5.ぺちとごす(1)
「今度は所長がエンコーすか」
「それはない」
「ふーん……」
あの少女――佐山渚が事務所に乱入してきてから数日、小夜子の機嫌が悪かった。
幸いその不機嫌も長くは続かず、今は落ち着いている。
「それにしても、依頼ってあんまり来ないもんすね」
小夜子は長い手足を伸ばして欠伸を噛み殺した。
「まぁね。探偵に依頼するなんて、個人の心情からすればハードルが高いからな。かといって企業の素性調査がくるほどの探偵事務所でもない。安全印がないからね。初めに説明したはずだよ」
「聞いた気がするす……。なんたら協会に加入してないんすよね?」
頭脳は明晰なのか、はたまた勘が鋭いだけなのか、小夜子の評価はまだ難しい。
「まあ、気にしなくていい。でも、依頼はいつくるか分からない。今は携帯電話に転送してくれるから良いが、昔は事務所に寝泊りしたらしいぞ」
「うへぇ……、それはキツイすね」
「探偵はタフじゃないといけない」小夜子くんは心配なさそうだ、という言葉は飲み込んだ。言ったら酷い目に遭うことは間違いない。
「そうすか…。これでも筋トレしてるんすよ。ちょっと触って見てください」
小夜子は力こぶを作って私に差し出す。細くて折れそうだったが、触ってみると意外と引き締まっていた。
「ぷよぷよじゃないか」
「まじすか……」
小夜子が残念そうにうな垂れた時、私の携帯電話が着信した。確認すると佐山渚からだった。
佐山渚は、「探偵は頭が良くないと駄目だ」という私のあしらいを真に受けたのかは分からないが、あれから真面目に授業を受けているようなメールが、たまに携帯電話に届く。依頼人とは依頼が終了しても連絡を取り合ったりすることはあるが、もう関わらないと決めた筈の浮気相手とやり取りしている探偵は如何なものか。
それに――、なにか重要なことを失念している気がする。思い出せない級友の名前みたいに、核心の手前でぐるぐると思考が周回して、一向に近づけない。私は考えるのをやめ、メールの内容に意識を戻した。
「小夜子くん」
先日の長浜洋介の調査報告書に目を通している小夜子。呼びかけに応えて向けられた半目が、普段より不機嫌そうに見えたのは、私自身の心象が原因だろう。ジトッとした目はいつも通りのはずだ。恐らく。
「なんすか?」
書類を置いた小夜子くんの折れた前歯は、そういえばいつの間にか綺麗になっている。
「これ、どういう意味? 最後の一文がわからない」
私は佐山渚から来たメールを小夜子に見せる。
「どれどれ……って、やっぱエンコーすか!」
「な、なぜだ?」
「だって、『愛してる』って書いてあるじゃないすか! ってかなんで読めないんすか?」
日本語が分からなくなってきたことと、メールの内容で二重にショックを受けた。
「なんて返信するんすか?」
いよいよ小夜子くんの目が湿気を帯びてきた。
「無視だな」
私が携帯電話を仕舞おうとすると、小夜子が「自分が返信してやりますよ」と携帯電話をふんだくる。やけに楽しそうである。
「オイやめろ」
私の制止の声を無視し、ぽちぽちと携帯電話をいじくる小夜子。
「完了」
私が奪い返す間もなく、小夜子は返信を終えてしまった。「なんて書いたんだ?」と私は小夜子を睨みつける。
「結婚はできない」
「…………………」
思わず笑いそうになった。
「上出来っすか?」
短い前髪の下で半目が得意そうに光る。
「まずまずだな」と私はジッポーを鳴らす。
煙草の煙は午後の日差しを受けて青白く揺らめいた。スモーカーである私の傍にいるのに、どうして小夜子は煙草臭くないのだろうと不思議に思う。私の鼻が麻痺しているのだろう。
小夜子は調査報告書に視線を戻し、「その後、長浜夫人から連絡は?」と携帯電話を返してくる。
「ないな。何事も無く元通りに収まっているのかも知れない」
「ないすね。それこそ、ないすよ」
「私もそう思う」
なにを以ってして『何事も無い』と言うのか、こういう場合は線引きが非常に困難だ。
しかし、調査結果を犯罪などに使用しない旨の書面を夫人から貰っている。だから余程のことはしないだろうとは思う。依頼は完了した。後のことは私の知るところではない。相談されたならまだしも、こちらから夫人にアクセスすることはまずない。佐山渚に会っていた私が高説をたれても、説得力など皆無ではあるが……。
「どうして佐山渚は所長を呼び出したりしたんすかね……しかも交際をほのめかしたり」
「ん?」
小夜子の言葉で、私のぐるぐる回る思考は周回軌道を外れた。
「痴情によって、探偵を雇う、探偵を呼び出すという行為。そこには大なり小なり必ず勘定や謀がある」
私は口に出しながら考えをまとめ始めた。佐山渚は一体なにを策謀していたのか。あの無垢な瞳は、やはり暗闇で見紛うたのか。いや、無垢だからこそ――なのだろうか。
いずれにしても、私は探偵にあるまじき大失態をさらしてしまった。公私混同も甚だしい。私の場合、探偵という道こそが公私の『私』なのだから、今更ではある。しかし、受けた依頼は完遂し、依頼主に『ここに依頼してよかった』と思ってもらいたい、という気持ちも強い。存外に探偵という職業を気に入っていたらしい自分が、なんだかよく理解できなくなってきた。
「しょ、所長? じ、事務所の階段がドカドカいってるんすけど……」
「え?」
私の懊悩ををよそに、小夜子くんは焦り顔でファイティングポーズをとる。階段を踏み潰さんばかりに上ってくる何者かと対決するつもりらしい。
「まったく――、」
お次はなんだ?
私は煙草を灰皿に押し付け、新たな芸術作品の一部品とした。
「探偵さん!」
ノックもなく扉を豪快に開け放ったのは、夢食堂の『夢おばちゃん』だった。直したドアの蝶番が軋みを上げ、ネジが一つ跳んだ。ドアは開けて通るもの、もしくは招かれざる者を拒むものである。それを破壊して突破するなど、招かれざる客に違いない。
「出前は頼んでいませんが……」
私は椅子から立ち上がり、夢さんへ歩み寄る。小夜子は驚いたのか、びっくり顔で固まっている。カメラに収めておきたい面白顔だ。
「大変なんだよ!」
エプロン姿のままの夢さんは動揺し切った様子である。エプロンは厨房以外では付けない、と豪語していた夢さん。なるほど確かに大変なことが起こっているのだろう。仕事の匂いがしてきた。
慌てる夢さんをなんとか落ち着かせ、その際に何故だかビンタを数発いただいた私と、小夜子は詳しく話を聞いた。
「息子が失踪したんだよ」
話では、結婚して別々に暮らしている息子が突然、姿を消したと言うのだ。息子の妻からの連絡で知ったようだ。
「あの子、死んでるんじゃないだろうね……」
年間の失踪者は、届けられているものだけで約十万人。一方、自殺者は年間で三万人ほどになる。失踪と自殺をイコールで考える人が割りと多いのだが、失踪の理由が必ずしも自殺に直結するわけではない。しかし、夢さんの息子さんの場合は以前から精神状態が芳しくなかったようで、こうなると自殺の可能性は飛躍的に上がり、かなり切迫した状況である。
「最初は警察に行ったんだけどね、話にならないもんだから店長を呼んでもらったのよ。それで長倉っていう刑事が出てきたんだけど追い返されちまったのよ!」
対象が成人の場合、事件性がないと警察は動けない。それは大きくなった組織が効率化を図る上で、避けては通れぬところだろう。夢さんの案件の場合、誰かにさらわれたとなると話は別であるが、置手紙があったようなので事件性は無しだと判断されたのだろう。
そういう時、私のような探偵の出番となる。その人の生き方や判断、状況というものがある為、警察が動けない案件を私たちが請け負うのである。
夢さんは刑事課に乗り込んで直談判したようだった。いつから店長になったのか知らないが、そこで長倉が出てきて追い返されたというわけだ。直談判する夢さんも凄いが、それを追い返す長倉も凄い。
「それでその長倉が、隣の探偵さんのところに行けって言うもんだから、こうやって来たというわけよ」
「そうですか」
夢さんは警察に怒り心頭の様子だったが、むしろそちらに気が向いていて、心配する家族の悲壮感は今のところ薄れている。共倒れになってしまっては最悪だ。長倉はそこら辺も考えて、きっと夢さんの怒りを煽るような蹴散らし方をしたのだろう。厳ついわりに細やかな精神をしている男だ。
小夜子はというと、コーヒーを用意したあと私の隣で真剣な面持ちをして動かない。完全に緊張してしまっている。下手をすれば命にかかわる案件だし、本格的な仕事はこれが二つ目だ。無理もない。
私は夢さんのお願いを正式に依頼として受けることにした。息子さんの妻の連絡先や住まいなどを聞き、注意事項を話したら夢さんには一度帰ってもらった。失踪した昨晩から眠っていないようだったからだ。
夢さんが帰り、仕事の段取りを小夜子と決めていた時に事務所の電話が鳴った。電話を取った小夜子が「長倉っていう刑事からなんすけど……」と私を見つめる。
「あぁ、携帯にまわしてくれ」
「了解す」
小夜子はどうにも嘘が苦手らしい。嘘を吐く行為が苦手、というよりは嘘そのものが苦手なのだろう。「長倉」という名前を口にした時、視線があさっての方向へ向いていた。
私は知らないフリを決め込んで、まわってきた電話に出た。
『おいおい、なんなんだアレは』と辟易した声が聞こえてくる。相変わらず低くて渋い声だ。
「夢おばちゃんだ」
『本当にそんな名前なのか、アレが?』
「失礼だな。夢があっていいじゃないか」
『それもそうだな。……刑事にビンタしたことは許してやったよ』
ニヒルに笑っている声が聞こえてくる。
「お前もビンタされたか」
『なんだ、お前もか。必死だったからな夢さん。お前にお願いしたが、それでよかったよな?』
「大丈夫だ。ちゃんと私のところに来たよ」
『そうか。なら頼んだ』
妙に優しい声色の長倉。
「あぁ、迅速に対応する」
『そうか、それならOKだ。ところで、お前はまだ……姉さんの事件に固執してんのか?』
「なんだ急に……。関係ないだろう」
『まぁな。別に俺が担当だったわけでもねえしな。しかし、お前のそれは妄執に過ぎんぞ』
それは、刑事と探偵というものを越え、旧知の友人を心配する心からの声だった。
『関係ないだろう』
しかし私は、同じ台詞を繰り返した。
『………そうか』
「夢さんの件は任せてくれ」
『あぁ』
長倉のほうで通話が切られ、出来損ないのモールス信号みたいな音が、耳朶に不快感を呼んだ。私のいない事務所に現れた長倉。そこで小夜子と接触。そして、姉さんの話を持ち出してきた。ここ最近の胸のざわめきが、また一段と大きくなった気がした。
小夜子はそんな私に興味津々の顔で近づいてきた。笑顔ではあるが、まだ少し緊張が解けていないように思える。
「刑事とも繋がりがあるんすか?」
「あぁ、旧知の仲だ。それに、職業柄お友達は多い方が良いだろ?」
「長倉さんは友達すか?」
「恋人だ」
小夜子は絶句した。
「嘘に決まっているだろう」
「そ、そうすよね。焦りました」と瞳をきょろきょろとさせる小夜子。どうして顔が赤いのかは考えたくなかった。
「早速、夢さんの息子さん宅を訪問しよう」
冗談を言っている場合ではない。
「了解す!」
◇
佐山希の妻である佐山七海は、夫が失踪したにしては随分と落ち着いていた。しかし、化粧らしい化粧もされてなく、目蓋は赤く腫れぼったい。落ち着いているというよりもこれは――。
私達の訪問を夢さんから聞いていたらしく、佐山七海は直ぐに佐山希の部屋へと上げてくれた。
「警察は、全くとりあってくれなくて……」
「そうですね。刑事と民事の違いがありますので」
佐山希の部屋は整然としていて、フローリングの床はぴかぴかに輝いていた。履いているスリッパを脱ぎ、素足で感触を楽しみたくなるほどだ。佐山希の血液型はA型らしかったが、A型は几帳面で部屋も片付いているというのは単なる都市伝説だ。なんせ、私もA型だからだ。
「部屋を調べさせてもらっても良いでしょうか?」
「はい。構いません」
私の言葉に佐山七海は、やはり落ち着いた様子で頷いた。そこで私は気付く。これは夢さんとは正反対の状態――諦めだ。佐山七海は諦めている。夫がこの部屋に戻るとはもう思っていない。恐らく、心配し疲れてそういう状態に陥ったのだろう。心配とはつまり希望だ。諦めてしまったほうが楽にはなる。それが健康的かどうかは別問題だが。
それにしても、佐山渚は母親である七海に似ている。七海の四十歳にしては幼い顔立ちに、渚の面影が重なり、それを起因として姉の面影もが脳裏をよぎる。
「小夜子くん。何かないか調べてくれ」
私は部屋を見回し終えると、仕事に没頭することにした。
「具体的には?」
「折り目の付いた旅行雑誌とか、行き先を特定できそうなものだ。あと、可能ならパソコンも調べてくれ」
「了解す」
小夜子は白い手袋をはめて作業を開始した。
私は佐山七海に向き直り、「置手紙があったと言うことでしたが……?」たぶんその類は直ぐに探したことだろう。
「はい。探さないでください、とだけ……」
「そうですか」
妻子を捨てて失踪したにしては古典的であるし、簡潔すぎる。携帯電話やパソコンを使って、掲示板やSNSに書き込みをしている場合もある。そちらに期待しよう。
「ご主人になにか不審な点はありませんでしたでしょうか? どんな些細なことでも結構です。いつもと違うことはなかったでしょうか?」
私はスーツのポケットからメモ帳を取り出し、ボールペンを構える。
佐山七海は暫く考え込んでから、ぽつぽつと語りだした。
「主人はいつも仕事で忙しくしていました。でもある時、精神的にポッキリと折れたみたいで。朝起きてもずっとソファに横になっていました。それでも、娘に話しかけられると笑顔を見せていました。そんな日が続いていたんですが、最近、どこかにこっそりと出かけていたみたいです。娘には、主人は検査入院していると話しておいています」
「なるほど、どこに出かけていたか分かりますか?」
「たぶん銀行です。ふと、主人の通帳を見たら、結構な金額を何度かどこかに振り込んでいました」
きな臭くなってきた。今回の失踪に絡んでいるのかも知れない。詐欺、若しくは怪しい宗教団体への寄付なども考えられる。いずれにしろ、あまり真っ当な使い道ではないような気がする。しかし、今は個人情報保護法のお蔭で、銀行の出入金履歴などは閲覧できなくなった。たとえ親族でも難しい。
「小夜子くん、なにかあった?」
部屋を調べていた小夜子は、いまはパソコンを弄っている。
「特に収穫は無かったすね。いまパソコンのデータ調べてます。パスワードは、そこの本棚にある作家のデビュー作のタイトルに、誕生年を加えたものでした。同じ作家しかないんで、総当りで破れました。面倒がなくて助かったす」
ここにきて有能さを発揮し始めた小夜子に私は少し感動した。
「掲示板、ブログ、SNSの書き込みがないかも調べてくれ」
「そういえば、主人はブログに凝っていたみたいです」
佐山七海の瞳が俄かに輝きだした。希望を持ち始めたのだろうか。
「と言うわけだ。ブログを見てくれ」
「分かりました。たぶんブックマークに登録されている筈っすよね」
私は小夜子の隣に移動してディスプレイを覗き込む。インターネットブラウザが立ち上がっていた。
「付属のブラウザじゃないな」
「そうすね。でも、タスクバーのランチャーに登録されていたんで」
履歴書には書いていなかったが、小夜子はパソコン操作に明るいらしい。今の時代、それは上々の武器になる。たとえデータが消されていても、やりようによっては復元できる場合がある。ごみ箱を空にした程度では、完全にハードディスクから消えたとは言えないからだ。
「小夜子くん、消えたデータの復元とかもできる?」
「場合によっては可能すよ」
そんな私達のやり取りを、佐山七海は複雑な表情で見ていた。「パソコンって、怖いですね……」
小夜子はブラウザのブックマークからそれらしいものを探している。お決まりの検索サイトや、新聞社のサイトなんかが登録されている。
「あ、たぶんこれすね。でも、ログインしなくちゃ駄目だなぁ」
呟いた小夜子が矢印を向けているのは、有名ブログ運営サイトであった。そのサイトを開くと、案の定ユーザ名とパスワードを求められた。
「小夜子くん、IDやPASSを一括管理できるようなソフトウェアはインストールされてないか?」
無い場合は少し面倒になりそうだ。
「えーっと…………。お。ありました!たぶんこれがそうだと思うす」
小夜子は立ち上げた管理ソフトらしきものに、パソコンと同じパスワードを入力した。管理ソフトを開くためにもパスワードが必要らしかった。
「ビンゴ」
そう言うと、小夜子はもの凄い得意満面で私を見る。スパイ映画か何かの見すぎだ。
管理ソフトが開き、ブログの項目もあった。パソコンと管理ソフトのパスワードを同じにしてしまうのは如何なものか。お陰で手間は省けたけれど。これでブログ運営サイト内に佐山希としてアクセスできる。
結果、『のぞみのひとりごと』なるブログにたどり着いた。
小夜子は最新記事をクリックする。すると、一瞬の間があってから、ブラウザに空の写真が表示される。青い空だ。ちょうど今頃のような高い秋の空。それを背景に、ブログタイトルである文字が筆で書いたようにトップにある。問題の記事はその下に書かれてあった。
「これは……まずいすね」
小夜子は低い声でうめき、佐山七海は息を呑む。私は煙草を吸いたくなった。
死のうと思います。
だから、これは遺書になります。
妻へ。
無責任で本当にごめん。でも、もう耐えられない。何もかもが億劫で嫌になってしまった。理屈じゃ説明できない。本当にごめん。
娘へ。
君は僕の救いだった。辛くても、君さえ笑ってくれれば、僕は幸せだった。もっと、正直な話を沢山したかった……。
家族三人で泊まった思い出のホテルで、僕は死のうと思います。
皆さん、さようなら。
この日記が事実なら、佐山希は直ぐに見つかるだろう。失踪人探しとしては難易度低めだ。しかし、状況は悪い。失踪したのは昨晩。今は午後二時を回ったところだ。もしかしたら手遅れになっているかも知れない。遺書を残している点から、警察も動いてくれるかも知れないが、それでもやはり遅すぎる。
ネットに遺書を公開しているあたり、誰かに構って欲しい一面も感じられる。そこに賭けてみよう。
「小夜子くん、この記事にコメントは?」
「ゼロす!」
「うん、なら『少しお話をしませんか?』的なことをコメントして時間を稼いでくれ」
小夜子は私の意図をすぐに理解したようだった。
「了解す! アカウントは適当に作りますね!」
私はブログを小夜子に任せ、佐山七海にホテルの詳細を聴き出すことにした。
「思い出のホテルというのはどこでしょうか?」
急激に展開し始めた事態に、佐山七海は「あの」とか「その」とか戸惑いながらも、有名な海辺のホテルの名を告げた。ここからなら電車で一時間。乗ってきた車なら四十分といったところか。
「ちなみに何号室でしたか?」
「えぇと」と佐山七海は頭を捻り、「222号室ですね。ゾロ目だったので憶えています」と間違いなさそうだった。
「ありがとうございます。小夜子くん、そっちはどうだ?」
「もうちょい!」
それから5分ほどで、佐山希のブログにコメントを残し、小夜子の携帯電話でブログを閲覧、コメント出来るようにした。
私と小夜子は佐山七海にお礼を述べ、急いで車へと戻った。
「わ、私も行きます!」
見送りにきた玄関先で、佐山七海が決意したように言った。気持ちは理解できるのだが、私はそれを丁重に断った。失踪人が成人の場合、本人の承諾を得てから家族に会わせることにしている。なぜなら、失踪という行為にも本人の意思があるからだ。無理に連れ戻しても失踪を繰り返すだけになる。さらに、失踪元である家族が一緒にいることで、相手の行動が予測しにくい状態に陥りやすい。
「無事を祈っていてください」
私は年式の古いキャロルの運転席に、身体を折りたたむようにして乗り込む。車体がずしりと沈み、上がった軋みはキャロルの抗議の声を思わせた。
小夜子が助手席でシートベルトを装着したのを見て取ると、私は「まだまだ若いもんには負けられませんよね?」と車のエンジンを咆哮させた。
「独り言はキモイすよ所長」
―― ぺちとごす(2)へ、つづく ――




