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転生するならチートにしてくれ!─ご令嬢はシスコン兄貴─  作者: シギノロク
一章 十二歳、王子と婚約しました。
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19.王妃の処遇

 レグルス王子誘拐事件が解決してから約一週間後、レグルス王子自ら、オブシディアン家に訪問があった。


 しばらく体調が悪く、ベッドで横になっていた俺は戸惑いながら、レグルス王子を迎え入れた。

 ベッドで話を聞くのは不敬に当たるかと思われたのだが、寧ろ体調の悪いときに来て申し訳ないとベッドで話をすることを快く許してくれた。


 最初は楽しくおしゃべり……というわけにもいかず、レグルス王子に伴ってきていたリゲルも交えて会話をしていた。

 久しぶりの会話ということもあり、俺はすぐに疲れてしまった。


 俺が疲れたことを察してか、リゲルは「帰りの馬車を手配する」と言って、部屋を出ていった。

 リゲルがいなくなってから、俺たちの間にはぎこちない雰囲気が漂っていた。


「そうだ。メリーナ、レグルス様にモイストポプリをお渡ししたいの」

 お土産でもあれば話の繋ぎになる。

 そう思って、俺はメリーナにポプリの瓶を持ってくるようお願いをした。

 これがいけなかった。


 部屋の中には俺とレグルス王子の二人だけとなる。

 ぎこちないどころか、部屋はしんと静まり返っていた。


 何か言わなければ、そう思っていると、レグルス王子が立ち上がる。


 まずい。

 何か怒らせたのか?


 そう言えば、今日のレグルス王子は少し様子がおかしかった。

 話もいつもなら自分から進んでするはずなのに、リゲルばかりが話していたし、話を聞いているときも何処か上の空だった。


 まさか、来たときから何か怒っていたんじゃないよな?

 だとすると、誘拐事件の件で何かあったのだろうか。

 まさか、デネボラの身に何かあったのでは?


 俺は怖くなり、目を瞑って身を固くした。


 ふわっと何かに包まれるような感じがした。

 柔らかく、花のような香りがした。


 俺は恐る恐る目を開けた。

 すると、レグルスは俺を抱きしめていた。


 俺の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになる。


「アルキオーネ、ありがとう」

 レグルス王子は俺を抱きしめながらそう呟いた。


「どうされたのです?」

 俺は思いもよらぬ言葉をかけられ、動揺のあまり、声が震えた。


「母上の手術は成功したし、罪に問われないことになったんだ。母上が生きているのはアルキオーネのおかげなんだ」

 レグルス王子はそう言うと、更に俺を強い力で抱きしめた。


 俺はぎゅっと胸が締め付けられるのを感じた。

 違うと大きな声で叫びたい衝動に駆られる。

 ダメだ。

 俺は伯爵令嬢だぞ?

 そんなことできない。


 静かに息を吐くと、冷静な声色を作る。

「そんなことありません。わたくしのせいで、レグルス様の母上にとんでもない怪我を負わせてしまったのです」


 本心だった。

 俺がもっとうまく立ち回れていれば、デネボラは怪我をしなくて済んだのかもしれない。


 それに、あのとき、アクアオーラは手紙のこともあってアントニスを狙ってきたが、もっと頭の回る人間なら、先にデネボラやテオを殺して、それからアントニスを殺そうとしたに違いない。

 そうすれば、デネボラのせいにすることが容易だったはずだ。

 俺はそのことにあとから気付いた。


 勿論、元々、王妃であるデネボラに護衛はついているはずだ。

 ついているはずだからこそ安心していたのだが、デネボラは頭の回る女だ。

 薔薇園では見事に機転をきかせ、俺たちを傷一つなく誘拐して見せたことを思い出す。

 デネボラが本気になれば護衛を撒いて俺たちのあとをつけることが容易いことくらい予想がついても良さそうなものだ。

 そして、そこを敵側に狙われる可能性だってあった。


 今回はアクアオーラが単独犯でアホだったから、運が良く、上手くいっただけだ。

 本来であれば、デネボラの死は免れることができないものだったかもしれない。


「そんなことはない!」

 レグルス王子は俺から離れると、肩を掴みそう叫んだ。


 俺はびっくりして何も言えなくなった。


「いいか? わたしが生きて王宮に帰れたのも、わたし自身信じられなかった母上の無実を信じ、それを証明したのも、すべて貴女がやったことなんだ」

 レグルス王子は真剣な眼差しで俺を見つめていた。


「いや……でも、もっとうまく動けたはずなんです」


 そうだ。

 俺がもっと早く、レグルス王子のトラウマを思い出していれば、そもそも誘拐事件なんて起きていなかったかもしれない。


「何を言っているんだ。十三歳の子どもにこれ以上何ができるんだ。自分の力を過信しすぎるな」

 レグルスの言葉に耳が痛かった。


 確かに、俺一人で何とかできるものじゃなく、実際には多くの者の手を借りることになった。


 それに、まだまだ体が弱いというのに、無理をした結果、誘拐事件後に体調を崩し、また家族に心配をかけてしまったんだった。


「そうですね。レグルス様の言うとおりです」


「だろう? 貴女は素直にわたしの感謝の気持ちを受け取るんだ」

 レグルス王子は笑った。


 嗚呼、良かった。

 俺はそのとき、純粋にそう思った。


 あんなに憎しみでいっぱいだったレグルスの瞳は穏やかな色をしていた。


「レグルス様、母上のことを許せたんですね」

 俺がそう言うと、意外にもレグルス王子は首を横に振った。


「正直言うとな、母上のことをまだ『母上』と面と向かって呼べない自分がいるんだ。母上の行為を仕方ないと思う反面、俺は心の底から許せていないようなんだ」

 レグルス王子は伏し目がちに言う。


「そう……ですか……」


 無理もない。

 実の母を殺す引き金になったのは信頼する義理の母の一言だったのだ。

 どんなに彼女が辛く、苦しい状況だったとしてもだ。

 その心理状態を理解することはできても共感することは難しい。


 しかし、レグルス王子の心は全てを拒否しているわけではない。

 現にレグルス王子は義理の母を「母上」と呼んでいる。

 レグルス王子もそれをよく分かっているようで、苦しげな表情を浮かべていた。


「わたくしはそれでもいいと思います。許せない自分を今は許してあげてください」


 直感的に、レグルス王子は許されたいのだと思った。

 母を許せない自分を許せないのだ。

 だからこそ、誰かの許しを求めているのだと。


「嗚呼、ありがとう」

 レグルス王子は目を瞑った。


 そして、息をゆっくりと吸った。

「でも、いつか許したいんだ。いつ許せるかはわからないが、アルキオーネには、それをそばで見ていてほしい」

 レグルス王子は吐き出すようにそう言うと、強く決心したように俺の顔を見つめた。


 これって、実質プロポーズなんじゃないか?

 と頭の中で思うものの、真剣な眼差しに気圧される形で、俺は頷くしかなかった。


「ありがとう」

 大輪の薔薇が咲くようにレグルスは晴れ晴れとした笑顔で俺の手を握った。

 その手はとても温かかった。


 仕方ない。

 今だけは、婚約者のアルキオーネ・オブシディアンとして側にいてやろう。


 俺はレグルス王子に笑顔を返した。

次は次章に入る前に番外編です。

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