21.友達と親友の違い
「ところでどうして先輩は『七つの試練』なんて思いついて噂を広げたんですか?」
その質問は必ず来るとわかっていたから、俺は動揺することなく対応できた。
「理由なんて別にない。ただの暇つぶしだ。俺が広げた噂がどこまで広まるか試したかったんだよ」
『七つの試練』が俺の考えたデマだということは明かせても、その先の真実まで話す勇気はまだなかった。
「本当ですか? 怪しいですね。実は何かかなえたい夢があったとかじゃないですか?」
意外と鋭い指摘に焦る。
「んなわけあるか。自分で考えたデマを信じるバカはいないだろ」
「それはそうですけど……」
雪緒は納得いかない感じで首をひねる。
「あ、それとなんで『約束の地』がフードコートなんですか? もっとパワースポット的なところの方が雰囲気出るのに」
「それは当時の俺には充分特別な場所だったからだ」
「フードコートが、ですか?」
「俺の家はシングルマザーだ。外食なんて滅多に行けない。そんな俺にとって、フードコートはかなり嬉しくて夢の国的な存在だったんだよ」
「なるほど。そうでしたか。失礼しました」
片親であることを強調すると、雪緒は申し訳なさそうに頷く。
自らの身の上を使った卑怯な手口だとは思ったが、これ以上言及されたくなかったので仕方ない。
「さてと、そろそろ帰るか」
話を打ち切るように俺は腰を上げる。
「先輩、お願いがあるんですけど」
「なんだ?」
「病気のことは誰にも内緒にしておいて欲しいんです」
「もちろん俺は誰にも言うつもりはない。けどマナにも言わないのか?」
そう確認すると雪緒はコクっと頷いた。
「病気のことを言ったら、マナさんは同情すると思うんです。そういう関係になるのが嫌でして。あくまで普通の友達として付き合って欲しいんです」
「あー、なるほどな。でも友達ならそういうことも打ち明けてもいいと思うけどな」
「友達ってそういうものなんですか? なにせこれまで友達がいなかったから分からないんです」
雪緒は不安そうな目で俺を見る。
「そんなに縋るような目を向けるな。俺だって友達付き合いが上手いほうじゃない」
「でも私よりは友達多いじゃないですか」
なんか鶏に飛び方を教わるペンギンのような構図だ。
「そうだなぁ……まあ友達なら隠すことは多くても、親友なら何でも話すんじゃないかな」
論点がズレたような苦し紛れのアドバイスだったが、雪緒は天啓を得たかのような面持ちになる。
「親友……そうですよね! 友達じゃなくて親友ならきっとそんなことも話しますよね。分かりました。マナさんが親友だと思ったときに打ち明けようと思います」
「雪緒がそうしたいなら、そうすればいい」
雪緒はまるで想像上の生き物のように、もう一度「親友かぁ」と口にし、目を輝かせていた。
雪緒と別れて家に着く寸前、帰宅途中のマナと遭遇する。
「いま部活の帰りか?」
「そう。もうヘトヘト。凛ちゃんは?」
「俺は釣りの帰りだ」
「もしかして『七つの試練』の?」
「その通り」
「雪緒ちゃんもずいぶんと熱心だねー」
マナは呆れたように笑う。
「そうだな」
「で、何か釣れたの?」
「いや、全然。俺も雪緒も釣れなかった。昔はいくらでも釣れてたのに、最近は全然釣れないみたいなんだよな。あれじゃ三十センチ以上の魚なんて無理だ」
「てか『七つの試練』が凛ちゃんの作ったいい加減な話だって知ったら怒るんじゃない? もういっそ教えちゃえば? そうしたら諦めるんじゃない?」
マナはからかうようにニヤッと笑う。
化粧をしたりおしゃれをしても、その表情は小学生の頃から変わっていなかった。
「いや、実は今日、俺が作ったデマだって教えたんだ」
「お、そうなんだ。どんな反応だった?」
「それが全く諦める気配がなくてさ。伝説の類なんてどうせ全部デマだから構わないんだって」
「あはは! なにそれ。雪緒ちゃんらしい」
マナは鞄をパンパン叩きながら前屈みで笑う。
「そんな笑うことか? 付き合わされてる俺の身にもなってみろ」
「それは仕方ないでしょ。いい加減なデマを広めた罰だと思って諦めて」
他人事だと思ってマナは愉快そうだ。
「それにしても雪緒ちゃんはそこまでしてどんな夢を叶えたいんだろうね」
昨日までの俺なら「さぁな」のひと言で流せる質問だっただろう。
しかし雪緒の願いごとを知ってしまった今は思わず言葉に詰まってしまう。
「大金持ちになりたいとかじゃないのか。知らないけど」
「そうかなぁ? なんかあの子はそんな俗っぽいことを願わなさそう」
「じゃあダイエット成功とか?」
「痩せてるし、そんなわけないでしょ。だいたいそんなありがちなこと願わないって。案外凛ちゃんは雪緒ちゃんのこと分かってないなぁ」
マナは呆れた顔で笑った。
「雪緒の考えることなんて、分かるわけないだろ」
真実を知ってしまっているから、余計不自然なことばかりを言ってしまう。
マナに隠し事をするのが申し訳なくて、目を見て話せなかった。
「ま、いいや。もし雪緒ちゃんの夢が叶ったら、私もチャレンジしてみよっと」
「叶うわけないだろ。俺が考えたデマだぞ」
そうツッコむと雪緒は笑いながら「バイバーイ」と手を振りながら家に入っていった。




