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俺の考えたデタラメな都市伝説を信じる美少女後輩に懐かれてしまった  作者: 鹿ノ倉いるか


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22/48

22.噂

 ──

 ────



 雪緒の噂は一年生だけに留まらず、二年生にまで広がっていた。

 はじめは変な髪型の美少女がいるという話が広まった。

 チャラい男子の中にはその見た目に惹かれてコクった奴もいる。

 しかし雪緒は『やがて月に帰らなくてはいけないので誰とも付き合えない』と、かぐや姫のような理由で断ったらしい。


 そうすれば頭のおかしい奴と思わせることで興味をなくさせることができるし、相手も傷つけない。

 雪緒らしい色白くて上手な断り方だと感心した。


 しかし一般常識をはるかに逸脱したその断り方は、さすがに世間的には受け入れられなかった。

 一気に雪緒の奇人ぶりが学校中に広まった。


 友達は一人もいない。

 あまりに奇行が目立つので東京から逃げてきた。

 昼休みにUFOを呼ぶダンスをしている。

 片足上げのケンケンをしながら駅から学校まで来たことがある。


 本当のこともあればデマもある噂が拡散されていた。

 恐らく振られたやつが腹いせに噂を流しているのだろう。

 雪緒の耳にも入っているのだろうが、まったく本人はまったく意に介した様子もなく過ごしていた。

 それどころか一度片足ケンケンで登校して、その噂を逆に真実にさせたて楽しんだりもしている。

 本当に大したやつである。


 雪緒の理解不能で自由すぎるという行動原理は、退屈せずに緊張してもいけないという病気に起因するものだ。

 しかしそれを学校で知っているのは、教師を除けば俺しかいない。


 思い切って事情を説明すればいいとアドバイスをしたこともあったが、雪緒に断られた。

 自分に関係ない人間にどう思われようが構わないというのがその理由だ。

 相変わらず鋼のメンタルぶりである。

 仕方ないので俺だけは雪緒の理解者でいようと改めて心に誓った。



「ほんと、雪緒ちゃんは自由だよねー」


 マナは呆れた顔で笑う。

 今日はマナの部活が休みだったので、珍しく一緒に帰宅していた。

 珍しくというか、高校生になってからははじめてのことだ。

 雪緒は早退したらしいので、二人での帰路である。


「またなんかやらかしたのか?」


「二時間目に居眠りしてさ。授業が終わってもまだ寝てたんだよ。先生も呆れてるみたいで注意すらしなかったし」


「えっ……ずっと寝てたのか?」


「そう。二時間目の間、ずーっと。次の授業始まってしばらくしたら起きてたよ。まぁ今さら雪緒ちゃんが居眠りしたくらいでは誰も驚かないけどね」


 マナは積極的に雪緒と関わってはいないが、嫌ってもいない。

 一応友達として認めてくれているようであった。


「そうか……」


「そのあとお昼休みのときに早退したみたい。まだ眠かったから帰ったのかな?」


 愉快そうに笑うマナの隣で作り笑いを浮かべる。

 学校で発症が頻繁になれば通常の生活も困難になってしまう。

 雪緒もその恐怖に押しつぶされそうになっているのではないだろうか?


 いや、待てよ……

 病気とは無関係で、単に居眠りをしていただけなのかもしれない。

 なにせ傍目には寝ているようにしか見えないのだから。

 授業中に寝るなんて、いかにも雪緒がしそうなことだ。

 きっとそうに違いない。


 そもそも本人も『ただの居眠り』と『発症』の違いを理解できているのだろうか?


「──ねぇ凛ちゃん、聞いてるの?」


「え? あ、ごめん。なに?」


「もう、聞いてなかったの? 雪緒ちゃんって夜更かししてるのかなって」


「そんな私生活まで知るかよ。まあ意外と夜中に勉強してるんじゃないのか? 知らないけど」


「あー、それはありえる。だって雪緒ちゃん、成績いいもんね」


 苦し紛れのデタラメだったが、マナは妙に納得していた。


「ところでマナ、雪緒って一人でお昼を食べてるのか?」


「うん。一度一緒に食べようって誘ったんだけど断られてさ。私の友達も『何で誘うの?』みたいな顔してたから、それからは誘ってなくて」


 マナは申し訳なさそうに俺を見る。


「そりゃそうだろうな。みんな学校一の変わり者と一緒に弁当なんて食べたくないだろうし」


「別に悪い子じゃないんだけどね」


「まぁな。でも理解するより関わらない方が楽だからな。仕方ないだろ」


「それはそうだけど……」


「別にマナが責任を感じるようなことじゃない。」


 とはいえ昼休みに突然発症してしまったら、誰かがそばにいないとちょっと問題だ。

 たが事情を知らないマナにそこまで雪緒をフォローして欲しいとはさすがに言えない。


 雪緒は嫌がるかもしれないが、俺が一緒に食べたほうがいいだろうか。

 雪緒は学校で俺と絡むのを拒んでいた。

 はっきりと明言はしないが、恐らく変わり者の自分といたら俺に迷惑がかかると思っているのだろう。

 しかしそんなこと言ってられない状況になってきているのかもしれない。


 モヤモヤしながら帰宅すると玄関にローファーがあった。


「ん?」


 不思議に思っているとリビングからお母さんの笑い声が聞こえてきた。


「えっ、まさか?」


 慌てて靴を脱いでリビングに向かうと──


「あら凛ちゃん、おかえりー」


「お邪魔してます、先輩」


 お母さんと雪緒が俺の小学生の頃のアルバムを広げて談笑していた。


「『お邪魔してます』じゃない。なんで雪緒が俺の家にいるんだよ」


「先輩のお母様にお詫びに来たんです」


「お詫び?」


「はい。最近私に付き合ってもらっているんで帰りが遅くなることがあるじゃないですか。そのご説明とお詫びです」


 雪緒は平然とそう答えてにっこりと笑う。

 なんの連絡もなく一人で俺の親に会いに来るとか、相変わらず雪緒の思考回路は予測不能だ。


「『ご説明とお詫び』をしに来たのに、なぜリビングで談笑しながら俺の子供の頃のアルバムを見てるんだ?」


「それはまあ、成り行きと言いますか」


「別にいいじゃない。私が勝手に見せたのよ。ね、雪緒ちゃん」


「はい、おばさま」


 俺がいない間に二人はすっかり意気投合していたみたいだ。

 俺を無視して二人でアルバムをめくっていた。


「赤ちゃんの頃の先輩、可愛い」


「でしょー。産まれたときは天使かと思ったのに」


「『のに』ってなんだよ、『のに』って」


 お母さんにツッコむが、まるで聞こえてないかのようにこちらを見ない。


「あ、これは運動会ですか? 先輩ちっちゃい。かわいー!」


 雪緒は笑いながら写真に顔を近づける。


「そうだ、中学生のときにキャンプに行った写真で面白いものがあるのよ。川で溺れかけて半泣きしている写真。ちょっと待ってて」


「わー、見たいです」


「俺の黒歴史を抉るなよ」


「凛ちゃんは夕飯作ってて。今日の当番は凛ちゃんでしょ」


 止めたところで無意味そうなので俺はキッチンに立つ。

 お母さんと雪緒が盛り上がる声を無視し、ハンバーグを作っていく。


「てかいつまでいるんだよ。もう六時だぞ」


 ひき肉をこねてヌメヌメになった手を洗いながら指摘すると、雪緒は驚いたように時計を見上げた。


「あ、本当ですね。帰らないと」


 雪緒は名残惜しそうに鞄を手に取る。


「凛ちゃん、送っていきなさい」


「雪緒の家は結構近所なんだよ。まだ大して暗くもないし大丈夫だろ」


「そうなんですよ。ご心配なく」


「駄目よ。帰っている途中で眠っちゃったら大変でしょ」


 お母さんは首を横に振りながら俺を咎める。


「えっ……雪緒、お母さんに病気のこと話したのか?」


「はい。言いましたけど?」


 雪緒はきょとんとした顔で俺を見ていた。


「いや……何ていうか、その、そんなに簡単に教えていいのか?」


「もちろんです。先輩のお母様には伝えておかないと、突然私が寝てしまって先輩にご迷惑をおかけしたことも説明できませんし」


「それはそうかも知れないけど」


「それに病気のことを知らなければ、いつか先輩がお母様に嘘をつかなければいけないときが来るかもしれないじゃないですか」


「お母さんに嘘なんてつき慣れているから心配するな」


「ダメですよ。お母様に嘘なんて。先輩に出任せの嘘をつかせる前に私から病気のことをお話させてもらったんです」


 雪緒の説明を聞き、お母さんは少し目を潤ませていた。


「雪緒ちゃんはいい子ね。また遊びに来てね」


「いいんですか。ありがとうございます!」


 雪緒は目を輝かせてお辞儀をしていた。

 俺の意見も聞かずに勝手に次の約束をするなよと思ったが、二人が楽しそうなのでスルーしておいた。




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