説明する余裕はない。

 俺が助ける。


「アントニス! 早く! お嬢様を止めて!」

 メリーナの叫び声が聞こえた。


「え、何が?」

「いいから! 早くお嬢様を止めてください! 話はそれからです!」

「え?」

 アントニスとメリーナの声。

 やっぱり説明するには時間が惜しい。

 二人はほっといておこう。


 俺はドレスを脱ぎ捨て、コルセットとパニエの姿になる。

 淑女がこんな恰好はまずいが、ドレスをきて泳げるわけがない。


 俺は子どもの沈んだ辺りをじっと見つめた。

 水面の光とは違う。銀色の髪が見えた。

 あれだ。


 俺は川に飛び込んだ。


 水はやはり泳げるほどの温度ではなく、冷たかった。

 下着が水を吸う。体が重い。

 しかし、思ったよりも川の流れは緩やかだった。

 寒ささえ我慢できれば、俺でも泳げそうだ。


 一応、前世ではスイミングスクールに通っていたし、速くも上手くもないが、一通りは泳げる。

 それに、川なら何度か泳ぎに行ったことがある。

 残念ながら今世では全く経験がないのだが、何故か自信だけは無駄にあった。


 確か、人を助けるときは前からじゃなくて、後ろから行くんだよな。

 朧気な記憶を呼び起こしながら、俺は銀色の髪の子どものところへと水を掻きながら近づく。


 俺は子どもの背後までくると、羽交い締めにした。

 子どもは大人しく、俺にされるがままだ。

 まさか、気を失っているんじゃないだろうな。

 俺の顔から血の気が引いた。

 急いで岸に運ばなければならない。


「アルキオーネ様!」

 アントニスの声がした。

 遅いってーの。


 アントニスがざぶざぶと川に入ってくるのが見えた。


「お願いします。なんだか反応がなくておかしいんです」

 俺はアントニスの元まで子ども運ぶ。

 そして、子どもをアントニスに託した。

 俺の力では川岸まで上げることが出来そうもなかったからちょうどよかった。


 アントニスは子どもを抱きかかえた。

 水に濡れて銀色のドレスが光る。 

 身なりのよいことから貴族のご令嬢であることが窺えた。

 その綺麗な長い銀色の髪に固く閉じられた瞳、形の良い唇は真っ青で震えている。

 目を開いていれば、とても綺麗な顔をしているに違いない。


「大丈夫ですか? 聞こえていますか?」

 俺は少女に向かって叫ぶ。


 少女は声に反応したようにうっすらと目を開けるが、すぐに目を閉じた。

 淡い青の瞳に俺はどきりとした。


「アントニス! ど、どうしましょう」

「アルキオーネ様、落ち着いてください。とにかく川から出て、早く暖めてやらないと」

 アントニスはそう言った。


「分かりました」

 俺は急いで川から出ると、メリーナの元に向かう。


 メリーナはすでにタオルを用意していた。

 流石は俺のメイドさん、準備がいい。


「お嬢様! 危ないことはもうやめてくださいと何度も言って……」

「お小言は後で聞きます。わたくしはいいからそれを貸してください!」


 俺に掛けようとしていたタオルをひったくるとそれを握り締め、アントニスの方に走った。


 既にアントニスは岸に上がっていた。


 俺はタオルを広げ、少女に被せる。

 真っ白なタオルと比べても、少女の顔は青白く見えた。


 俺はアントニスの横について歩いた。


 ふと、少女の掌から何かが落ちた。


 俺はそれを拾う。

 青い石のついたネックレスだった。

 どうやら古いもののようだ。

 もしかしたら、大事なものかもしれない。

 水の中で落とさなくて良かったと思った。


 俺はそれをなくさないようにしっかりと握りしめた。


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