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俺の考えたデタラメな都市伝説を信じる美少女後輩に懐かれてしまった  作者: 鹿ノ倉いるか


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11.高2男子のプライバシー

 俺たちの通う高校はここから電車で五つほど離れた場所にある。

 五駅と一口に言っても、都会の五駅とはわけが違う。

 こちらは一駅の間隔が四〜五キロもあるので、単純計算で二十キロ以上も離れていることとなる。

 したがって同級生とはいえ、家が遠い場合がほとんどだ。

 当然雪緒の家も電車に乗った先にあるものだと思っていたが──


「ここが我が家です」


 雪緒に連れられてやって来たのは、俺の住むアパートからそう離れていない住宅街だった。

 中学校なら同じ学区である。

 もちろん雪緒は東京から引っ越ししてきたので中学校は違うのだが。


「こんな近くに住んでいたのか。あれ、そういえばなんか商売やってたんじゃなかったっけ?」


 見たところ普通の家で、なにか商売をしているようには見えない。

 まぁ普通とは言ってもかなり立派な家ではあるけれど。


「うちは不動産業なんです。事務所は別のところにあるんで、自宅は普通なんですよ」


「なるほどな」


「庭付き一戸建てって夢だったんですよねー。東京ではマンション暮らしだったんで」


「そうか? マンションの高層階から街を見下ろす生活って、なんだか夢だけどな」


「そんなものすぐ飽きますよ。知ってます? マンションって内覧の時が感動のピークなんですって」


「へぇ」


 言われてみればそんなものなのかもしれない。

 エッフェル塔が見える物件に住んでいても、それを見て毎日感動したりはしないだろう。


「凛ちゃん?」


 不意に声をかけられて振り返ると、幼なじみのマナがちょっとびっくりした顔で立っていた。


「よう、マナ」


「こんなとこで何してんの?」


 マナは俺と雪緒を交互に見たあと、視線を俺に固定した。


「マナさんじゃないですか」


 雪緒がぐいっとマナに近づく。


「ちょっと。近いから」


 マナは迷惑そうに顔を歪めて距離を取る。


「マナさんもこの辺りなんですか?」


「そうだけど。凛ちゃん家の隣」


「ええー。じゃあ幼なじみじゃないですか。あ、以前幼なじみから私のことを聞いたって言ってましたが、マナさんのことだったんですね」


 雪緒がそう言うと、マナは面倒くさそうな顔をして俺を睨む。

 あまりにマナと雪緒のテンションが噛み合っていない。

 なんだか見ていてハラハラするような空気が漂っていた。


「じゃあ」


 マナは物言いたげな視線を俺に向けてから立ち去る。


「俺も帰るわ。じゃあな雪緒」


 なんかマナに勘違いされてそうなので、俺も慌ててマナのあとに続いた。


「はい。先輩、マナさん、さようなら」


 マナは振り返りもせず面倒くさそうに手を振っていた。


「雪緒って意外と近くに住んでいたんだな。俺も今日初めて知った」


 マナに追いつき、何事もなかったかのように声を掛ける。


「雪緒とか呼んじゃう仲なんだ」


 マナはドン引きした様子で笑う。


「なんか寒河江って呼ばれるとサザエさんみたいで嫌なんだってさ。だから雪緒って呼ばされてる」


「別に凛ちゃんが誰と仲良くても構わないけどさ。ただ変わった趣味って思っただけ」


「俺だって好きで関わってる訳じゃない。実は雪緒、『七つの試練』にチャレンジしてるんだよ」


「七つの試練? うわ、懐かしい。あの凛ちゃんが勝手に作って広めた伝説、まだやってる人いたんだ」


 そのことを伝えると、マナの顔に少しだけ笑顔が戻った。

 俺が『七つの試練』の考案者だと知っているのは、この世でマナだけである。


「そんなことしても無駄だからやめろって止めてるんだ。ほら、あれって神社の泉に小石を投げるのとか罰当たりなチャレンジもあるだろ」


「あったねぇ。それで責任を感じて辞めさせようとしてるんだ」


「そうなんだけど全然辞めてくれなくてな。それどころか近所の小学生まで巻き込んで挑戦者を増やしてるんだ」


「小学生? 寒河江さんの親戚とか?」


「いや。公園で知り合った見知らぬ男の子だ」


「うわ……寒河江さんらしいね」


 マナは呆れたように笑う。

 その瞬間、胸の中がモヤッとした。

 なぜなら俺もマナと同じように雪緒に呆れたからだ。

 あのとき、俺は今のマナのように呆れた顔をしていたのだろうか?


「まあ、変わった奴だよな」


「ほんと。凛ちゃんもあまり深く関わらないほうがいいよ」


「そうだな。気をつけておく」


 胸のモヤモヤは更に広がっていった。



 その日の夜、俺はビューキューブで『穴開きチャンネル』を検索した。

 既に編集が終わったようで、新作のショート動画が二つアップされていた。


 大鉄棒で蹴上がりをし、グライダーで飛んだあとロンダートバク転をかまし、カメラに向かってきて走ってきて、顔のドアップで終わるというものだった。


「改めて見てもすごいな」


 こんなに軽やかに動けたら楽しいだろうなと感じた。

 雪緒の満面の笑顔に引っ張られ、ついこちらも笑ってしまう。


 あくびを見て伝染るように、怒鳴る人を見て苛立つように、人の笑顔を見るとこちらも笑顔になる。

 きっとこれは人間の中に組み込まれた習性みたいなものなのだろう。


「へぇ、可愛い子ね」


「うわっ、お母さん」


 いきなり背後から覗き込まれ、今さらながら慌ててスマホを隠す。


「その子が彼女さん?」


「違うから。年頃の息子にそういう露骨なこと言うのやめろよな」


「隠すことないじゃない。その子とお風呂に入ったの?」


「だから一緒に入ってない。泉に落ちてずぶ濡れになったからシャワーを貸しただけ」


「へぇー。そんなことがあったんだ?」


 しまった。

 つい煽りに乗せられ余計なことを言ってしまった。


「ただの後輩だよ。お母さんには関係ないだろ」


「ただの後輩ねぇ。それにしてはずいぶんニヤニヤしながら動画を観るのね」


 お母さんはニマニマしながら俺を見る。

 しかしその笑顔は俺に伝播することはなかった。

 高校二年生の息子のプライバシーにはもう少し配慮してもらいたいものだ。




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