それでも君を愛している 1
リステラの去った方向を見つめ、呆然と打ちひしがれるアスラン。
その内心は後悔の嵐に見舞われていた。
――なぜあんなことをしてしまったのだろう。リステラを何よりも大事にしていたはずなのに。
一時の感情に身をかられ、逆に彼女を傷つけてしまった。
去り際に見せた彼女の涙が頭から離れない。
最愛の彼女を泣かせてしまった。何よりも大事にすると誓ったはずの、自分が。
――最低だ。本当に僕は……最低な野郎だ。
ダン、と己の不甲斐なさに床を叩いてみるも、何も変わらない。
後悔に塗れながらフラフラと立ち上がったアスランは虚ろな表情で「謝らなければ……」と呟いた。
リステラを傷つけてしまった。謝らなければ。このままでは彼女が遠くに行ってしまいそうで仕方なかった。
走り去ったリステラがどこへいったのかは分からない。
けれど彼女は『柱神』の役目を終えてからまだ日にちが経っていない。
身体を離れていた魂が完全に定着するでは時間がかかるので今のリステラは完全に体調を回復した訳ではない。
そう遠くへは行っていないはずだ。今ならまだ間に合う。
今すぐリステラを見つけ出し、謝って許しを請わなければ。
頭ではそう思うのに、アスランはそれを行動にうつせないでいた。
理由は単純。もし謝ってもリステラに拒絶されたらどうしようという、恐怖だった。
アスランは昔からリステラ一筋だった。彼女のために10年間その帰りを待ちわびる程に、彼女を心から愛していた。
その彼女に拒絶されることは、アスランにとっては己の存在意義を否定されることに等しかった。
それだけ、アスランの中で『リステラ・ジェーン』という存在は大きいものだったのだ。
リステラに拒絶されることへの恐怖。それがアスランの足をすくませ、前に踏み出す一歩を許さない。
「それに……あのことも気になる……」
リステラが告げた言葉。
心の底からの冷たい視線と共に告げられた信じ難い言葉。
『柱神』に選ばれた者と婚約し、その者が役目を終えたら結婚するという、王族のしきたり。
王族が『柱神』の巫女の最期を看取らなければならないという、義務。
そして何より――柱神の巫女が短命であるということ。
リステラはあの時言っていた。それが王族の義務で、アスランが知らないはずはないのだと。
しかしアスランはそんな事は知らなかった。知らされていなかった。
王太子である自分が知らない王族の義務。『柱神』の巫女の真実。そんな事が本当に有り得るのか。
しかしリステラが嘘をつくような存在ではないということはアスラン自身が一番知っていた。
自分が知らない事実を何故、リステラが知っていたのか。
リステラに知らされていて、何故自分が知らないのか。
それは当然、誰かの意図的な作為によるものだ。
だとしたら、答えはひとつ――。誰がそんな事をしたのか。
アスランにはその心当たりがあった。
「リステラとの婚約を報告した時、あの人だけは喜んでくれなかったな……」
父である国王に報告した時、彼は自分のことのように喜んでくれていた。
しかしその隣で、かの人は笑みすら浮かべずひたすら無表情だったことをアスランは覚えていた。
違和感はあったのだ。けれど思い違いだろうと、アスランは深く考えないようにしていた。
まさかあの人がそんな事をするような人だとは思っていなかった。
だがしかし、今よくよく考えてみればリステラと自分の仲を決して快く思っていなかった人物が確かにいたのだ。
だとしたらこの状況はまさにその人物が望んだ状況に思えて他ならない。
――確かめなければ。真実を。
アスランは決意したように立ち上がると、リステラが立ち去った部屋を後にし、目的の部屋へと歩き出した。
その時――。
「――アスラン、こんなところで何をしているのですか?」
扉を閉めた途端かけられた声に、アスランの肩がピクリと震えた。
それは願ってもない好機だった。
アスランが今まさに会いに行こうとしていた人物が、自ら来てくれたのだから。
アスランは一度だけ深呼吸すると、動揺を露にしないように用心深く表情を作り上げる。
そうしてなるべくにこやかな笑顔に見えるように口元を緩ませて、振り返った。
「おはようございます、母上。母上こそこんな朝方からどうかされたのですか?」
一礼しながら、顔を上げると、そこには今まさにアスランが会いに行こうとしていた人物――王妃コーデリアの姿があった。




