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俺の考えたデタラメな都市伝説を信じる美少女後輩に懐かれてしまった  作者: 鹿ノ倉いるか


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42.雪緒のお願い事

 雪緒に案内された場所は病院の裏手にある庭で、確かに見晴らしがいい。

 雪緒がベンチに座ったので俺もその隣に腰掛ける。


「いい眺めだな」


「ですよねー。私のお気に入りスポットなんです」


 雪緒は雑草をブチブチとちぎり、足をベンチの下でブラブラさせていた。

 明らかに何か言い出しづらいことがある様子だった。


「マナに聞いたぞ。体育の授業中に平均台から落ちたそうだな。無理に平均台なんてするからだ」


 話しやすいように茶化すと雪緒は弱々しく笑い、そして言った。


「私、休学することにしたんです」


「……え?」


「来年の春、また一年生からやり直そうかと思いまして。その時には先輩は三年生だから受験ですね」


「そんなに……そんなに悪いのか?」


 雪緒は首を傾げながら頷く。

 無理に笑う姿が痛々しかった。


「最近発症の感覚が狭まってきているし、寝ている時間も長くなってきています。お医者さんが言うには、次発症したらとても長い時間目を覚まさないんじゃないかって」


「長くって……どれくらい?」


「さあ? なにせ症例が極端に少ないみたいで。一週間か、一ヶ月か。まさか一生寝たままってことはないでしょうけど」


 雪緒は冗談を言ったつもりのようだったが、まったく笑えなかった。

 全身から血の気が引いていくのを感じていた。


「大丈夫ですよ、先輩。あくまでお医者さんの見解ですし。それに死ぬわけじゃないんですから」


 雪緒はにっこりと笑って俺の顔を覗く。

 作り笑顔には見えない、本当に楽しそうな笑顔だった。


「そうだな。ちょっと寝ちゃうだけだもんな」


 慌てて笑顔を作ったが、うまくできているか自信はなかった。


「痛いわけでも苦しいわけでもないですしね。まあ生活には多少支障が出ますけど」


「別に学校行かなくても大した問題じゃないしな」


「えー? でも高校出てないと就職とか大変そうじゃないですか。正直将来は不安です」


 雪緒はやや俯き、心細そうな顔をして俺を見る。

 どんなに明るく振る舞っていても、やはり将来のことを考えると心細くなるのだろう。

 俺はそんな雪緒を支えたくて、わざとらしいほど笑顔を作った。


「そんなもんなんとでもなる。それこそ本当にビューキューバーになればいいだろ」


 そう伝えると雪緒はきょとんとした顔になり、すぐに満面の笑みに変わる。


「すごい! それ、名案です。なんで今まで気づかなかったんだろう」


 適当に言っただけだったが、思いのほか雪緒が喜んでくれて嬉しくなる。


「だろ? そのためにはガンガン動画あげないとな。俺も手伝うから頑張ろう」


「はい。よろしくお願いしますね、先輩」


「それにスマートボールも今必死で作ってるから」


「ありがとうございます! 楽しみだなぁ」


 雪緒はベンチの下で脚をぶらんぶらんと振って微笑む。

 些細なことでも喜ぶ、どんなことでも楽しむ。

 それが雪緒の病へ抗う唯一の方法だ。

 雪緒が陽気に振る舞えば振る舞うほど、胸が締め付けられる。


「楽しみだな、本当に」


 胸の苦しみが涙に変わらないよう、秋の空を見上げて呟いていた。


「そうだ、先輩。一つお願いがあるんですけど」


「なんだ? 俺にできることなら何でもするぞ」


「実はですね──」


 雪緒はにっこりと笑ったまま、俺にお願い事を告げる。

 その内容はとても簡単な内容だったが、実行するのはとても難しい内容だった。



 ──

 ────



「ねぇねぇ凛ちゃん! 雪緒ちゃん休学するんだってっ!」


 週明けの月曜日の放課後、マナが驚いた様子で俺に駆け寄ってきた。


「らしいな」


「やっぱ凛ちゃんは知ってたんだ。なんで? 平均台から落ちたことが原因なの?」


「いや。高校を三年間で卒業するって常識を変えてみたいんだって。誰もが同じように生きるってことに疑問を抱いたらしい」


 雪緒伝えてきた『お願い事』とは、彼女が考えた嘘の理由をマナに伝えることだった。

 病気であることを隠すためだとはいえ、こんな身勝手で不信感を与える嘘はつきたくなかった。


 案の定マナは途端に怪訝な表情に変わっていった。


「は? なにそれ。そんなの普通のことでしょ」


「その普通ってことに疑問を抱いたんだって」


「そんな理由で留年していいの? なんか雪緒ちゃんらしいっていうか」


 マナの呆れたような怒ったような顔を見て胸が痛む。

 こんな嘘を付くくらいなら、せめてマナにだけは本当のことをいえばいいのにと強く思ってしまう。

 病気のことで同情されたくないという雪緒の気持ちも分かるが、いくらなんでもやり過ぎだ。


「学校休んでなにするのかな?」


「自転車で遠出したり、動画作成を本格化させたり、アルバイトしたりと忙しいらしいよ」


「そんなの、別に学校行きながらでも出来るくない?」


「それはまあ……やるからには全力でやりたいとかじゃないのか」


 マナは冷たい目をして俺を睨む。


「そんなの甘えだよ。やらなきゃいけないことをして、その上でやりたいことをやる。当たり前のことじゃん。やりたいことだけやるなんて生き方選んでいたら世の中成り立たなくなるよ」


「そんなに責めるなよ。雪緒だって色々考えた上で出した答えだろ」


「そうかな? 何も考えずに適当に出した答えなんじゃない?」


 考えてないわけがない。

 雪緒は悩み、苦しみ、そして諦め、重く受け止めないように無理に楽しもうと休学を選んだ。

 しかし何も知らないマナにそれを理解してくれと願うのは無理な話だ。


「まぁ雪緒が選んだことだ。俺たちが色々言ったって無駄だろ」


 マナから目を逸らし、どうでもいいことのように答える。


「凛ちゃん、嘘ついてるでしょ?」


 マナが静かに問い掛けてくる。


「え?」


 突然の指摘に心臓がばくんと跳ねる。


「幼なじみを舐めないで。凛ちゃんが嘘ついてるときの顔も声も知ってるんだから」


「う、嘘なんか」


「さっき凛ちゃんの心を揺さぶるためにわざと雪緒ちゃんを非難する言葉を並べたの。そしたら案の定凛ちゃんは何か言いたそうなもどかしい顔になった。本当のこと、隠してるんでしょ?」


 マナは俺の瞳の奥を覗き込むように顔を近づけてくる。

 まさかマナにカマをかけられていたとは知らず、つい表情に出してしまっていたらしい。


「私だって雪緒ちゃんが気まぐれやわがままで休学するなんて思ってないよ。何か理由があるんでしょ? 話して」


 こうなってしまったらもうマナは止まらない。

 俺は諦めのため息をつく。


「分かった。けど俺じゃなく、雪緒本人から話を聞け」


 俺はマナを連れて雪緒の家へと向かった。




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