69話 最終戦開始
西の空に沈み始めた太陽が、クロネリア市内の人という人をかき集めて狂乱にふける闘技場を赤々と染め上げる。
会場の壁面には燃えさかる松明が吊るされ、試合のクライマックスを予感させていた。
「瞬きすらも許さぬ奇跡の大盤振る舞い!それを目にできる我々はなんと幸運なことでしょうか!
闘士ヘリオンの5連戦!果たして伝説は成るのか?皆様、最後の試合を見届けましょう!」
熱のこもったアナウンスに湧き上がる観客。
民衆はもとより、珍しいものを見尽くしてきた貴族や議員までこの連戦に心を奪われていた。
彼らは固唾をのんでヘリオンを見守る。
「ヘリオンさん、こちらが最後の武器です」
剣が倒れないよう気をつけながらティミドゥスが渡してくれるのは、全長170センチ、重量5キロという長大な両手剣『ツヴァイハンダー』
「こいつは重かっただろう。ありがとう、ティミドゥス」
未だ傷の癒えない体でこの大物を支え続けるのはかなりの負担だったはずだ。ここまで付き合ってくれたティミドゥスに匠は感謝の念を抱く。
「いえ!そんな、たいした事では…俺、ヘリオンさんの戦いを最後まで見届けます!勝ってください!」
「応!もちろんだ」
気合も新たにツヴァイハンダーを受け取った匠は、鍛冶師長が用意してくれた特注の鞘からズルリと引き抜いてみせる。
目ざとい観客達は初めて見る巨大な鉄の塊に瞠目し、息を飲んだ。
「きょ、巨人の剣だ…」
「あれを…振り回すのかよ、嘘だろ?」
これもまた一つの見せ場だと確信した実況者はたっぷりの間を取る事で、異様な大剣を印象付ける。
「闘士ヘリオンの最後の武器はツヴァイハンダー、クロネリア一大きな巨人の剣!それに真っ向から対するは、ウェスパシア訓練所の俊英たる3人の勇士!」
対面の柵が厳かに上がり、紅く染まった闘技場にゆっくりと姿を現すのは3つの大きな影。
動くたびにジャラジャラとこすれ合う金属音、ツヴァイハンダーを超える長尺の得物。
観客の声援をよそに匠は対戦相手を見定める。
鎖帷子に長槍か…
左右を固める二人の大男。
彼らは鎖帷子で上半身から腰までをくまなく覆い、頑健そうな篭手とすね当てを付け、面頬付きの兜で顔まで保護している。
この時代、この世界での剣闘士としては相当な重武装である。
腰にはグラディウスを差し、両手に持つのはハスタだ。
ハスタを使う者は古参の古強者が多い。
彼らの纏う場馴れした雰囲気からもそれは十分に察することができた。
初戦の複数戦で圧倒した、いかにも取り巻き然とした連中とはわけが違う。
れっきとした強者に違いない。
ともあれ問題なのは…リーダー格だ。
左右の大男よりもでかい。
ヘリオンも十分でかいが更にでかい。
そして、ヘリオンに勝るとも劣らぬ鍛え抜かれた筋肉は強者のそれ。
鎖帷子で身を包み、蛇が牙を剥く様子の面頬と兜で顔を覆っている。
おそらく大地と植物を司るアースを模したものだろう。
篭手と脛当にもアースを祀るような紋様が掘られており、右腕の篭手は肩まで延長された金属鎧となっている。
左手に持つ盾は縁と中心が金属で補強され、通常のものより巨大で…
匠はこの装備に思い当たる節があった。
そして、右手に携えるその武器は…
「お前は、背が高い…俺よりもずっと強い一撃を与えられるだろう…そう言ったな」
「…お前から教わった事は何一つ、忘れちゃいない」
あぁ…なんていう事だ、畜生!
薄々、気づいてはいた…俺がこの世界に来て最初に戦った5人はブルトゥス訓練所の者ではないと。
訓練所で一度も見かけた事がない事実を、あえて考えないようにしていた。
眼前に立つ大男が携えるその武器は、いや、その農具の名は…フレイル。
この男は俺の命の恩人で、この世界で最初の友人。
獄中に差し出された温かい肉団子のスープ、ほのかに効いた胡椒とハーブ。
人生で一番旨いとさえ感じたあの味は、今でも鮮明に思い出す事ができる。
それなのに、それなのに!
「闘士が試合を望まないのは当たり前の事だ、ヘリオン」
逡巡する俺に投げかけられるのは、居酒屋で諭された時と同じ言葉。
ならば俺も返そう。
「俺達は、庶民が羨むような高給取り」
それに続くのは俺の大切な友人だ。
「俺達の差し出す対価は命と選択肢!」
俺達は剣闘士。
庶民が羨む高給の対価は命と選択肢。
たとえ相手が無二の友人でも、剣を交えぬ選択肢は与えられない。
オドリーを想え。
パティアさんを、ダモンさんを、リヴィアスを、ゴズウェルを想って、剣を握れ!
「5連戦の最後を飾るウェスパシア訓練所の闘士は、現在連勝中にして上位入り確実と目される注目株!
鉄壁の防御と鋼の意思!重装のフレイル使いカルギス!」
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