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転生するならチートにしてくれ!─ご令嬢はシスコン兄貴─  作者: シギノロク
二章 十三歳、男友達ができました。
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16.異国の少女との別れ

 手を伸ばす俺たちにわっと大量の花のシャワーが降り注ぐ。

 俺たちは身体中に沢山の花びらに付けながら、必死にそれを捕まえようとした。


「きゃあっ!」

 スーは叫ぶ。


 興奮した人々が押し寄せ、スーの身体は軽く吹っ飛ぶ。そして、俺にぶつかった。

 普通なら簡単に支えられそうなほどスーの身体は軽いはずだった。

 しかし、俺も周囲からの圧力で変な姿勢をしていたので、俺ごと倒れ込むことになる。


「お嬢様!」

 ルネは叫ぶと、俺たちをさっと支えた。


「あ、ありがとう」


 地面に倒れ込む寸前のところだった。

 危ない。

 もしも地面に倒れ込んでしまったら、踏み潰されてしまって最悪圧死していたかもしれない。

 確か、前世でもそんな事件があった気がする。


 俺はぎゅっとスーを抱きしめた。

 スーからは甘いのにどこか爽やかな花の香りがした。


「アルキオーネ?」

 スーが俺を不思議そうに見つめた。


 心臓が飛び跳ねた。

 全然違う顔なのに、妹の面影が重なる。

「……っ」

 名前を呼びたいのに妹の名前がすぐに思い出せなかった。

 途端にさっと血の気が引く。

 あんなに大切にしていたはずの妹の名前を忘れるなんて。


「大丈夫ですか?」

 ルネが俺を見下ろしながら尋ねる。

 表情筋が死んでいるのか、ルネは無表情だった。


「ええ」

 俺は動揺を隠すように頷く。


「これ以上はお守り出来ません。もう、下がりましょう」

 ルネはそう言って、スーと俺を抱き上げる。

 そして、人の間を縫うようにして人混みから脱出した。


 人混みから少し離れると、漸く辺りを見回す余裕が生まれた。


「アントニスがいませんね」

 人混みを目線で撫でるが、あの地味すぎて逆に目立つ、モスグリーンの服は見当たらなかった。


「あれは?」

 スーが指を指す。


 アントニスは少し離れたところでジェラートを食べていた。

 向こうも俺たちがわかったのだろう。

 アントニスはお腹を揺らして走ってくる。


「お、アルキオーネ様たちもう終わりですか?」

「ええ、あの人混みでは引き上げるしかありませんでした」

「じゃあ、今のうちに店を見てはどうですか?」


「それは名案だわ! 今なら少しは空いているかもしれないものね」

 スーは手を叩く。


 この人混みでリゲルとミモザは大丈夫なのか。

 そんなことを思いながら俺たちはパレードを後にした。



 ***


 俺たちはその後、雑貨屋、お土産屋、お菓子屋を巡った。

 あまりにもたくさん歩いたので、少し疲れてしまった。

 休憩がてら、昨日、辿り着いた眺めの良い小さな広場に行こうということになって、俺たちは護衛たちを連れて広場に向かったのだった。


 広場に着くと、ベンチに座り、ぼーっと王都の喧騒を眺めた。

 音楽が聞こえ、踊っている人たちが遠くに見えた。


「たくさん遊びましたね」

 俺は満足げにため息を漏らし、そう言った。


「ええ、ほんと。たくさん遊んで楽しかった。ありがとう、アルキオーネ」

 スーはくるりと振り返るとキラキラとした笑顔を向けてくる。

 可愛い。

 本当にこの子、天使の生まれ変わりか何かじゃないのか?


 俺の顔は自然と笑顔になる。

「ありがとうはこちらの方です。お付き合いくださり本当に嬉しく思います。ありがとう、スー」


 その言葉にスーは頷く。

 心地良い風に吹かれ、スーのピンクブロンドが靡いた。

 髪からは甘く爽やかな花の香りがした。


「あ、そういえばお花……」

 俺はふとポケットに手をやった。


 ポケットからハンカチを取り出す。

 そして、ハンカチに挟んだ花をそっと取り出した。


「これ、渡し忘れていました」

 赤いアネモネの花びらやスミレ、黄色のチューリップの花びらをスーの手のひらに一枚一枚丁寧に乗せる。


「ありがとう! 交換する約束だったものね」

 スーは花びらの渡された手と逆の手を使い、ポケットに入っていた花を取り出した。


 無造作にポケットに放り込んだのだろう。

 手のひらの上にはくしゃくしゃの花が乗っていた。


「あ……」

 スーは真っ赤な顔をして慌てて手のひらを閉じた。


 俺はそれを見て思わず噴き出す。

「ふふふ……くしゃくしゃですね」


「いや、だって……」

 スーは横に頭を振る。


「いいですからください」

 俺はくすくすと笑いながらそれを受け取る。


 紫の花びらが数枚に、白い花。白い花は雛菊だろうか。

 俺はそれをハンカチに乗せる。


「ごめんなさい」


「いえ、スーって意外と大雑把なんですね」


「よく言われます……」


「意外な一面が知れてわたくしは嬉しかったですよ」


 スーははにかみながら笑う。

 俺も笑顔を返した。


 さて、この花はどうしよう。

 押し花にでもしようか。

 使用人の誰かやり方を知っているかな?

 俺は花を見つめながらそんなことを考える。


「お嬢様、そろそろ……」

 ルネが急にスーに声を掛けた。

 その手には謎の包みがあった。


「あ、ずっと忘れていたわ!」

 スーはそう言ってルネから包みをひったくるようにして奪う。


「昨日の帽子とコートよ。昨日はありがとう」

 スーはそう言って、俺に包みを渡してくれた。

 スーの瞳の色によく似た淡い紫の包みだった。


「ありがとうございます。帽子、見つけてくださったんですね」


 包みをそっと覗く。

 昨日落としたはずの帽子が入っていた。

 探したときは見つからなかったのに。

 きっと、あの後探してくれたのだろう。

 俺は健気なスーの行動に胸がいっぱいになる。


「ええ、ルネと一緒に探したらすぐに見つかったわ」


「まあ、ルネまで? ありがとうございます」


 俺の言葉にルネは小さく頷く。

「恐れ入ります」

 ルネの表情筋は死んでいるのか、顔色一つ変えずに答える。


「包んでくれた布はあとでお返ししますね」


「いえ、返さなくて結構よ。実は私たち、明日、国に帰ることになっているの。だから、思い出にあなたが持っていてくれないかしら」

 スーは微笑む。


 国に帰る?

 故郷に帰ることを「国に帰る」と言うが、ここは日本じゃない。

 この場合は文字通り、「自分の国に帰る」ということなんだよな。


 スーの国はどれだけ遠く離れているのだろう。

 俺には分からない。だって、スーの国がどこかも知らないのだから。

 俺は急に突き放されたような気分になる。


「そうだったんですね」

 俺はその事実にただ驚いてそう呟いた。


 忘れていたがスーは他の国の貴族のご令嬢。

 遅かれ早かれ帰国するのは分かっていたはずだった。

 国のことや帰国の時期を聞かなかったのは俺なのに、いじけてこんな気持ちになるのは馬鹿げている。


 俺は頭を振って笑顔をつくった。

「大事にしますね」

 そう言って包みを抱きしめた。


「そう言ってくれると嬉しいわ。ありがとう」

 スーはそう言って俺を抱きしめる。


「ねえ、アルキオーネ?」

 スーが耳元で囁く。

 吐息が耳朶をくすぐる。


「ええ」

 俺はくすぐったいのを我慢してじっとスーの言葉を待った。


「また、来年もガランサスに来るわ。そのとき、会えるかしら?」


「貴女がそれを望むなら」


 スーは俺から体を離すと、俺の肩を掴む。

「じゃあ、約束よ。来年の今日、ここに来てね」


「ええ。時間はパレードの前がいいでしょうか? またお花の交換をしましょう。出来れば次は、くしゃくしゃじゃないお花がいいですね」

 俺はいたずらっぽく笑う。


「もう、意地悪ね!」

 スーはそう叫んでから笑った。

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