10.穴あきチャンネル
「ほら、見てください!」
雪緒が嬉々として見せてきた画面には先日俺が撮影した動画が映っていた。
誰に何を思われようが好きなことをするという雪緒らしく、顔を隠すこともなくアップしていた。
「本当に動画投稿したんだ」
「はい。しかも再生回数が五千回を超えてます。ヤバいですよね!」
雪緒は目を爛々にさせて訊いてくる。
その数字がショート動画再生回数のとして多い少ないはよく知らないが、無名の新人にしてはきっと多いのだろう。
「よかったな」
「なんですか、そのどうでもよさそうな祝福は。我々は『穴あきチャンネル』のワンチームじゃないですか」
「なんだ、穴あきチャンネルって」
「私のビューキューブのチャンネル名です。アナーキーと穴開きのダブルミーニングですよ」
そんなダサい名前のものに加入した覚えはないのだが、面倒くさいのでスルーしておく。
「ていうかビューキューブって十八歳未満はチャンネル開設出来ないんじゃなかったっけ?」
「はい。規則ではそうですね」
「うるさいことは言いたくないけど、顔出ししてるのに規約違反で開設したらまずいんじゃないのか?」
「その点はご心配なく。母の名義で開設して、両親管理の元やってますから」
「え? 親もこのチャンネルのこと知ってるってこと?」
「そうですけど? それが何か?」
雪緒はきょとんとした顔で俺を見る。
「別に問題はないけど……お母さんやお父さんは顔出しでこんなパルクール動画アップすることに反対しなかったのか?」
「全然。雪緒がやりたいことなら大いにやりなさいって応援してくれてます」
「理解のある親なんだな」
母親だけならいざ知らず、父親までも公認とは驚いた。
「もしかして小さい頃の体操も親が動画撮影してビューキューブにアップしてたとか?」
「いいえ。今回が初めての投稿です。子どもの頃から体操漬けの毎日だったから、親も罪悪感があるのかもしれません。だから自由に好きなことをさせてくれてるんですよ、きっと」
「なるほどな」
これまで友だちを作ることさえ出来ない毎日を過ごしてきたのだから、自由にさせてやりたいと思うのかもしれない。
まあ自由にやり過ぎた結果、逆に友だちが出来ない状況になってるんだけれど。
「そんなわけで今日も撮影しましょう」
「今日は結構暑いし、嫌なんだけど」
「そんな泣き言ダメですよ。動画投稿というのは毎日しないとすぐ視聴者に忘れ去られるんですから。せっかく人気が出てきたんだから今が頑張りどきです」
早くもビューキューバーとしての自覚が出てきたのか、やけに張り切っている。
「毎日とか勘弁しろよ。俺は母子家庭で家事とか忙しいんだ。バイトはしなくていい、その代わり家事をしろっていうのが我が家のルールだ」
「仕方ないですね。じゃあ今日はたくさん撮って小出しにしていきましょう。行きますよ、先輩」
雪緒は意気揚々と公園に向かって歩き出す。
まったくとんでもない後輩に懐かれてしまったものだ。
「先日は動きづらい服装だったのでいまいち派手なアクションが出来なかったんです。その反省を踏まえ、今日はジャージを持ってきました」
「へぇ。ちゃんと色々考えているんだな」
「もちろんです。先輩もいいアイデアがあったらどんどん提案してくださいね」
「ああ、考えておくよ」
雪緒がトイレでジャージに着替えてから撮影を開始する。
「手始めにこれからですね」
雪緒がブランコを指差す。
「思いっきり漕いでから跳ぶとか?」
「ブランコじゃないですよ。周りの柵を使うんです」
そう言うなり雪緒はぴょんと柵の上に飛び乗る。
「この上を歩くので撮影お願いします」
「なるほどな。了解」
雪緒はピンと足を伸ばし、きれいな姿勢で進んでいく。
ふらつくはおろか、頭が上下に揺れることすらなく、水面を泳ぐ水鳥のように優雅だった。
曲がり角も綺麗に曲がり、更にはバックまでしていた。
飛び降りるときは脚を前後に開脚してジャンプをし、着地時は元体操選手らしくポーズを決める。
「おおー、すごいな」
「こんなのまだまだ序の口です。次々いきますよ」
半信半疑だった雪緒のビューキューブ活動だったが、これは本当にバズるかもしれない。
一攫千金で遊んで暮らせるなんてことはないだろうが、それなりに登録者数は増える気がした。
なにせ前回のちょっとした動画が四千回も再生されたのだから、真剣にやればそこそこ再生回数は伸びるはずだ。
雪緒は体操技を組み込んだパルクールを次々と披露した。
彼女が上手いところは体操選手のような綺麗な所作でばかり行わず、少し荒々しさを出しているところだ。
それによりパルクールならではの、生々しいストリート感が生まれている。
「結構たくさん撮れましたね」
「ああ。これだけあれば当分更新できるだろう」
「ありがとうございます! 編集は母がしてくれますんで。それでは失礼します」
いつものごとく、用事が終わると雪緒は早々に帰ろうとしていた。
「前から気になっていたんだけど、雪緒の家ってどこなんだよ? いつも走って帰っていくみたいだけど」
「私の家の住所が気になるんですか?」
雪緒は嬉しそうに笑い、俺の顔を覗き込む。
「別にそんなに興味があるわけではないけど、単純にどの辺りなのかなって思っただけだ」
「そんなに興味津々なら仕方ありません。先輩には特別に教えてあげます」
「だから別にそこまで興味はないって」
「ついてきてください」
雪緒は鼻歌を歌いながら軽やかに歩き出す。
本当にマイペースな奴である。




