5.甘い考え
マナが言っていた通り、あまり深入りしない方がいいんだろう。
しかし雪緒には、なぜだか惹きつけられる魅力があった。
それは恐らく雪緒がクラスで浮いているということも多少は関係しているのだろう。
もし彼女がクラスの人気者なら、そんなに興味は湧かなかったはずだ。
俺は学校でほぼ誰とも話さず、友達を作らないように心がけ、常に単独行動をしている。
卒業後に切れる縁をわざわざ結びに行く必要はないからだ。
方向性は違えどクラスで孤立している者同士の親近感をかすかに感じていた。
「タイムスリップも結構だが、岩に小石を乗せる試練はやったのか?」
「はい。今日も敢えなく失敗でした。でも一個は乗りかけたんですよ」
運動神経はよくてもコントロールは悪いようだ。
まあ、そういう俺も三回連続で乗せられたのは一度きりだ。
成功した時のはしゃぎっぷりを思い出し、胸の奥が少しチクッとなった。
「もう諦めろ。この試練はかなり難しい。悪いが雪緒には無理だと思うぞ」
「いいえ。諦めません。私に越えられない壁なんてありませんから」
雪緒は胸を反り、自信満々でそう答えた。
木々の間から差した木漏れ日が雪緒に当たり、輝いて見える。
左右非対称の髪型も、こうしてみると何やら神がかったものに見えなくもない。
確かにこいつならどんな壁も乗り越えるのではないかと思わされるだけの華はあった。
「じゃあ好きにしろ。でも俺は付き合わないからな」
「それはそうと先輩、儲け話に興味はありませんか?」
雪緒はニヤリと笑いながら目を細める。
「『七つの試練』なんて成功させても何の願いも叶わない。金が欲しいならそんなことで一攫千金夢見るよりバイトでもしろ」
「『七つの試練』ではなく、もっと簡単に儲ける方法ですよ」
えっ……なにこいつ……
このキャラでまさかヤバいバイトとかしてるのか……!?
儲け話になんて興味はなかったが、雪緒が悪の道に進んでいるのならば止めなくてはいけない。
そんな思いから俺は雪緒に誘われるままについて行った。
「ここです」
到着したのは近くの公園だった。
ここが怪しげなものの受け渡し場所なのか?
それとも詐欺集団と落ち合う場所なのだろうか?
ドキドキしていると、雪緒がスマホを渡してきた。
「はい、先輩」
「え、なに? このスマホに指示の電話がかかってくるのか?」
「シジノデンワ? なに言ってるんですか。それで私を動画撮影してください」
「動画?」
「ほら、はじめますよ」
急かされ、言われるがままに動画撮影ボタンをタップする。
雪緒は鉄棒を掴み、見事な蹴上がりを見せ、連続空中逆上がりを決め、ラストは鉄棒で倒立してから着地した。
「どうでした?」
「いや、普通にすごいけど……なぜこれが儲け話なんだ?」
「ビューキューブに決まってるじゃないですか。もしかして先輩知らないんですか?」
雪緒は怪訝な顔をしながら世界的な動画サイトの名前を挙げた。
「いやビューキューブは知ってるけど」
「この動画をビューキューブにアップするんです。体操系とかパルクールってなかなか人気なんです。再生回数爆上がりで広告収入で遊んで暮らせますよ」
「へぇ、雪緒ってビューキューバーだったんだ」
意外な一面を知り驚く。
「違いますよ。これから始めるんです」
「は? 今から始めるのか?」
「そうです。先輩は映えあるカメラマンに選ばれました」
「いやいや……そんなに甘い世界じゃないだろ。そもそも収益化するのだって厳しい基準があるはずだぞ」
「そうなんですか? 動画アップして再生回数が伸びればお金もらえるんだと思ってました」
雪緒はきょとんとした顔をする。
今どき小学生でも知ってる常識さえ知らずに始める気だったのか、こいつ……
検索してビューキューブの収益化条件を雪緒に見せる。
「登録者数千人、直近一年間で再生時間四千時間以上……」
「な? そんなに甘いもんじゃないんだよ」
「これくらいならイケるんじゃないですか?」
雪緒はきょとんとした顔で俺を見る。
「は? 無理無理。いけるわけないだろ」
「だって私がよく観てるチャンネル、大抵10万人以上は登録者数いますよ?」
「それは死ぬほど頑張ってるからだ。ポンッとやってそんなにいくはずないから」
「うーん、そうでしょうか……?」
「今撮った動画観てみろ」
現実をわからせるために動画を再生する。
「ピントも合ってないし、時間は僅か十二秒しかない」
「ピントが合ってないのは先輩が下手くそだからです。まぁ撮影は徐々に上手くなればいいです。動画の尺は解説入れたりして稼ぎましょう」
「なんで俺がカメラマンすることが決定してるんだよ」
「だって私、先輩しか友達いませんし」
…………は?
俺はいつからこいつの友だちになったのだろうか?
なんだかどんどん雪緒のペースにハマっている気がする。
詐欺被害にでも遭ってるような気分だ。
「動画投稿なんてしてたら身バレするぞ?」
「別に構いません。他人からどう思われようが、別にいいじゃないですか。どうせ既にクラスメイトからはドン引きされてますし」
「そりゃそうかもしれないけど……でも不特定多数に特定されるって気味悪くないか?」
「そんなこと言ったら顔出ししてるビューキューバーの人はみんなそうですって。そんなこと気にしてたら人生楽しめませんよ」
雪緒は屈託なく笑う。
都会育ちの人はみんなこんな感じなのだろうか?
いや、きっとこいつが特別なだけだ。
しかし悩みなんてなさそうなその笑顔は、なんだか少し羨ましかった。




