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転生するならチートにしてくれ!─ご令嬢はシスコン兄貴─  作者: シギノロク
一章 十二歳、王子と婚約しました。
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18.中二病も時には役に立つ

 俺はすぐさま、レグルス王子の前に立ち塞がった。

 どう考えてもこの状況で狙われるのはレグルス王子だろう。


「アーエール、衣のように幾重にも重なれ!」

 俺は空気の層が幾重にも重なり、厚く硬い層を作るところを想像しながら叫んだ。

 雨ならこの魔法で凌げるのだが、さてナイフはどうだろう。


 スローモーションのようにゆっくりとアクアオーラが近づいてくる。

 アドレナリンが分泌されるとスローモーションのように見えるようになるって本当なんだな。

 とはいえ、見えていてもアルキオーネの運動神経じゃ、アクアオーラのナイフを捌くことは無理そうだ。


 お腹は危なそうだから刺さるなら手か足だな。

 でも、一生動かなくなったらどうしよう。

 傷になっても、ちょっと嫌だな。

 俺は恐怖に震えながら、アクアオーラを迎え撃つつもりでいた。


 スローモーションは突如終わった。


 横から誰かが俺とレグルス王子を庇うように突き飛ばしたのだ。

 俺の体は容易く、地面に倒れ込んだ。


「テンペタース、吹き飛ばしなさい!」

 その誰かは叫ぶ。

 女性の声だ。


 嵐のような風が吹く。


「母上!」

 レグルス王子の声。


 俺が顔を上げる頃にはアクアオーラの体は後方に吹き飛ばされ、木にぶつかっていた。

 と同時に、赤いドレスを着た女性が地面に崩れ落ちた。


「母上!」

「デネボラ!」

 レグルス王子とテオの叫び声がほぼ同時に聞こえた。


 あれはデネボラか!

 俺は二人の声に正気に戻り、慌ててデネボラの元に向かった。


 どうしてここに?

 いや、デネボラに直接聞いたり、テオを呼び出したりしたもんな。

 ある程度の危険を感じていて、レグルス王子の後をこっそりつけていたのかもしれない。

 だとすれば、ここにいることも説明がつく。


 テオに抱き起こされたデネボラの顔は蒼白だった。

「あら、テオ? レグルスは……元気そうね。良かったわ」

 デネボラは呑気そうにレグルス王子に向かってそう言った。


 デネボラの呪文は少し遅かったようだ。

 デネボラのお腹にはナイフが刺さっている。

 辺りも暗いので、正確な出血量は出血が分からないが、どうやら出血もしているようだ。

 テオの手とデネボラの手は真っ赤に染まっていた。


 いやいや、呑気そうに話してるけど、重症じゃねえか。

 俺の顔から血の気が引いていくのが分かった。


「誰か、布を!」

 俺は叫んだ。


 リゲルや兵士たちは自分の来ている服を脱いで渡す。

 この際贅沢は言っていられない。

 綺麗そうなものを選んで、ナイフを固定する。


「ナイフ……抜かないと!」

 レグルス王子は俺の応急処置を見て、パニック状態で叫ぶ。


「馬鹿! 触るな!」

 俺は叫んだ。


 ご令嬢が叫んだことが珍しいのか、周囲の者は目を丸くする。


 やばい。

 素になって叫んでいた。


「すみません。レグルス王子様、これは抜いてはいけません」

 俺は慌てて取り繕うように言う。


 レグルス王子は真っ青な顔をしてこくこくと頷く。

 完全にビビらせてしまったようだ。


 まあ、丁度いい。

 ここでナイフを抜かれるより、俺にビビってくれて静かにしてもらった方が楽だ。


「そうです。ナイフが栓になっているので、抜くと大量に出血する可能があります。オブシディアン伯爵令嬢、ありがとうございます。このまま、私たちが運びますので下がっていただけますか?」

 ランブロスはそういうとテキパキと自分たちの衣類で作った担架にデネボラを乗せる。


 そして、数人の兵士が集まると担架をゆっくりと運び出す。

 テオとレグルス王子が不安そうにデネボラの横についてそれを見守る。


 俺もそれについていこうとしたのだが、上手く立ち上がれない。

 緊張の糸が切れたのか、急に足に力が入らなくなって動けなくなっているようだ。

 仕方がないので、地面にお尻を付いたまま、レグルス王子たちの様子を見ていた。


「アルキオーネ様、大丈夫ですか?」

 リゲルが近づいてきてそっと手を差し伸べる。


「ありがとうございます」

 俺はリゲルの手を取ると、立ち上がる。


 が、すぐに座り込んでしまう。

 やっぱりダメか。


「気丈にふるまっていても、体はついて行けなかったみたいですね」

 リゲルはそう言うと、俺をひょいとお姫様抱っこした。


 嗚呼、俺が正真正銘中身まで女の子だったら恋に落ちるシチュエーションなんだろうけど、残念だったな。

 俺は男だからトキメキなど感じない。

 寧ろ、中身が男の俺をお姫様抱っこしているリゲルに同情すら感じる。


「恐れ入ります」

 傍目から見たらためらいがちに言う美少女なんだけど、中身は十九プラス十二歳。

 つまり、三十一歳。

 おっさんに片足突っ込んでるわけ。

 これを同情しなくて、何を同情すればよいのかわからないレベルで同情する。


「しかし、ナイフを刺されたときの処置なんてよくご存知でしたね。俺なんて咄嗟に動けませんでしたよ」

 リゲルは感心するように言う。


 そうだよな。

 可愛くて穏やかそうなご令嬢が王子を怒鳴ったり、処置しようとしたり、普通はしないもんな。


「え、ええ、前に本で読んだことがあったので……」


 前世で中二病のとき、街中で刺されたらどうしようとか考えていて調べたんだよ。

 こんなときに役立つなんて中二病も悪くないな。


「そんな本があるのですね。後学のために教えていただけませんか?」

 リゲルはキラキラとした目を俺に向ける。


「えっと……随分と前に読んだので題名までは覚えておりません。申し訳ございません」


 当たり前だ。

 異世界の本ですなんて言えるかよ。

 俺は冷や汗をかきながら愛想笑いを浮かべた。


「そうですか……残念ですが、仕方ないですね」

 リゲルはしょんぼりとした顔で俺を運ぶ。


 そのまま、俺たちは沈黙した。

 コイツと何を話せばいいんだ。

 沈黙がツラい。


「あの……わたくしが提案したことでとんでもないことに……申し訳ございません」

 俺は沈黙に耐えられず、そう呟いた。


「どうか、気に病まずにいてください。王宮の医師は優秀です。きっとデネボラ様は大丈夫ですよ。それに、アルキオーネ様のおかげで黒幕を捕まえることができました。この事態は咄嗟に動けなかった俺たちの責任です」

 リゲルは首を振る。


 俺がしたことは、アントニスの代わりに手紙を送ってアクアオーラを呼び出したことくらいだ。

 逆に助けたかったデネボラに大きな傷を負わせてしまったことに俺はショックを受けていた。


「そうですか……恐れ入ります。でも、これでアントニス殿たちと王妃殿下の罪は軽くなるんですよね?」


 もしも、こんなことをしでかしたのに「皆処刑です」なんてなったら、俺は耐えられない。

 少しでも罪が軽くなることを俺は祈った。


「ええ、アントニス殿たちはこちらに協力していますし、俺の方からも上手く言っておきますので、お咎めはないでしょう。王妃とその弟君に関しては前王妃のこともあるので、国王陛下と王子次第ですかね。まあ、脅されていたことや当時の精神状態を考えれば情状酌量の余地があるかと……」


 リゲルの言葉に俺はほっと胸を撫で下ろす。


「しかし、黒幕であるアクアオーラは残念ながら……」

 リゲルは首を振った。


 俺は兵士に連れられているアクアオーラをちらりと見た。

 非望に駆られ、誰かを陥れようとした者の末路に俺は身を震わせた。


「どうしました?」


「いえ……少々寒気が……」


「嗚呼、アルキオーネ様はお体が弱いんでしたね。お屋敷まで送るよう手配します」

 リゲルは爽やかな笑顔で答える。


 本当にごめん。中身が男で。

 俺は心の底からリゲルに謝りながら、運ばれていくのだった。

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