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俺の考えたデタラメな都市伝説を信じる美少女後輩に懐かれてしまった  作者: 鹿ノ倉いるか


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40.不穏

 スマートボールの製作は相変わらず難航しており、雪緒の石投げの技術も相変わらず向上しない。

 そんな状況が一週間ほど続いた十月中旬のある日、事件は起きた。


 授業中、遠くから救急車のサイレンが聞こえた。

 普段なら特に気にもならないのだが、なぜかその時はやけに不吉な音に聞こえた。

 サイレンの音はどんどんと近付いてきて、音が大きくなるのに比例して鼓動が速くなる。

 サイレン音の接近にクラスメイトたちも気付き、教室内がざわつきはじめた。


「ほら、静かに」


 古文の女性教諭が注意するのも聞かず、騒ぎは大きくなっていく。


「絶対この学校に向かってるよね」


 そんな女子の声と共に俺は立ち上がって教室を飛び出した。

 廊下の窓から外を見ると、ちょうど校門から救急車が入ってくるところだった。


「やっぱうちの学校じゃん!」


 俺につられて教室を飛び出していた男子の誰かが興奮気味に救急車を指をさす。

 光るパトライトの赤がやけに禍々しく見えた。


「違うよな……」


 俺の脳内には雪緒の姿が浮かんでいた。


 授業が終わると同時に俺は教室を飛び出し、雪緒のクラスへと走った。

 雪緒のクラスには誰もいない。

 時間割を確認すると前の授業は体育だった。


「あ、凛ちゃん」


 振り返ると少し驚いた顔をしたマナが立っていた。

 火照った頬やうっすらと濡れた毛先が運動後だということを物語っていた。


「雪緒はっ?」


 そう問いかけるとマナは眉をハの字にし、眉間にシワを作りながら首を傾げた。

 話を聞かなくともあの救急車は雪緒のためにやって来たのだと察した。

 俺はめまいを覚え、壁に手をついて踏ん張った。




 体育の授業は器械体操だった。

 跳び箱やマットで基礎的なことをするだけで、雪緒は目立たない程度に手を抜いて参加をしていたらしい。

 しかし雪緒が元体操選手だと知っている男子たちが雪緒に平均台の技を見せてくれと頼んだ。


「えー? 出来るかな?」


 雪緒は少し困った顔をしながらも、平均台に立った。

 平均台と言っても試合で使う本格的なものではなく、三十センチ程度の高さのものだ。

 体育の授業ではバランスを取りながら歩く程度にしか使わない。


 雪緒は前方転回をしたあと台の上でターンをする。

 そしてロンダートを決め、その流れのままバク転をしようとした。

 しかし着地がうまくいかず、そのままマットの上に落ちてしまう。


「寒河江さん、大丈夫!?」


 先生が慌てて駆けつけ、クラスメイトたちも倒れる雪緒を囲んだ。

 雪緒は特に目立った怪我などはしてなかったが、気絶したかのように呼びかけても動かなかったらしい。

 先生は慌てて救急車を呼び、病院へと搬送された。


 これがマナの知っている全てだった。


「バク転は成功していたけど、着地をミスったって感じで。だから頭とかは打ってないはず」


「そうか……」


 雪緒は頭を打って気絶したわけじゃない。

 緊張して意識を失ったのだろう。

 恐らくはじめて『眠れる森の美少女』が発症したときのことがフラッシュバックして。


「病院はどこだか聞いているか?」


「え? ううん。そこまでは聞いてない」


「そうか。ありがとな」


 教師も雪緒の病気のことを知っている。

 だとすれば搬送されたのはいつもの病院だろう。

 俺はカバンも持たず、早退することを教師にも告げずに校舎を飛び出した。


 雪緒のバカが。

 平均台なんて断ればいいだろ。

 気まずい空気になるのが嫌で断らなかったに違いない。

 病院に行って説教してやる。

 どうせ俺が着いた頃には目覚めてて、「どうしたんですか、先輩? 汗だくじゃないですか」と惚けたことをいうに違いない。


 電車とバスを乗り継ぎ、雪緒が普段からお世話になっている病院へと急ぐ。

 胸が苦しいのは走っているせいだと自分自身に言い聞かせながら。


 病院の総合受付で確認すると、やはり雪緒は搬送されていた。

 あらかじめ雪緒のご両親が話をしてくれていたようで、病室へと案内された。


 大部屋の入り口に『寒河江雪緒』と書かれていることを確認し、一度呼吸を整えた。

 手のひらで自分の顔を撫で、強張ってないか確認してから病室に入る。

 雪緒は一番奥の窓際のベッドだ。


「何やってんだよ。しばらくやってないのにいきなり平均台なんてやるなよな」


 笑いながらカーテンを開けると、いろんなコードに繋がった雪緒がベッドの上に横たわっていた。

 静かにまぶたを閉じて眠る姿は演技でもないことを想像させる。


「椿本くん、来てくれたのね。ありがとう」


 ベッドの傍に座っていたおばさんが立ち上がり、隣の席に俺を促す。


「雪緒さんはまだ起きてなかったんですね。すいません」


「ええ、まだ寝てるわ。せっかく来てくれたのにごめんなさいね」


「いえ、そんな……」


「あら? まだ学校が終わる時間じゃないわよね?」


 おばさんは時計を見て少し咎める目をした。


「すいません。救急車で搬送されたって聞いて、居てもたってもいられなくて」


「仕方ないわね。今から戻っても間に合わないでしょうから今日だけ特別ね」


「ありがとうございます」


 お礼を言いながら雪緒の顔を見下ろす。


「若いっていいわねー」


 おばさんは笑いながら椅子に座る。

 それに釣られるように俺も隣に腰掛けた。




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