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俺の考えたデタラメな都市伝説を信じる美少女後輩に懐かれてしまった  作者: 鹿ノ倉いるか


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28.スマートボールの勘違い

「疲れてるんじゃないか? 朝早かったんだし、少し横になってからでもいいんだぞ」


 そう提案すると雪緒は少しムッとした。


「私が病気だからって気を遣いすぎです。別に大丈夫ですから」


「そうか。ごめん」


「……私の方こそすいません。先輩は優しさで言ってくださってるのに。でも先輩には病気の可哀想な子って思われたくないんです」


 雪緒は顔の筋肉に無理をさせたような笑みを向けてくる。

 旅行のせいなのか、夕暮れ時がそうさせるのか、雪緒はいつもよりも少し儚げに見えた。


 肩を抱いて励ましてやりたい衝動に駆られたが、二人きりの部屋で身体に触れるのは先輩と後輩の域を逸脱する気がして思い留まる。


「今日は一日中楽しかったから、全然発症しそうにならなかったんです」


「じゃあ食事中のトークも頑張らないとな。つまらないこと喋ってたら体調崩されちゃうし」


「そう。そのくらいの感じでイジってもらえると嬉しいです」


 今度は顔の筋肉に負担をかけない柔らかな笑みを浮かべた。


「しかしいきなり寝ちゃうって、本当に変わった病気だよな」


「なんか眠れる森の美女って感じですよねー。十五歳だから美少女か」


「美少女とか自分で言うな、おこがましい」


「失礼ですよ、先輩」


「さっき自分からイジって欲しいって言ったんだろ」


「イジっていいのは病気のことです。見た目のことじゃありませんから」


 雪緒はむくれながらお菓子の包み紙を丸めたゴミを俺にぶつけてくる。

 結構本気で怒っているようだ。


「よし、じゃあこれから雪緒の病気のことを『眠れる森の美少女症候群』って呼ぼう」


「私を美少女だって認めたってことですか?」


「まあそういうことでいい」


「なんですか、その曖昧な返事は。あ、ちょっと待ってください。白雪姫も眠るんじゃなかったでしたっけ?」


「そういえばそうだな」


「じゃあ白雪姫にしましょう。私のことは姫って呼んでください」


「調子に乗るな」


「絶対白雪姫ですよ。ほら、名前にも『雪』が入ってるし」


 どうやら機嫌は直ってくれたようだ。

 俺は雪緒を無視して出掛ける支度を始める。



 白雪姫か眠れる森の美女かの論争を切り上げ、俺たちはホテル周辺の商店街にあるというスマートボール店へと向かった。

 雪緒はホテルを出てすぐだと言っていたが、実際は五分ほど歩いたところにあった。

 古い記憶というのは景色は鮮明でも、距離感はバグりやすいものだ。


「ありました、先輩! あそこです」


 店先には確かにスマートボールという看板が出ていた。

 ガラスの引き戸の向こうにはたくさんのスマートボールが並んでいる。

 店内には湯治客と思われる浴衣姿の人がちらほら見受けられた。

 まさに昭和の遊技場といったレトロな雰囲気が漂っていた。


「よぉし、ちゃちゃっと三列揃えちゃいますからね」


「甘いって。スマートボールはそんなに甘いもんじゃない。ちゃんと釘を見て、玉を打ち出す勢いを調整しないと一列も揃わないからな」


 見た目よりも随分とスムーズな引き戸を開けて店内に入り、隙間なく並べられたスマートボールの台を見る。


「あっ……」


「ええっ!?」


 俺たちは同時に声を上げる。

 スマートボールの台は縦横に四個づつ穴があいたタイプではなく、「5」とか『15』と書かれた穴が6つほど空いたものだった。


「え、なんですか、これ?」


 慌てて他の台にも目を向けるが、どれも似たような構造で、縦横に並べるビンゴのようなタイプの台は一つもなかった。

 どうやら5と書かれた穴に入れば珠が五個払い出しされるタイプのもののようで、獲得した珠の数で景品がもらえる仕組みのようだ。


「どうやらこの店にあるのはこういうタイプだけみたいだな」


「そんなぁ……せっかくここまで来たのに」


「仕方ないだろ。そもそも縦横に並べるスマートボールっていうのは祭りの縁日くらいにしかないものなのかもしれない」


「あー、どうしよう……こんな遠くまで先輩をお連れしたのに目的のものがないなんて……」


 雪緒は頭を抱えて蹲る。


「落ち着け。別に俺は七つの試練なんて挑戦してない。俺に謝る必要はないから」


「そうかも知れませんが、先輩は私の願いを叶えるためにわざわざ付き合ってくれたんですよ。それなのに肝心のスマートボールが違うものだなんて終わってます」


「まぁまぁ。そんなに落ち込むなよ」


 雪緒の肩を抱いて立ち上がらせる。

 店員や客は何事かとこちらを見ていた。


「取り敢えずスマートボールしてみるか?」


「とてもそんな気持ちにはなれません」


「でもせっかく来たんだし。本番の時の練習だと思って」


「なんだかどっと疲れてしまいました。ホテルに帰りましょう」


「そうか。わかった」


 あんまりがっかりしたり、悲しい気持ちにさせると『眠れる森の美少女』が始まってしまうかもしれない。

 ここは一旦ホテルに戻り、気持ちを落ち着けたほうがよさそうだ。



 ホテルまでの道中、雪緒は一言も喋らずため息ばかりついていた。

 落ち込むのは分かるが、このままだと『眠れる森の美少女』を発症しかねない。

 なんとか気分を上げさせようと俺は柄にもなく必死だった。


「帰ったら夕食にするか? それとも温泉?」


「部屋風呂に入ってそのまま寝たい気分です」


「そんなこと言うなよ。せっかく温泉地に来たんだし」


「温泉はついでです。私はスマートボールをしに来たんですから」


「でも魚は釣れただろ。一つクリアしたんだから収穫あっただろ」


「今に思うとあれも先輩が釣ったような気がしてきました」


「そんなことない。釣り上げたのは雪緒なんだから」


「それはまあ、そうですけど」


「スマートボールは俺がなんとかするから、取り敢えず旅を楽しもう」


「先輩が? どうやってですか?」


 雪緒は少し期待を滲ませた顔で俺を見る。


「それはこれから考える。大丈夫。頼りになる先輩に任せておけ」


「先輩ってそんなタイプでしたっけ?」


 雪緒がほんの少し口元を緩めて微笑むのを見て、心が温かくなった。



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