37.海辺のパルクール
「どうでしたか?」
雪緒は笑いながら俺の元へと駆け寄ってくる。
しかし砂浜を走り慣れていないためか、足を取られて豪快に転んだ。
「おい、大丈夫か?」
慌てて駆け寄ると雪緒は立ち上がって砂を払う。
「全然平気です」
「派手なパルクールをするくせに砂浜も走れないとは情けない」
「わざと転んだんです。おっちょこちょいなところを見せて愛嬌を演出しただけですから」
「嘘つけ。転ぶ瞬間、相当焦った顔してたぞ」
その時の顔真似をすると、雪緒は無言で俺の肩をペチンと叩く。
「次はテトラポットでのパルクールです。ぴょんぴょん跳びながら渡っていきますね」
「やめとけ。砂浜でコケるような奴には危険すぎる」
「砂浜は足を取られやすいだけです。コンクリートのテトラポットなら大丈夫ですから」
「テトラポット舐めんなよ。風に舞って砂がかかってる場所あるし、波で濡れてるとこもある。藻があって滑るとこだってあるんだぞ。しかも落ちたら頭打ったり脚や腕を骨折する可能性だってある」
そこまで説明すると、さすがの雪緒も少しビビった顔をした。
「い、いきなりチャレンジはしません。まずは下見がてらゆっくり移動して確認しますし。ちゃんと練習してからやりますから」
「そもそも雪緒が出来たとして、どうやってそれを撮影するんだ? テトラポットの上で動画撮影しながら雪緒を追いかけるとか、俺不可能だからな」
「先輩は動かずに固定カメラで撮ってくれたらいいです」
「それじゃダイナミックさが伝わらないだろ。そもそもテトラポットなんて高さまちまちなんだし、見えづらいし、なにやってるのか分からない映像しか撮れないぞ」
「うー……それもそうですね」
雪緒は渋々テトラポットを走るという無謀なパルクールを諦めてくれた。
防潮提を登ったり、テトラポットから砂浜に飛び降りてローリングするといった無難なものに変えて撮影をした。
撮影後、砂浜に座り二人で撮り終えたものを確認する。
「あー、なんだか地味ですね」
「そうか? 充分凄いと思うけどな」
「こんな動画じゃバズりませんよ」
「じゃあスカートを穿いて再チャレンジするか? きっと大バズリするぞ」
笑いながらからかうと、雪緒は冷めた目で俺を睨む。
「先輩のえっち。そんなことしか考えてないんですか?」
「失礼なこと言うな。俺はバズるアイデアを出したまでだ」
「バズる前にBANされます」
雪緒は靴を脱ぎ、中には入った砂を出す。
サラサラと落ちる砂は夕日に照らされ、宝石のように輝いて見えた。
その美しさに見惚れていると、雪緒がじっと俺を見詰めてきた。
「先輩、ありがとうございます」
「え、なにが?」
「先輩が心配して病院に来てくださったと聞いたとき、本当に嬉しかったし、心強かったんです」
「心強いって言われても、ただそばにいただけで、なんにもしてないし」
「それだけでいいんです。誰かがそばにいて、心配してくれているってだけで、嬉しいんです」
雪緒は悲しそうな顔になりかけ、慌てて笑顔を作る。
「私が寝ている間も世界は進んでいきます。なんだか自分一人が取り残されてしまうような、そんな不安に駆られることもあるんです。でも先輩がそばにいてくれると、待っていてくれているような気がして」
「雪緒は取り残されてなんていない。心配するな」
俺たちはしばらく無言で見つめ合う。
普通の男女の高校生なら、ここで思いを伝えたり、キスをするのだろう。
しかし俺にはそれが出来ない。
『始まり』は『終わり』への入り口でもある。
終わりがくれば雪緒を傷つけてしまう。
でも始まらなければ終わることもない。
身勝手な思いを押し殺すことが、俺なりの雪緒への愛の示し方だ。
「さて、そろそろ帰るか」
雪緒から視線をそらし、立ち上がってズボンの砂を払う。
「はい、そうですね」
雪緒も立ち上がり、お尻の砂を払う。
これでいい。
俺たちはこれまで通り先輩と後輩の関係を続けていこう。
「自転車まで競走ですよ、先輩」
そう言うなり雪緒は走り出す。
「おい、ずるいぞ」
慌てて追い掛けると、雪緒は勢いよく転んだ。
「大丈夫か?」
慌てて駆け寄ると雪緒は恥ずかしそうに立ち上がる。
「やっぱり砂の上って走りづらいです」
「少しは慣れろよ。マヌケだな」
俺たちは声を上げて笑う。
浜辺の風は冷たくて、もうすっかり秋だということを俺たちに伝えていた。




