70話 すれ違う心と体
カルギスはヘリオンの強さを知っている。
この試合が決まった際、恩人にして友人であるヘリオンとの避けられぬ戦いに嘆き悲しみ、あの獣の如き猛者と再び対峙させられる己の運命を呪った。
3対1の複数戦と知った時には卑怯や恥だと思うより先に、奴とやり合うならそれくらいのハンデは必要だろうな…と納得してしまったほどだ。
カルギスは思考する。
ヘリオンの猛攻を捌ききるには一人が徹底的に防御に傾注する必要がある。
それでも並の腕では数合と保たないだろう。
その役目は自分にしかできない。
そう判断を下して以降、カルギスは目覚ましいほどの努力を見せ、研鑽を積んだ。
チームとしての動きを同僚であるブレンヌスから意見をもらい、連携を高めて効率化を計り、ヘリオンの攻撃を想定して2対1での防御練習。
大盾を構えた状態で、本来両手持ちのフレイルを片手で扱う訓練。
そこにマジックスクロールの習熟練習まで加われば、側仕えのマンティと息子のニウスが心配してくるのは当然であった。
カルギスがこの世で最も愛し、信頼のおける二人の忠告だとしても、彼は手を休めるわけにはいかない。
二人の未来のために、あのヘリオンに勝たなくてはいけないのだから…
ツヴァイハンダーと呼ばれる巨大な剣による一撃を、大盾が切断されないよう剣の“物打ち”を避けて刃の根元付近で受けるために半歩、前に踏み込む。
盾は刃をずらすように角度を付けて、耐久力の高い真正面で受ける。
言うは易し、行うは難しの典型だが、カルギスの不断の努力がここに結実し、それを成した。
ヘリオンの一撃を根元で受け止め、その隙をついて左右の二人が長槍で突き攻める。
上下へのバリエーションに加えて、時に時間差攻撃。時に同時攻撃と緩急をつけてヘリオンに絶え間のない緊張を強いる。
一流のタンク役と一流の槍使いによるチームは、努力と理詰めでヘリオンを追い詰める事に成功した。
ヘリオンの選択した武器もカルギスには幸いだった。
巨大な大剣はインパクトがあり、実際に威力はたいしたものであるが重量がある分、剣筋が素直にならざるを得ない。
両手持ちであるために盾がないのも良い。
盾の裏に仕込まれた投擲武器の心配もしなくてよいのだから。
ヘリオンの一撃をいなした直後、その剣の切っ先が振り抜かれる事なくビタッと止まり、こちらの首を狙うように切り返す気配を感じた時は、背筋に怖気が走ったが…
さすがのヘリオンでもあの大剣を素早く返す事は難しいのだろう。
それができていたら試合の流れも違っていたかもしれないが、このまま押し込んで終わり…いや、ヘリオンであれば何かやってくるはず。
そして、それすら乗り越えて勝ってやる!
カルギスが優勢の最中にあって兜の緒を締めなおしたその時、当のヘリオンと匠は…大喧嘩の真っ最中であった。
(匠!次は止めるなよ!)
「ダメだ!ダメだダメだダメだ!ヘリオン、お前さっきカルギスの首を落とそうとしただろ!」
(敵の首を狙うのは当たり前だ!奴は強い!)
「カルギスが強いのは当たり前だ!俺が教えたんだぞ?」
(ならば、仕留められるうちに仕留めるべきだ!)
「カルギスは友人だぞ?致命傷はダメだ!うわっ!止めろ!カルギス逃げろー!」
(お前はどっちの味方だ!さきほど決意を固めたのではないのか!)
「戦う事と殺す事は別だ!」
カルギスは当然としても、左右を固める槍使いもまた一流。
数少ない隙をついて反撃の起点を作ろうとする度に魂である匠が邪魔をしてくる。
これでは勝てるものも勝てない…
(むぅ…槍使いのほうは殺しても文句を言うなよ?)
「優先順位の問題だ。俺とカルギスの命を優先したい!」
対戦相手の命をおもんばかり、己の命に限りなく近い順位をつけてしまえる匠にヘリオンは愚痴と苦笑を禁じ得ない。
(それとて簡単ではないのだが…あっさり言ってくれるな。そこまで信用されていると考えるべきか…)
カルギスへの致命打を選択した際、ヘリオンの魂である匠の反発は凄まじいものがあった。
相手が優秀だと認めるからこその即断だったのだが、ヘリオンの心である匠はお気に召さなかったらしい。
それ以来、プリプリと怒ってばかりだ。
ヘリオンは優先順位が決まっただけ良しとする。
そこまでは心と体の意見が一致するのだから。
気づけばもう、壁際まで追い詰められてしまっている。
どうしようもなくなる前に心の行動方針を聞く事ができて本当によかった。
(ところで匠よ、この巨大な剣はなんのために作られたのだ?人を斬るには大きすぎると思うのだが)
話題を変えようと世間話程度のつもりで聞いてみたのだが、匠がニヤリとほくそ笑むのが理解できた。
「百聞は一見にしかずと言うからな。実践してみようじゃないか」
身体の芯に熱が入り、手足に力が入る。
どうやら、ようやく心の準備ができたようだ。




