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転生するならチートにしてくれ!─ご令嬢はシスコン兄貴─  作者: シギノロク
二章 十三歳、男友達ができました。
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1.親友ができました

 薄暗い廃墟に鮮血が舞った。

 リゲル・ジェードは頬を拭うと凶悪な顔で笑った。

「死にてぇやつは前に出ろ!」


 男たちはリゲルの言葉に気圧されたように動けなくなる。

 男たちとは逆の位置に立つ少女も、僅かに外から入ってくる光に照らされ、怯えた表情でたじろぐ。


 嗚呼、この少女も俺にそんな顔を向けるのか。

 リゲルの心に絶望と焦りがじわじわと広がった。


 昔からそうだ。俺が剣を握ると、皆そんな顔をする。

 リゲルは小さくため息を吐いて剣を握り直す。


 期待するなんて無駄だ。

 それに一人は慣れている。

 リゲルは諦めたように笑った。


 少女がキッとリゲルたちの方を睨んだ。

 そして、駆け出す。

 滑り込むように少女はリゲルの背中に自分の背中を合わせた。


 リゲルは驚きながら、肩越しに少女をちらりと見た。

 少女は小さく体を震わせていた。


 嗚呼、無理をしているのか。

 そんなに震えて剣を握って。

 怖くないはずがないだろうに。

 リゲルは頬を緩めた。


 刹那、殺気がした。

 リゲルは反射的に剣を振った。

 急に頭に血が上る。


 鮮血が迸る。

 少女の顔にそれがかかった。

 少女は呆けた顔のまま、かかったものを手の甲で拭った。

 手袋が赤く濡れた。

 少女はじっと自分と手を見つめているようだった。


 リゲルの体は弾かれたように動き出していた。

「お前か? お前がミモザを!」

 少女を守るようにしながら、向かってくる相手を斬り倒す。

 いくら斬っても斬り足りない。


「くそっ! ミモザ! ミモザぁあああ! 何処にいるんだああああっ!」

 リゲルは苛立ったように何度も妹の名を呼んだ。


 返事は聞こえない。


 リゲルの胸は押し潰されそうになる。

 苦しくて苦しくて、それを掻き消すようにひたすら剣を振った。

 しかし、剣を振れば振るほど、心の奥で不安とは別の感情が噴き出してくるのが分かった。

 リゲルの顔が歪んだ。


「頼む……返事をしてくれ」

 リゲルは絞り出すように呟く。


 嗚呼、何故こうなったのだろう。

 リゲルはその言葉を飲み込んだ。


 ***


 レグルス誘拐事件の黒幕が捕まったあの日、歩けなくなった俺はリゲルのおかげで無事に王都にあるお屋敷に戻ることが出来た。


 が、問題はその後である。

 屋敷に着いた途端、リゲルの目の前で、俺は倒れたのだ。しかも、前回と同様、熱を出して。

 情けないことに魔法の使いすぎと精神的な疲労によるものだという。


 両親とメリーナにまた泣かれてしまった。

 泣かせないと決意したのに、破れるのは早かったな。

 まあ、仕方ない。

 過ぎたことを悔やむのはやめよう。


 とにかく、アルキオーネの誕生日のパーティまでに何としてでも、熱を下げればよいのだ。

 そう思っていたのに、なかなか熱は下がらなかった。

 元々病弱の身、発熱には慣れっこだった。

 とはいえ、節々が痛むし、身体は熱く重い。

 暫く、体がとろけるチーズになってしまったように身動きが取れなかった。


 そんなこんなで、結局、誕生パーティまでお流れになってしまったのだ。

 熱が長引き、楽しみにしていたお祖父様との会話もなく、誕生日はベッドで過ごすはめになるとは思ってもみなかった。


 が、熱が出たことは悪いことばかりでもなかった。

 王子の護衛をしていたリゲル・ジェードが何度もお見舞いにきてくれたのだ。


 リゲル・ジェード。

 アルキオーネのお祖父様の弟子にして、十三歳にして既に騎士としてもやっていけるほどの剣の腕前を持つ少年。

 そして、「枳棘(ききょく)~王子様には棘がある~」の攻略キャラクター、リゲル・ジェードと同じ名前、同じ顔の少年であった。


 ゲームの中でのリゲルは、唯一の良心と言っていいほど、この男はスピカに対して紳士であった。

 しかし、説明書に書いてあったプロフィールには、「仲良くなればなるほど、残虐で恐ろしい内面を晒すように」なると書かれていた。

 更に「滅茶苦茶束縛が激しく、自分の視界内にスピカがいないと不機嫌になるほどの束縛系兄貴キャラ」であり、「シスコン」、「妹のミモザやスピカがピンチになると容赦なく敵を殲滅」し、「血を見ないと気分が済まない」というオプション付きの要注意人物とも書かれていた。


 そうだな。

 妹の恋人なら断固認めない。

 速攻別れさせに行く。

 妹の人生には関わらせたくないような設定の持ち主だと言ってもいいだろう。


 しかし、リゲルもまたゲームの中とは違っていた。

 ものすごく親切で、気の合うやつだった。

 今では、友だちと呼べる者がミラ以外にいない俺にとっては親友のような存在になりつつある。

 ゲームの中のキャラに似ているからと関わらないわけにいかない程度にはリゲルに対して好意を抱いていた。


 そんなリゲルも最初はレグルスと一緒にお見舞いという名目で屋敷に来ていた。

 しかし、レグルスよりも話す時間が増え、ついにはレグルスなしで屋敷を訪れるようになった。

 リゲルが一人で屋敷に来たときは「おいおい、護衛がレグルスから離れて大丈夫なのか?」と俺も思った。


 しかし、そもそも、リゲルは騎士や兵士ではなく、レグルスのお友だちとしてレグルスの側にいるだけだったらしい。


 それが、「パーティのとき、護衛が煩わしい」と言うレグルスの我儘の為にパーティの間だけ友人兼護衛役をやるようになったのだという。

 だから、レグルスの護衛をずっとしているわけでもなく、レグルスが気まぐれに呼んだときのみ護衛をするんだそうな。


 まったく、お坊ちゃんは甘やかされすぎなんじゃないのか?

 俺はそう思っていたが、リゲルは違った。

 寧ろ、護衛をやらせてくれているのはレグルスの好意の現れであり、大変名誉なことと受け取っているようだった。


 それもそのはず。

 リゲルは見た目こそ大人のようだが、中身のほうは所謂、騎士を夢見る少年だった。

 アクアオーラを問い詰めたときのような理性的で大人っぽい印象とは裏腹に、熱っぽく色々な騎士たちの英雄譚を語る。

 弟がいれば、こんな感じだったのだろう。

 俺はベッド脇でキラキラと瞳を輝かせて話すリゲルを微笑ましく思った。


「これから暫く、王都にはいるのか?」

 熱も下がり、動いても大丈夫になった頃、リゲルは俺にそう尋ねた。


 俺はスケジュールを思い出す。

 本来であれば、領地の豊穣祭の関係で、領地にあるお屋敷に戻るはずであった。

 しかし、俺が熱を出してしまったので、オブシディアン家は王都に滞在していた。

 確かにそろそろ社交界のシーズンだ。

 おそらく、このまま王都にいるつもりだろう。


 前回のシーズンは病弱すぎるアルキオーネはシーズンの途中でひと足もふた足も早く領地のお屋敷に戻り、療養をしていた。

 今回もそうならないとは言いきれないが、シーズンの途中で帰る予定も今のところない。


「そのはずですね」

 俺は頷きながらそう言った。


「アルキオーネ、君は剣を習いたいんだったね?」


「ええ、そう……わたくしはもっと強くなりたいんです」


 俺はレグルスに負けたくないので魔法を習い始めたり、筋トレしているという話をリゲルにはしていた。勿論、転生の件は隠して。

 リゲルもそういうトレーニングや鍛錬が好きらしく、俺とも自然と話が合い、仲良くなったのだった。


「じゃあ、王都にいる間、一緒に剣を習わないか?」

 リゲルの申し出は願ってもいないことだった。


「でも……お母様やお父様がなんて言うか……」

 夜に抜け出して、熱を出したような娘の我儘を果たして両親が聞いてくれるのか。

 多分無理だろう。


 俺はメリーナをちらりと見た。

 メリーナは首をブンブンと振っている。


「大丈夫。俺の妹、ミモザのところに遊びに来てくれたことにすればいいんだ!」

 リゲルは名案のように胸を張る。


 確かに、お喋りくらいならお母様たちも許可してくれそうだ。


 それに、良家の子息と令嬢が二人で剣の練習というと、少し怪しい感じがする。

 勿論、メリーナも伴って行くことになるのだろうが、あまり褒められた行動ではないように思える。

 リゲルの提案はそういったところにも配慮されたものだとすぐに分かった。


「嗚呼、貴方の妹のミモザ様ですね。確かに年も一つしか変わらないので仲良くなったという設定に無理もないと思います。それなら、お母様たちも……」

 俺はもう一度メリーナを見た。


 メリーナは少し涙目になって首を振る。


 リゲルはそれに気づいたようで、メリーナの方を向くと姿勢を改める。

「無理はしないし、させない。メリーナ殿も協力してくれませんか?」


「あの……その……っ」

 真剣な眼差しにメリーナは言葉を詰まらせる。


「メリーナ、お願い。このままじゃ、いつまで経ってもわたくしはお荷物のままです。少しだけ、王都にいる間だけで良いんです。ね、メリーナも連れて行きますから。お願いです」

 俺は縋るような眼差しをメリーナに向けた。

 無理をするならメリーナも連れて行けって言ってたし、約束は一応守っているはずだ。


「……アルキオーネのお祖父様もいるし、知らない者に剣を習うよりは安心だと思うのです」

 リゲルはメリーナの手を握った。


 メリーナは茹で蛸のように真っ赤な顔になると、混乱したように首を横に何度も振った。

 リゲルは俺たちと同じ今年、十三歳になる歳だが、見た目はずっと年上のように見える。

 しかも、かなりのイケメンだ。

 そんな男に手を握られて懇願されたとなると、男に免疫のないメリーナが真っ赤になるのも無理はない。


 真っ赤になって首を振るメリーナは可愛らしいが、さて、そろそろ止めないとメリーナの心臓が止まってしまう。


 俺は口を開こうとした。


「よいではないか! わたしからも頼む!」

 扉の方から不意に声がした。

2/2 冒頭をリゲル視点に変えました。

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