45.六つ目の試練
慌ててもいいことなんてない。
俺が事故に遭ったりしたら元も子もないし。
俺は車が一台も通らない信号を待ち、青になってから手を上げて横断歩道を渡った。
「何してんの、凛ちゃん」
後ろからやってきたマナがきょとんとした顔で手を挙げた俺を見る。
「あ、いや。別に」
誤魔化すためにもう片方の手も上げて伸びをするふりをした。
その一連のぎこちない動きを見ながら、マナが首を傾げる。
「そ、そうだ、マナ。スマートボールが完成したんだ。マナも来て一緒にやらないか?」
「雪緒ちゃんのために作ってたっていうスマートボール? 完成したんだ。すごいね」
「だろ? かなり苦労した。昨日というか今日なんて徹夜だったし」
「ほえー、すごいねー」
マナは驚き三割、呆れ七割の顔で俺を見る。
「なかなかの出来だからマナも一緒にやろうぜ」
「いや、私はいいや」
「なんでだよ。むかし祭りで一緒にじゃん。こんな時間に帰るなんて部活も休みなんだろ?」
「また今度ね。せっかくの部活オフ日くらいのんびりしたいもん」
「ノリ悪いな」
「だって私は『七つの試練』とかしてないし」
マナは笑いながら手を振り、駅とは違う方面へと立ち去って行った。
家に着くと待ちかねたように雪緒が玄関に駆けてくる。
「おかえりなさい、先輩。さぁやりましょう」
「まさかまだスマートボール見てないよな?」
「もちろんです。ワクワクしながら待ってました」
そのまま俺の部屋に行き、被せてあったシートを剥がしてスマートボールを見せる。
「うわぁ! すごい。ありがとうございますっ! お祭りにある本物みたいですね」
雪緒は目を輝かせながら屈んでスマートボールを見詰める。
「だろ? 我ながら自信作だ」
「本当にこれ、先輩が一から作ったんですか?」
「当然だ。部品なんて一切売ってないから全部作るしかない」
「この湾曲した木材なんてよく見つけましたね。ピッタリのサイズじゃないですか」
雪緒は特に苦労した上部の半球状アーチを指さして興奮する。
「そんな都合のいいもの売ってるわけないだろ。自分で板を曲げて作ったんだ」
「ええ!? そんなこと出来るんですか?」
「まぁな。俺にかかれば造作もないことだ」
本当は悪戦苦闘したのだが、苦労を見せないのがかっこいい気がしてイキがった。
「おお、発射台も滑らかに動く。凄いです、先輩」
「そんなに感動してないで早く挑戦してみろ」
「そうですね。では早速」
ルールは至ってシンプル。
発射台で玉を撃ち、縦横に四個づつ並んでいる穴にボールを入れていく。
縦横斜めいずれかに三列そろえば試練はクリア。
持ち玉は穴の数と同じ十六発だ。
「言っとくけどこれは一日一回じゃないからな。一日に何回やってもいいんだ。俺だって何回もやってクリアしたんだから」
「考案者がそう仰るなら従います」
雪緒はわざとしかつめらしい顔をして頷く。
こんな試練を一日一回しかできないとなると、いつまでかかるか分からない。
素直に従ってくれてホッとした。
「では早速」
雪緒が棒を半分ほど引いて球を撃つ。
発射された玉は半月状のアーチ板にぶつかり、釘に当たって跳ねながら落ちていく。
「あっ、おおー、あー……」
1つ目の球は思わせぶりにあちこちの穴に落ちそう
になりながら下まで落ちてしまう。
「あー、惜しい」
「残念だったな。さあ次だ」
続く球も同じようにポンポンと跳ね回ったが、一番下の列で何とか穴に入った。
「やりましたよ、先輩」
「一個入ったぐらいでドヤるな。三列そろえなきゃ意味がないんだぞ」
「わかってます」
たしなめられてムスッとしながら打った球はまたしてもどこにも入らずに通過してしまう。
結局最初のチャレンジで入った玉は七個で、ラインは一つしか揃わなかった。
「なんか意地悪じゃないですか、このスマートボール」
「こんなもんだって」
「釘が厳しすぎる気がします」
雪緒はムスーっとした表情で釘に顔を近づけて観察する。
「お祭りのスマートボールは景品を取らせないために難しくできているもんなんだよ」
「そこまでリアルに再現しなくてもいいじゃないですか」
雪緒は不服そうな目をしながら釘の傾きを観察していた。
しかし俺は正直少し不安になっていた。
釘の調整は適当に行っていたからだ。
スマートボール作成動画でも釘の調整までは説明されていなかったので、自分の勘だよりだ。
もしかしたらやたら厳しい釘になっている可能性はある。
とはいえ雪緒の目の前で釘をガバガバに調整したら「ヤラセです」と怒られるのは必至だ。
少なくとも今日はこの釘で挑戦してもらうしかない。
「ほら釘なんて見ても分からないだろ。何度もチャレンジしてコツを掴むしかないぞ」
「それもそうですね」
二度目のチャレンジも入ったのは七個。三回目に至っては五個と減らす結果になってしまった。
「あー、もう。難しい」
「そんなもんだって。めげずに頑張れ」
十六個の球を渡すと雪緒は渋い表情を浮かべた。
「お祭りでやったら一回五〇〇円とかするんですよね。そんなにバンバン挑戦していいものなんでしょうか?」
「ここなら無料だから気にするな」
「そうじゃなくて。有料で挑戦していた人に比べると不公平な気がします」
「雪緒って妙なところで真面目だよな」
「真面目じゃありません。ズルをしたらバチが当たりそうか気がして」
「バチなんて当たるか。そもそも俺の考えた適当な伝説なんだから」
呆れながら笑うが、雪緒はまだ不服そうだった。




