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俺の考えたデタラメな都市伝説を信じる美少女後輩に懐かれてしまった  作者: 鹿ノ倉いるか


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31.凛之助のおいたち

「雪緒が可愛いのかはさておき、同情されると愛されキャラになるっていうのは、なかなかいいアイデアかもな」


「でしょ? よかったら先輩もこの作戦を使っていいですよ」


 俺はさっそく実践すべく、一度大きく息を吸った。

 あるいは心の傷を見せられ、自らの傷も見せてシンパシーを感じ合いたかったのかもしれない。


「実は俺のお母さん、俺を産んだ人ではないんだよね」


 五年ぶりくらいにその事実を他人に伝える。

 雪緒は一瞬目を大きくさせたが、静かに俺の話の続きを待っていた。


「あんまり驚かないんだな?」


「驚いてますよ。でもそう言われてひとつ謎が解けました」


「謎?」


「先日お邪魔させてもらったとき、アルバムをたくさん見せてもらったじゃないですか。でもあのアルバムには赤ちゃんのころの写真が数枚しかなかったんです。その数枚の後に突然小学校高学年くらいからの写真があったので不思議だなって思いました。先輩とおばさまは血の繋がりはなかったんですね」


 何も考えてなさそうに見えて、意外とよく見ている奴だ。


「血の繋がりはある。お母さんは、その、妹なんだ」


『本当のお母さんの』という言葉を省いたので、意味不明な言葉になってしまう。

 しかしあの人を『本当のお母さん』だなんて口が裂けても言いたくなかった。


「妹……それはつまり先輩の『生物学上の母親』の妹ってことですか?」


「そう、そういうことだ」


 俺は嬉しくて、思わず笑ってしまった。

 言葉足らずでも理解してくれたことはもちろんのこと、『本当のお母さん』という言葉を使いたくない俺の気持ちも理解してくれたことに。

 しかも『生物学上の母親』という言い回しもなんだか気に入った。


「俺が小学五年生の頃、『生物学上の母親』は俺を捨てて出ていった。それから俺はお母さんに引き取られて暮らしている」


 雪緒は黙って頷き、俺の話の続きを待っていた。


「生物学上の母親と父親は仲が悪かった。俺の最初の記憶は怒鳴りながら暴れる男と、泣きながら感情的に喚き散らす女だ。夫の方は浮気とギャンブルを繰り返し、ろくでもない人だった。でも子どもの俺としては辛かったのは妻の方だったよ」


 雪緒の表情は痛みを耐える時のように歪んでいた。

 そんな姿を見ながら話している躊躇してしまうかもしれないので、俺は目を閉じて当時のことを思い出しながら話を続けた。



 生物学上の母親の方は、いつも俺に言っていた。

『お前がいなきゃとっくに離婚している』

『あんな大人にはなるな』

『あいつは自分の子どもすら愛していない』

 繰り返し繰り返し、何度も聞かされてきた。


 また俺がなにか彼女の気に入らないことをしたら『あの男にそっくりだ』と言って叱った。

 子どもだった俺はすっかり洗脳され、生物学上の父親を悪い奴だと認識した。

 だから近寄らないようになり、それが余計に彼を刺激して『可愛げがないガキだ』と叩かれたりもした。


 俺が小学三年生の頃、遂に二人は離婚した。

 ろくでなしの男がいなくなったのだから、これでようやく平和が訪れると子どもながらに安心した。


 けれど、そうはならなかった。


 二人きりの生活が始まり三ヶ月もすると、彼女は四六時中イライラし、その怒りの矛先は息子である俺に向けられた。

 手伝いをしないと叱られ、成績が悪いと詰られ、たまに手伝いをすると余計なことしてと不快な顔をされた。


 今に思えばシングルマザーになり、心労やストレスは相当のものがあったのだろう。

 もしくはあんな男でも出ていったことを悲しんでいたのかもしれない。

 しかし当時の俺はまだ幼くて、そんなことは理解できなかった。

 悪魔のような男がいなくなったのに、なぜこの人はまだ怒っているのだろうと不思議だった。

 とにかく女に嫌われたくなくて、いろいろ気を遣ったり、努力をした。


 離婚から一年くらいたった頃、変化が訪れた。

 女の帰宅が遅い日が増え、俺は一人で過ごす時間が増えた。

 後で思えばあの頃から新しい恋人が出来たんだろう。

 生物学上の母親はイライラすることも少なくなり、俺は内心ホッとしていた。

 その後に捨てられる事も知らずに。


 そんな生活が半年ほど続いたある日のこと、女は珍しく俺を連れてショッピングモールに出掛けた。

 二人で出掛けることなどほとんどなかったので、俺は純粋に嬉しかった。

 新しい服を買ってもらい、新しいおもちゃも買ってもらった。

 ようやく小さくなりすぎた服を捨てられる。

 新しいおもちゃでも遊べる。

 何もかも全てが今日から良くなっていくんだ。

 俺はそう信じていた。


 買い物のあとはフードコートに向かった。

 普段外食なんて全くしないのでテンションがブチ上がった。

 ラーメンにお寿司、ハンバーガー、うどんにオムライス、デザートのアイス屋まで揃っている。


「何でも好きなものを食べていいのよ」


「えっ、ホントに!? なんでもいいの!?」


 俺はフードコートを何周もして、逡巡の末に海鮮丼とハンバーガーという食い合わせを無視した注文をした。

 女は笑みを浮かべ、海鮮丼を頬張る俺を見詰めていた。

 それは憂いや迷いなど微塵も感じさせない、穏やかな笑顔だった。


「ちょっと用事があるから食べながらここで待っててね」


「分かった」


「お母さんすぐ戻るから、ちゃんと待ってるのよ」


 女は小さなハンドバッグを持ち、スマホをちらっと確認しながら立ち上がる。

 席を立ったアイツは振り返ることなく、そのまま人混みの中へと消えていった。


 それが生物学上の母親を見た最後だった。


 食事が終わっても彼女は戻ってこなかった。

 退屈になり、俺は買ってもらったおもちゃを開けて遊ぶ。

 家に着く前に開けたら怒られると思ったが、ただ一人で待っているのはとにかく退屈すぎた。


 一時間くらいが過ぎ、さすがに不安になってきた。

 探しに行こうと思ったが、どこに行ったのかわからない。

 それに探しに行ってるうちに向こうが戻ってきたら入れ違いになる。

 とにかく言われた通りに待つしかなかった。



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