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俺の考えたデタラメな都市伝説を信じる美少女後輩に懐かれてしまった  作者: 鹿ノ倉いるか


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39.愛の力

 しかし既に勢いはヘロヘロで、今にも足がつきそうだ。

 これで失敗したら体力も気力も切れて、今日は無理だろう。

 今回が正念場である。


「いけるぞ、あと一息だ! 辛かったら少し蛇行しながら登れ」


「は、はいぃぃー!」


 そう叫ぶと雪緒はいきなりVaundyの「怪獣の花唄」を大声で歌い始めた。

 歌ったことが良かったのか、雪緒の動きは目に見えて良くなり、止まりかけていたのが嘘のように進み出す。


「もっっっとぉー!」


 俺も一緒になり歌い出す。

 雪緒は顔を真っ赤にしながら歯を食いしばって近付いてくる。

 なんだかちょっとブサイクだが、それが余計に可愛く思えた。


「よくやった! ゴールだ!」


 雪緒が頂上に辿り着く。


「あー、もう無理です」


「わ、バカ!」


 自転車に跨ったまま雪緒がふらりと倒れかかったので慌てて抱きとめる。


 雪緒を道の端に座らせ、二台の自転車も通行の邪魔にならない場所に停めた。

 雪緒はゼェゼェと息を切らしているので、坂の頂上に設置されている自販機でミネラルウォーターを買ってきてキャップを開けて渡す。


「ありがとうございます」


 雪緒は砂漠で遭難した人のように呷る。

 口の端から水がこぼれ落ちる水も気にしないほどの飲みっぷりだ。


「初見クリアとはさすが雪緒だな」


「先輩は本当に小学生の頃に登りきったんですか?」


「まぁな。当時はあちこちチャリで駆け回っていたから。チャリ暴走軍団ダークドラゴンの総長だった」


「ぷははははっ! なんですか、そのダサいネーミング」


 雪緒は膝を叩いて笑う。


「うるさい。『穴開きチャンネル』には言われたくない」


「えー? 全然違います。一緒にしないでくださいよ、ダークドラゴン総長」


「変なあだ名つけるな」


 道端で座り込んで笑う俺たちを、通りすがりのおばちゃんが変な目で見て通り過ぎていく。


「しかしなんでいきなり歌い始めたんだ?」


「なんとなくです。歌うと力出ませんか?」


「まあそうかもな」


 雪緒はふくらはぎを揉みながら空を見上げる。

 つられて俺も空を見上げると飛行機が雲を引きながら飛んでいた。

 不意にどこか遠くへ行きたいと感じた。

 日本以外のどこかに。

 台湾でもイタリアでもグアムでもいい。

 行ったこともないところに雪緒と行ってみたかった。


「さあ残すは妙泉神社とスマートボールだけですね」


「そうだな。スマートボールはまだ作ってるところだから待っててくれ」


「どれくらい出来たんですか?」


「まだ全然。簡単そうに見えて作ろうとしたらなかなか難しいんだな、あれ」


「なるべく早くお願いします。時間がないので」


 雪緒は少し真剣な顔で俺を見る。

『眠れる森の美少女症候群』はかなり身体を蝕んでいて、雪緒は肌でそれを感じているのだろうか。

 確かにそうであれば時間はあまりない。


 もちろん『七つの試練』なんてクリアしても願いは叶わないが、達成出来なかったら心残りになってしまう。

 そんな思いはさせたくなかった。


「スマートボールは任せておけ。それより雪緒は石を投げる練習しとけよ。いい加減にしないと泉の周りの小石がなくなるぞ」


 重い空気にならないよう、笑いながら雪緒をからかう。


「ひどい。そんなに下手くそじゃないです」


 雪緒も笑いながら俺の腕をペチンと叩く。

 幸せ過ぎて不意に涙が込み上げてきてしまう。

 俺は急いで空を見上げた。飛行機は既に雲だけを残してその姿を消していた。



 その日の夜、俺はスマートボール作りに専念した。

 雪緒の病気を新薬を開発するかのように、真剣に取り組んだ。

 こんなことをしても雪緒の病を治すことは出来ないことくらい分かっている。

 それでもじっとしていられなくて祈るような気持ちで作業していた。


「あら、凛ちゃん。まだ起きてたの?」


 お母さんが部屋に入ってきて驚いた顔をする。

 時計を見ると既に十二時を回っていた。


「もうこんな時間だったんだ」


 伸びをすると背中の筋肉にこりを感じた。

 長い時間同じ姿勢で作業していたことを実感する。


「いったい何を作ってるの?」


 そう訊きながらお母さんは床に散らばったベニヤの切り屑を拾う。


「ちょっと雪緒に渡すものを作ってる」


 そう答えるとお母さんは残念な生き物を見る目で俺を見た。


「凛ちゃん、女の子はもっとアクセサリーとか洋服とかお洒落なものが好きなのよ。ベニヤ板の工作をもらって喜ぶのは小学生の男の子くらいだから」


「違うって。プレゼントじゃない。スマートボール作ってるんだよ。七つの試練のためだ」


「あー、そういえば温泉地に行っても思っていたものがなかったって言ってたわね」


「そう。で、俺が作ることにした」


「あらー、優しいのね」


 お母さんはからかう目になり、粘着ローラーでコロコロとおが屑を掃除する。


「行きがかり上しょうがないだろ。雪緒は本気で病気が治るって信じてるフシがあるし」


「きっと治るわよ」


「そんなわけないだろ。あんなもんいい加減な伝説なんだから」


「伝説のほうじゃないわよ。愛の力。愛はすべてに打ち勝つ力があるんだから」


「何その臭いセリフ」


 愛の力というものが本当にあったとして、原因不明の奇病にも勝てるのだろうか?

 もしそうならば俺は愛を込めて世界最大のスマートボールでも作ってやる。


 そんなことを思いながら、俺は作りかけのスマートボールをベッドの下にしまっていた。




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