表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生するならチートにしてくれ!─ご令嬢はシスコン兄貴─  作者: シギノロク
二章 十三歳、男友達ができました。
43/126

21.薄闇と光

※流血、残酷表現あります。

「ミモザ!」

 リゲルはミモザの名前を呼びながら扉を開けた。


 俺もそれに続く。

 扉の中は薄暗く、ひんやりとしていた。

 窓から入る僅かな光を頼りに辺りを見回す。

 奥にまだ部屋があるようだ。扉のようなものが見えた。


「ミモザ! 返事をしてくれ!」

 リゲルはもう一度叫んだ。


「お兄様? お兄様いるの?」

 姿は見えないがミモザの声がした。


「ミモザ、そっちに行く……」

 リゲルがそう言いかけたときだった。

 リゲルの側でキラリと何かが光るのが見えた。


「危ない!」

 俺はリゲルを突き飛ばした……つもりだったが、リゲルの体はぴくりともしなかった。

 手のひらにリゲルの硬い筋肉を感じた。


 お前、鍛えすぎだ。

 体幹が強すぎるだろ!

 俺は心の中で叫んだ。


「え?」

 リゲルが振り向く。


 馬鹿、立ち止まるなよ!

 そう叫ぶ間もなく、光がリゲルの後頭部ギリギリをかすっていった。


 光の正体は剣だった。

 剣は床に当たり、木片を撒き散らす。


 かなり際どかった。

 突き飛ばしていたら、そのまま気づかず歩いていたら、リゲルは真っ二つになっていたところだろう。

 鳥肌が立った。


「ちっ!」

 薄暗い部屋に舌打ちが響く。


 その音を聞くなり、リゲルの眼光が急に鋭いものになる。

 リゲルは剣に手をかける。体の方向を変え、低い姿勢になった。

 俺は光が稲妻のように走るのを見た。

 肉の断たれるような音の後に液体が飛ぶ。

 遅れて、何かが崩れ落ちるような音がした。


「危なかったな」

 リゲルがこちらを向く。

 顔は影になってよく見えなかったが、コイツは間違いなく笑っていた。


 鉛を飲んだように胸の奥が重い。体が強張る。

 俺はぎゅっと服の胸の部分を握った。

「リゲ……」


「お兄様? 何処なの?」

 ミモザの声が俺の言葉を遮る。


「ここだ! 今行く!」

 リゲルはそう叫ぶと、走り出した。


 俺は後を追いかけようとした。


 視界に黒いものが入る。

 思わず俺はそれを見てしまった。

 それは男が苦しそうに喘ぎながら、浅い水溜りの中を泳いでいる姿だった。


 急に嗅覚が働き出す

 噎せ返るような血の香りに吐き気がした。さっきまで何も感じていなかったのに。

 俺は口を押えて窓を開けた。


 えずく。俺は窓の外に向かって何度も何度もえずいた。

 涙がじわじわと視界を滲ませた。

 訳も分からず、恐怖で体が震えた。

 先に進むことができる気がしない。


 俺は窓を背にずるずるとしゃがみ込んだ。

 くしゃりと何かを踏んだ。

 薄くて目立たないそれを俺は拾い上げた。

 質の良くない紙だった。何か文字が書かれている。

 こんなところに置いてある紙に一体何が書いてあるのだろう。

 俺は興味をひかれて顔を紙に近づけた。


 奴隷?

 紙の中から気になる単語を見つける。

 俺はもっとよく見ようとしたときだった。


「いやあああああああ!」

 少女の叫び声がした。


 俺は顔を上げた。


 聞き覚えのある声だった。

 この声はミモザだ。


 俺は弾かれたように走り出した。


「ミモザ! ミモザ!」

 リゲルの叫び声が何度も聞こえた。


 嫌な予感がして胸が痛む。

「リゲル! ミモザ!」

 俺は二人の名前を呼んだ。


 部屋に駆け込む。

 光が目を焼いた。

 どうやら屋根が壊れて剥き出しになっているようだ。

 くらくらする。


「ア、アルキオーネ……」

 リゲルの声がした。


 俺は薄く目を開いた。


 そこには膝を抱えて頭を隠し震えるミモザと、酷く傷ついたような顔をしたリゲルがいた。

 どう見ても感動のご対面という様子ではない。

 俺は驚いて入口の前で立ち尽くす。


「どうしたんですか?」

 俺は呟いた。


「ミモザが、ミモザが……」

 うわ言のようにリゲルが何度もそう呟く。


「やだ! やだ、やだやだ! 助けて! 助けてお兄様!」

 髪を振り乱し、半狂乱になりながらミモザが叫んだ。


「ミモザ! ここだ、ここにいるよ」

 リゲルは片膝を付き、ミモザにそっと手を伸ばす。


 リゲルの声にミモザは僅かに顔を上げる。

 怯えた顔で、ぽろぽろと大粒の涙を流し、ミモザは首を振った。


「貴方は……違う!」

「ミモザ……」

「違う! 違う! 違う違う違う!」

「ミモザ」

「お兄様? わたしはここよ? ねえ、助けて……お兄様」


「ミモザ!」

 リゲルは叫ぶ。


 その声に驚いたようにミモザは体をびくつかせた。

「お兄様! お兄様! 助けて……」

 ミモザはそう呟きながら頭を隠すように抱えた。


「ミモザ! ミモザ!」

 リゲルの手はミモザに差し出されたまま、行き場をなくしていた。

 俺はリゲルに近づくと、それにそっと触れる。

 リゲルの手は震えていた。


 罵られ、拒絶され、リゲルは酷く傷ついたに違いない。

 自分のことのように胸が痛む。


 不意に頭の中で声が聞こえた。

『触らないで!』

 女の子の声だった。

 妹の声だろうか、甲高く威圧するような声だった。

 きっと、俺も妹にこんなふうに罵られたことがあったのだろう。

 詳しく思い出せないが、その声とミモザの姿が妙に重なる。

 俺は苦しくて胸を掻きむしった。


「リゲル!」

「ア、アルキオーネ……」

「聞いてください」


 俺の言葉にリゲルは頷いた。

 酷く傷ついたような不安げな顔を歪め、今にも泣きそうだった。

 こんな顔もするんだな。


「わたくしに任せていただけませんか?」

 俺はそう呟いていた。


 リゲルが縋るような目で俺を見つめた。


 俺は微笑む。

「大丈夫です。貴方はまず、顔を拭いてください。こんなに血に塗れて怖い顔をしていたら、お顔だって分かりませんよ」

 そう言ってハンカチを取り出す。

 スーにもらった花を取り出してからリゲルにそれを渡す。


「ありがとう」

 リゲルは憔悴しきったようにのろのろとそれを受け取ると顔を拭った。

 べっとりとついた血は乾いたところもあり、全てを落とすまでに時間が要るように見えた。


「それから、お願いがあります。外に紫色の包みを置いてきたので持ってきて貰えませんか?」

「え?」

「包みの中にコートが入っているんです。ほら、ミモザ様のお洋服が汚れていますよね。このまま外は歩けないでしょう?」


 俺はもっともらしく言った。

 本当はただの気分転換だ。

 外に少し出て風にでも当たればリゲルの気分だっていくらか落ち着くだろう。


「嗚呼」

 リゲルは頷くと、覚束無い足取りで外に向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ