9.賢太
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「今日はいける気がするんですよね」
妙泉神社の泉に向かいながら、雪緒は肩を回していた。
「練習で上手くいったのか?」
「いえ。全然です」
「じゃあなんでそんなに自信があるんだよ」
「そりゃなんとなくですよ。やる前から駄目かもしれないなんて考えていたら、上手くいくものもいきませんから」
ポジティブなのは雪緒のいいところだが、もう少し練習を頑張ってからチャレンジして欲しい。
こう毎日付き合わされてはたまったものじゃない。
「あれ?」
泉のほとりには先客がいた。
今どき丸坊主頭に半ズボンという、いかにも野球をしてそうな小学生だ。
先日は未来から来た雪緒で、今日は昭和からタイムスリップしてきた小学生だろうか?
「あ、賢太くん」
雪緒は手を振りながらその小学生に駆け寄る。
「姉ちゃんも来たのか」
「うん。毎日やってるよ。賢太くんも試練に挑戦するの?」
「ああ。姉ちゃんに影響されてやってみることにした」
「雪緒の知り合いか?」
「はい。私にお化け墓地の場所を教えてくれた久慈賢太くんです」
公園で話しかけた小学生と仲良くなるとは、いかにも雪緒らしい。
賢太はじぃーっと睨むように俺を見ていた。
「誰、こいつ?」
賢太は俺を顎でしゃくりながら雪緒に訊く。
あまり好きなタイプの子どもではなさそうだ。
「この人は私の先輩の椿本さん」
「姉ちゃんのカレシ?」
「ち、違う違う。お世話になってる先輩なの」
「ふぅーん……」
賢太は目を細め、胡散臭そうに俺を見ていた。
明らかに俺に敵対心を持っているようだ。
「賢太くんはもう試練をしたの?」
「いや、今からだ」
賢太は手に持っていた小石をふわりと投げる。
小石はコツッと小さい音を立て、岩の上に乗っかった。
「わ、すごい」
一度も成功したことがない雪緒は目を丸くして驚く。
賢太は得意げな顔をし、小石を拾う。
そして同じようにふわっと投げ、二投目も見事岩の上に乗せた。
「よっしゃー!」
「賢太くん、すごい!」
「こんなの余裕だって」
賢太は平常を装っているが、鼻が膨らんでいた。
予想外にうまくいって自分も驚いているのだろう。
「へぇ。うまいな」
俺も関心してしまう。
偶然とはいえはじめてチャレンジして二連続で乗せるなんて、なかなかのものだ。
さすが昭和から来た野球少年だ。
しかし調子に乗ったのか、三投目は岩にすら当たらず、ぽちゃんと泉に沈んでいった。
「あー、惜しい!」
雪緒は自分のことのように悔しがる。
「次は成功させてやる」
賢太は悔しそうな顔をして石を拾った。
「駄目だよ、賢太くん。これは一日一回だけなの」
「えー、マジかよ」
「次はお姉ちゃんの番だよ」
雪緒はいつも通り、三つとも泉の底へと小石を落としていった。
「めっちゃ下手じゃん、姉ちゃん」
「きょ、今日は調子が悪かっただけ」
いつも通りだと思うが、雪緒の名誉のために俺は無言でやり過ごす。
「次はあんたの番だ」
賢太少年は小石を俺に渡してくる。
「いや。俺は七つの試練とかやってないから」
「なんでだよ?」
「こんなもん嘘に決まってるだろ。ていうか賢太もやめとけ。神社の泉に石を投げ入れるなんて罰当たりだ」
「分かった。下手くそだからビビってるんだろ?」
「坊主。悪いがそんな安っぽい煽りはスルーだ」
「出来ないだけだろ。陰キャくん」
賢太は鼻で笑いながら俺を見る。
俺の小学生時代でも、もう少し可愛げのあるガキだった。
「こら、賢太くん。先輩は陰キャじゃないよ。自ら選択して孤独なの」
「ややこしいことを小学生に説明するな」
案の定賢太は怪訝な顔をして首を傾げていた。
「それにこのお兄ちゃんは石投げるのが、すごく上手なんだから」
雪緒が褒めたからか、賢太は面白くなさそうに唇を尖らせる。
「じゃあやってみろよ」
「だからしないって言ってるだろ」
「はいザコ確定乙。じゃあな」
帰ろうとするので賢太の腕を掴む。
「な、なんだよ」
「泉に石を投げる罰当たりなことをしたんだからゴミ拾いをするぞ」
「は? なんだよ、それ」
「罰当たりのあとは徳を積んでプラマイゼロにしないとダメなの、はい、賢太くん」
雪緒はゴミ袋と軍手を渡す。
俺たちがゴミ拾いを始めると、渋々賢太も軍手をはめた。
「てかゴミ落ちてなくね?」
「まあ毎日俺たちがゴミ拾いしてるからな。もうあんまり落ちてない」
「そんなに何回も失敗してんのかよ。姉ちゃん下手くそだな」
「もう、先輩。バラさないでくださいよ」
雪緒は顔を赤らめ、俺の腕を叩く。
ゴミがないので仕方なく俺たちは落ち葉拾いを行った。
こちらはゴミと違い、いくらでもある。
しかし雪緒の腕前だと落ち葉だってそのうちなくなるだろう。
もしかすると神主さんや地元の人に掃除するところを見られ、そのうち表彰されてしまうかもしれない。
清掃を終えたあと、賢太は自転車に乗って帰っていった。
「じゃあ俺も帰るか」
「待ってください、先輩。お見せしたいものがあるんです」
そう言って雪緒は境内の石段に腰を下ろす。
「見せたいもの?」
「これです」
雪緒はカバンからスマホを取り出し、俺に見せてきた。
「機種変したのか?」
「違いますよ。見せたいのはコレです」
そう言いながら雪緒は動画投稿サイト『ビューキューブ』を開く。




