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EPISODE.10「単刀直入に言おう」


「これのどこが鈍っているんですか……!」


 若木は息を荒げつつ、天井を見上げながら愚痴を吐いた。

 場は騒然としていた。昔から浩を知っていた者は、いくら彼であろうと数年は離れているのだから、若木ともう少し良い勝負になるだろうと踏んでいた。だが蓋を開けてみれば、浩が若木を終始圧倒する展開となったのである。

 浩を知らない新入りは、驚愕がより顕著であった。いくら先輩に浩の事を聞いていても、最終的に若木が負けるわけが無いと信じていたのだ。

 ジャージ姿の男が胴着の男を下した、というシュールな絵図も、彼らの驚愕に一役買っていた。

 

「いや、明らかに体力が落ちている。何度も連戦するのは厳しいな」

「……俺の方が息荒げているんですがそれは」

「修行が足りん」


 若木の言葉を浩は一蹴した。若木は内心、俺の方が修行してるよな? と思ったが、口には出さなかった。

 群衆の中で傍観していた形原は思わず呟く。


「ぬぅ……天才ってものは、恐ろしいな」


 浩は昔から、確実に天才と呼ばれる類の者であった。努力せずとも人の数倍は事をこなせる。そう言う者には、出る杭は打たれると言わんばかりに、嫉妬、羨望などの感情が集まるものである。

 しかし、幼少の頃からこの道場に入り浸っていたため、その天才性は目立っていなかった。ただ強い、と思われるだけであったのだ。


(しかしこれを見ると、やはり天才なのだと認識させられる……)


 形原は内心で唸る。若木の現在の実力は本物である。それを、数年道場から離れていた男が圧倒するのだ。予想できていたとはいえ、実際に見ると衝撃が違った。


 どよめきが途絶えぬ中、浩はようやく上半身を起こした若木に向かって言った。


「息が整ったら立ってくれ。早く次をやりたい」

「……ま、まだやるんですか?」

「まだウォーミングアップが終わっただけだ」

「俺本気だったんですけど」

「まだウォーミングアップが終わっただけだ」

「……はいはい」


 仕方なし、という様子で若木は立ち上がる。

 それを見た浩は、すぐに待機線の上に立ち、若木に向かい合うよう促す。

 全く休む様子のない浩に、若木は諦念を含んだ苦笑を浮かべた。



 再び手合わせをする二人。

 その最中、若木は浩の様子に違和感を抱いた。


(……動きが、いや、反応が鈍い?)


 少なくとも最初の手合わせとは動きの質が違った。

 流石に疲れたのか、と若木は思ったが、すぐにその考えを打ち消す。

 ただ疲れたにしては、動きのスピード自体は鈍っていない。

 そもそも反応が鈍いといっても、それは浩が若木の動きを認識できていないという様子ではなかった。

 寧ろ視認自体は人外染みている程に早い。だがそれ以降の一連の動きが、妙にぎこちないのだ。

 まるで視認から行動までの間に、一つ別の思考プロセスを入れているかのように。


 流石に疑問を払拭出来なくなった若木は、隙を見て大きく下がり、浩と距離をとった。


「……どうしたんです? なんか、らしくないんですが」


 心配するような若木の質問に、浩は答えた。


「気にするな。イメージトレーニング……俺の修行ってだけだ」

「あー、なるほど」


 その少ない言葉に、若木は納得した様子を見せる。

 一つの別の思考プロセス。それがイメージトレーニングなのだとしたら、頷ける物であった。

 そして同時に、浩が形原ではなく若木を指名した理由も見えてきた。

 これは浩の一方的な修行であり、若木の修行とは言いにくい。ある意味浩は、縛りプレイをしているようなものなのだ。浩と親しくない人間や、かなり堅い質である形原は、真面目にやれと気を悪くする可能性があったのだ。

 その点、昔から馴染みがあり、気心も知れている仲の若木ならば、浩の意志もくみ取った上で受け入れられる。


(気の置けない仲だと思われてるってのは、嬉しいな)


 若木は、にやけそうになった事実を隠すように、前に出て浩に拳撃を加えた。 



+-+-+-+-+-+-+-+-+-+



「流石にバテたな……」


 それから何度か若木と組み手をした浩は、息を整えるために壁際に移動した。

 端から見れば異常なスタミナであったが、浩としては納得のいかない物であった。

 壁に沿って歩きながら、目にかかりそうになった汗を左手で拭う。


『さっきまでのは、何やってたんだぁ?』


 その時、イーターは小声で浩に聞いてきた。


「……見えていたのか?」

『いや? 手袋越しじゃあわからねぇよ』


 関節技も使う以上、左の拳を握ったまま組み手をすることは出来ない。浩は手袋をしたまま立ち会っていたのだ。

 拳を保護するグローブは格闘技では一般的であり、特に誰からも指摘されなかったのは、浩にとって幸いであった。


『だが戦っているのは分かっていたし、やたら痛かったしなぁ』

「ああ……」


 手袋越しでも、目玉をぐりぐりと潰されるのは、モンスターとて痛かろう。浩は内心でイーターに謝った。だが省みるつもりはもうとうない。


「途中で言ったように、イメージトレーニングだ。変身した際の筋肉配列から、細かい動きの中、どこをどのタイミングで身体強化すればいいのか、とな」

『ほぉ、結果は?』

「走る、とかの単純作業ならともかくとして、近接戦闘なんかの臨機応変さを求められる細かい動きをやる時は、流石に違和感があるな」

『……普通なら、走るだけでもムズいと思うんだよなぁ』

「だからといって、全身を常時強化するなんて無駄が多すぎる」


 浩は首を振りながら言う。

 そのとき、道場の扉が少々乱暴に開けられ、一人の男が中に入ってきた。


「調子はどうですか?」

「「「若!」」」


 道場で修行をしていた男達は、すぐに姿勢を正し、整列しようとする。

 組長と呼ばれた男は、それに手を振って制した。


「良いですよ。ただの様子見ですから」


 そういって、男は道場を見渡した。

 男は短めの黒髪をオールバックにして整えており、顔立ちは青年のように若く見える。

 スーツに身を包んでおり、身長は浩と同じくらいに高い。姿勢が良いからか、はたまた比較的細身であるからか、数値よりも背が高く見えた。

 やがて男の視線が浩に止まると、目を見開いたように驚いた。


「久し振りだな」


 浩は片手をあげて声をかけた。


「浩! いつ戻ってきたんですか!?」

「戻るって……いや、道場に来たのは今日だ。少しお前に用があってな」


 浩と話している男──飯田組の現組長である飯田 努は、不思議そうな顔を浮かべて浩に問う。


「用……それは、緊急性があるものですか?」

「ああ。ついでに二人だけの話にして貰えるとたすかる」


 浩は内心、イーターを含めると三人か、とも思ったが、そもそもイーターは人ではないと考えを改める。


「わかりました。私の地下にある執務室で話をしましょう」



+-+-+-+-+-+-+-+-+-+



 浩が部屋にはいると、努は執務室の少し豪華な木製の扉をパタンと閉めた。


「組の長の執務室がどんなものかと思えば、以外と普通だな」

「見た目は普通の部屋ですが、防音性、機密性に長け、電磁ジャミングにより盗聴器、監視カメラなども機能しません」

「……それじゃあ、そもそも執務出来ないじゃないか」


 数年前に開発された電磁ジャミング装置は、電子を用いるあらゆる機器の動作を阻害する。確かに盗聴器や監視カメラによる盗聴、盗撮は防げるが、そもそも部屋の中でパソコンの類が使えないこととなる。

 無論、テロなどに悪用されないよう、法外の装置であり、政府は対抗装置をすでに開発している。


「まあ形だけの執務室ですからね」


 確かに、飯田組の本拠地が此処ではない以上、この執務室で努が仕事をする事は無いであろう。


「地下にあるのはモンスター対策か」

「そりゃ対人防御は完璧ですが、モンスターには無意味ですから」


 モンスターにはありとあらゆる防御が通用しない。最も有効な手段は、地下に立てこもることである。事実、大都市圏には地下に住居を構える人が多く、全国に地下の避難所が設けられている。また、データサーバー、重要施設、国宝、ライフラインなど、重要性の高い物は地下に保管されることが常だ。

 浩が執務室の質素な調度品を眺めていると、努はデスクの奥の黒塗りの革椅子に座った。


「それで、用件とは?」


 そして座ったまま、努は浩に質問する。

 旧知の仲であるとはいえ、努は一組織の長であり、浩が面会を申し出た立場である以上、この対応は無難であった。

 浩もそれを理解した上で、


「単刀直入に言おう。飯田組に集まるモンスターの情報を、こちらに流して欲しい」


 と切り出した。

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