71話 ツヴァイハンダーの本領
戦闘準備が整ったヘリオンは匠の思考を瞬時に理解して即座に行動に移す。
それは今の今まで見せていた、どこかチグハグで悩み考えつつ試すような動きとは別のもの。
決断を下した獣の俊敏さは、勝利を確信する包囲をやすやすと突破する。
ツヴァイハンダーを片手で右から水平に薙いで、カルギスの防御を誘引。
盾に当たる直前で腕を引き、盾の表面を滑るように刃先が通り過ぎる。
刃の根元20センチほどの“リカッソ”と呼ばれる刃のない部分を左手で抑え、剣撃の勢いを止めて走り出す。
緩慢な動きに慣らされていた3人はヘリオンの電撃的な反撃に唖然とし、反応を遅らせた。
かろうじて動いたカルギスも初めてのフェイントにたたらを踏み、つい悪態を漏らしてしまう。
「くそっ!まるで別人じゃないか!」
腰を低くした状態で左の闘士に向かって猛然と走り込み、ハスタ(長槍)の懐をすり抜けるようにして包囲の外側に飛び出したヘリオン。
横列の相手を縦列に、3対1の状況を1対1対1対1に変えた匠の判断にヘリオンは驚嘆を隠せなかった。
(匠はこの状況を作るためにあえて引いていたのか…数の不利を覆すために!やはり、やはり彼こそは我が肉体に相応しい魂!)
いささか過大評価気味ではあったが、かくしてヘリオンと匠のシンクロ率は急上昇し、かつてないレベルの同調を果たす。
「破あぁっ!」
気合一閃、左から上段の薙ぎ。
ハスタの柄を音もなく切り落とし、跳ね上がったツヴァイハンダーをビタリと止めての逆落とし。
露出している左腿を深々と切り裂いた。
「ぐあぁぁっ!」
槍使いが苦悶の声を上げて沈む。
これで2対1。
沈み込んだ闘士を中心に、右からもう一人の槍使い、左からカルギスが現れる。
繰り出された突きに合せてハスタを破壊しようと剣を振るったが、狙いを察したカルギスのフレイルに防がれてしまった。
カルギスの奴…本当に腕をあげたな。
ツヴァイハンダーは所謂ファンタジー武器ではない。
まして儀礼剣でもない。
れっきとした実用武器である。
どんな役割を担っていたのかというと…
姉ちゃん曰く『槍が主力の中世における突撃兵』
銃火器が発達し普及する以前、戦争の主力は長槍だった。
主力である長槍隊と長槍隊がぶつかるその手前に割って入り、次々と長槍や竿状武器の柄を切り落とす。
敵の防御線をこじ開けて突破する突撃兵。
これこそがツヴァイハンダーの本領。
カルギスはヘリオンの持ち出したツヴァイハンダーを『動きが読みやすく、対応しやすい』と考えたが、兵科としての相性はむしろヘリオンに利があったのである。
(見事な戦術判断だ!おかげでだいぶやりやすくなったぞ、匠!)
「2人目の槍は防がれてしまったが、ひとまず成功したようでよかった」
(うむ、敵もさる者。だが問題ない!)
とはいえ2人目の槍を防がれた以上は狙いを変えるべきだ。
次は…カルギスのフレイルか。
右に槍使い、左に大楯とフレイルを構えたカルギス。流れはまだこちらにあると踏んだ匠は積極的に仕掛ける。
槍使いの右上段から左下段への切り下げで再度の槍破壊と見せかけて、そこからさらにカルギスの左中段へはね上げる!
カルギスは盾を前にだしているためにフレイルへの意識は低いはず…
「ヘリオン!その武器の使い道は看破したぞ!」
カルギスの雄叫びと同時にフレイルは大きく後ろに引かれ、盾を構えたカルギスがそのまま突っ込んでくる!
それを察した匠は、剣と体が上に伸び切るまえに無理やり引き戻し、防御の構えでカルギスの体当たりを受け止めた。
一進一退の攻防だが、相手は二人。
体当たりを受け止めた状態の匠に、右からハスタの鋭い突きが襲いかかってきた!
カルギスの体を盾にするように、左脇から転がってすり抜け、距離を取って難を逃れる。
「mirabilis!(ミラビリス!素晴らしいの意)」
「mirabilis!」
一進一退の攻防、迫真のせめぎ合いに歓声が轟く。
「両者共に、とんでもない逸材ではないか…」
試合を見つめるクラウディ公は悩ましげに呟く。
優秀な剣闘士は貴重だ。
まして彼は、自らの意見を通す広告塔としての剣闘士の他に、世界の調和を守る勇者の確保までしなくてはならぬ身。
喉から手が出るほど優秀な剣闘士を欲している。
厄介なことに、隣に立つアウグス帝とシディウス伯もまた、優秀な剣闘士には目がない。
彼らに先んじて動かなくては……
ヘリオンはゴズウェルの門弟だから問題ないとして、あのカルギスという男はアウロ議員のクリエンテス(被保護者)だったはず。
シディウス直接のクリエンテスでないならば、手を回せなくもないか…
クラウディ公もまた、アウグス帝とにこやかに談笑を交わしつつ、思索を巡らせるのであった。
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