12.異国の少女
人気のない場所を探して、漸く小さな広場にたどり着いた。
小高いところにある名前もない小さな広場は見晴らしがよく、王都の中心地を見下ろすことができた。
こんなに綺麗な場所なのに王都の中心から離れただけでこんなにも静かなのか。
大分遠いが、本当なら今頃見ていたであろうパレードのようなものも見える。
絶好の穴場スポットだなと思った。
俺は大きく深呼吸した。
新鮮な空気で肺に満たされる。
「お嬢様! なんてことをしたんですか」
メリーナは非難するように叫んだ。
「この子やメリーナにちょっかい出してきたあの男が悪いんです。わたくしは二人を守りたかっただけです」
俺は絶対に悪くない……とは言いきれないけど、悪くないもん。
俺はそっぽを向いた。
メリーナは大きなため息を吐いた。
「お嬢様の言い分は理解できますが、危険な真似はおやめください」
「できるだけそのように行動しますわ」
メリーナの言葉に渋い顔をして俺は答えた。
「本当ですね? 嘘だったら泣いちゃいますよ?」
「うっ……がんばります」
メリーナに泣かれては困るのは俺だ。
泣かれたらどうしたらいいのか分からない。
「約束です、お嬢様」
メリーナは真剣な顔を俺に突きつけた。
よし、危険なことはできるだけしないようにしよう。
まあ、無理だろうけど。
「お嬢様って……? もしかして、あなた、女の子なの?」
少女は驚いたように呟く。
どこからどう見ても、アルキオーネは美少女のはずだった。
何を言っているんだ?
俺は首を傾げて、じっと少女を見つめた。
少女も俺を見る。
少女の目の中にアルキオーネの姿が映る。
それを見て、はたと自分の恰好を思い出す。
あ、そう言えば、俺、パンツスタイルだったな。
髪を纏め、帽子の中に入れていたし、パンツにコートの恰好は男の子と思われてもおかしくない。
もしかして、俺、皆から女言葉で喋る男だと思われていた?
やばい。あのときの演技、ミスった。
だから、あの男、あんなびっくりした顔してたんだな。
嗚呼、男のふりをすれば良かった。
俺は己の詰めの甘さを呪った。
俺は渋い顔を一瞬してから頭を振る。
「そう、仰る通り、わたくしは女です。アルキオーネと申します」
そう言って笑顔を作る。
「ええ、私は……私はスーって呼んで」
少女は少し考え込んでからそう言った。
愛称か、偽名だろう。
まあ、他国の高貴な生まれだから警戒しているのかもしれない。
俺はそう納得した。
「分かりました。よろしくお願いしますね、スー」
俺は手を差し出して握手を求める。
スーは俺の手を握った。
俺とスーの歳は変わらないように見えたが、スーの手は小さく柔らかかった。
メリーナやお母様の細く華奢な女性の手とは違う。少女の手だった。
「あの……ありがとう、アルキオーネ」
スーは微笑む。
なんて綺麗な笑顔なんだろう。
桜のように儚く、美しい笑みに心臓が跳ねた。
「いえ、騒ぎを大きくしてすみませんでした。本当はもっと穏便に済ませたかったのですが……」
俺は平常心を装って、首を横に振った。
激しく心臓が鼓動している。
周りに聞こえてしまうのではないかと思えるほど大きな拍動に自分自身がびっくりしていた。
メリーナならともかく、この子はまだ十二、三だぞ。
ロリコンかよ、俺!
嗚呼、自分の惚れっぽさが怖い。
「何故、助けてくれたのですか?」
スーはおずおずと尋ねる。
まだ、警戒しているのか。
俺は微苦笑した。
「困っている方を助けることに理由はありませんわ」
「でも、見ず知らずの人間ですよ?」
スーは純粋に驚いたような顔をする。
俺としては心外だったが、スーの言わんとすることも分かった。
メリットもないのに助けるなんておかしいと言いたいのだろう。
まあ、おそらく、他国の貴族のようだし、見た目も可愛らしいのだから、利用されたり、誘拐されたり、色々とあるのだろう。
用心に越したことはない。
寧ろ、レグルスのように馬鹿正直でないことにほっとしたくらいだ。
「強いて言うなら、迷子のように見えたのでとても気になったんです。あの男と知り合いとも思えませんでしたし、つい、差し出がましい真似をしてしまいました。申し訳ございません」
俺はご令嬢らしくたおやかに頭を下げた。
俺の言葉にスーはほっとしたような顔をした。
「いえ、そうだったの。せっかくの好意にケチをつけるようでごめんなさい。実は恥ずかしいのだけど、一緒に来た者とはぐれてしまって」
「やはり、そうでしたか。お一人で気が張っているでしょう。お気になさらず」
「お気遣いありがとう。でも、何故、私が迷子だと気付いたんですか?」
「ええっと、とても言いづらいのですが、ガランサスに全身真っ白というのはよろしくないのです。ですから、ガランサスに慣れていない方――つまり、異国の方かと。異国の方――しかも女の子が一人でガランサスにいらっしゃるのはおかしいと。そこで迷子だと思ったのです」
俺はちらりとスーを見る。
ドレスからコート、靴下、靴にいたるまですべてが白い。
女の子の服装はよく分からないが、色素が薄く淡い印象のスーにはそれがとてもよく似合っているように思えた。
似合っているが、これはやりすぎだろう。
スーは顔を真っ赤にして自分の服を見つめた。
「ずっと見られていたのね。恥ずかしい。全身白はダメだったなんて知らなかった……勉強不足ね」
スーは異国の方という言葉を否定しなかったし、勉強不足と言っていた。
つまり、異国の少女であることは間違いないのだろう。
「いえ、勘違いされる方も多いのです。無理もないですわ」
俺は首を振った。
スーはますます顔を赤くして下を向いた。
なんだかかわいそうなことをしてしまった。
どうしたらいいのだろう。
俺はスーを笑顔にできるような魔法の言葉なんて知らない。
大体、女の子を慰められるような口の上手さがあったら、前世でもっとモテていたはずだ。
俺は少し考え込んでから、コートを脱いだ。
「良ければ、これを着てください。白によく似合うと思いませんか?」
そう言って、赤紫のコートを渡す。
スーと俺の体形はよく似ていた。
たぶん着れるはずだ。
「お嬢様……」
メリーナが呟く。
「大丈夫よ」
俺はメリーナの言葉を遮るようにそう言った。
メリーナの言いたいことは分かっていた。
コートを脱いだら寒いだろう。風邪ひくぞ。
こんなところだろう。
今日はそこまで寒くはないし、日頃運動するときはもっと薄着だ。
慣れているからきっと大丈夫だ。
「あの、お心遣いはありがたいんですけど、申し訳ないわ」
スーは戸惑うような顔で両手を振った。
「いえ、着てください」
俺は無理矢理コートをスーに押し付ける。
俺は不器用だから言葉で慰めることはできない。
だから、できることと言ったらこのくらいしか思いつかなかった。




