58話 5連戦開始!
太陽が中天に差し掛かる昼時、闘技場は常日頃であればまだ前座の後半戦に差し掛かった頃合い。
クロネリアの休日は市場が開かれ、市民は各属州から運び込まれた珍しい品々を見て回り、買い出しがてらに露店などで昼食を済ませ、気だるい午後を思い思いに満喫する。
ある者は早めのテルマエ(公共浴場)で汗を流し、ある者は劇場で史劇を鑑賞し、ある者は音楽堂へ合唱隊のコンサートを楽しむために赴く。
しかし、この日ばかりは数多くの市民が小闘技場へと殺到していた。
先日の魔獣戦でクロネリア市を雷雲に包んで7度も雷を落とし、北の海を暴れまわる山のように大きな魔獣を丸焼きにしたという新鋭の闘士が、今度は5連戦という偉業に挑戦するらしい。
なんでもヘリオンと名乗る闘士は、怒りで髪が赤々と燃え上がっているとか、百腕巨人の子孫でいくつもの腕に全て違う武器を手にしている等々、町の噂は彼で持ち切りである。
さらに皇帝陛下まで、ご自身が統括されている大闘技場を休業にして観覧されると聞けば、自ずと足は小闘技場へ向くものだ。
小闘技場はまさに満員御礼の大盛況。幸運にも観覧席の切符を手にした人々は試合の予想で盛り上がり、近くのダフ屋では立見席の切符が高額で取引されている。
多くのクロネリア市民が熱を持って注目する中、ヘリオンの試合は開始された。
「大空を司る竜サンダーに祝福されし良き日。栄光あるクロネリア市民の皆様、よくぞお集まりくださいました。
本日はクラウディ公派ブルトゥス訓練所闘士、ヘリオンの大いなる挑戦をお楽しみいただきたい!」
楽団による大仰な演奏が一段落した頃合いを見て、興行師ダモンが前口上を行い、列席者の面々を紹介していく。
クロネリア帝国第十三代皇帝、インペラル・ディディ・フィルメヨール・アウグス・クロネリア。
言わずとしれた現クロネリア帝国皇帝である。
賢帝とまで称された先帝の後を若くして継いだ彼は、民衆の人気を集めるために闘技場でパンを配り、剣闘を過激に進化させ、そこに政治まで持ち込んだ。
対立する派閥の闘士を戦わせ、皇帝がジャッジする。
その結果を観客の眼前でそのまま政治に反映させてみせる事で皇帝の権力の大きさを民、元老院、貴族、神殿と、あまねくクロネリア帝国国民へ見せつける事に成功した。
『パンとサーカス』だの『愚民政策』などと口さがない吟遊詩人は嘆いて見せたが、市民と皇帝の関係は概ね良好といえる。
剣闘を好み、後押しする皇帝は「余の大闘技場で行われない事のみが残念ではあるが…」とダモンに冷や汗をかかせ、盛況な試合の開催を言祝ぐ。
アグナ・フィルメヨール・クラウディ公。
皇帝の叔父であり『インペリウム』と呼ばれる最高指揮権を持ちながらも、帝位争いを一番最初に降りた先帝の弟君にして忠臣。
アウグス帝の抑え役、教育係、クロネリアの大黒柱、とその名を知らぬ帝国民はいない。
アウグス帝の一歩後ろに控える事で立場を明確にし、周囲を安心させるように、柔らかな口調で皇帝の恨み言をたしなめてみせる。
「小闘技場にまで手を伸ばされては陛下のご心労が絶えませぬ。玉と石を選別するが如き面倒事は小うるさい叔父の仕事なれば」
「クラウディ、あまり面白い物を余に隠すなよ?」
「隠したところで見逃す陛下ではありますまい」
クラウディ公の淀みない返答に、クックックと含み笑いを漏らして掛け合いに満足したアウグス帝はダモンに手の平を振って続きを促した。
シディウス・ウルタス伯。
元老院議員の重鎮にして、言わずとしれた元老院最大派閥シディウス伯派の長。
皇帝を中心にクラウディ公と挟むようにしつつ、公よりもさらに数歩下がって列席している。
クラウディ公の好敵手にして若きアウグス帝の良き相談役。
齢70を数えてなお政治的野心は衰えず、市民が注目する会場に自ら足を運び、壮健な姿を見せた。
お歴々の紹介を終えるとダモンは一礼して下がり、実況者へと口上を交代する。
「本日のプログラムはブルトゥス訓練所の下位闘士、ヘリオンによる5種の武器を使った5連戦となります!対するはウェスパシア訓練所の精鋭10名!」
おおぉ!
「本当に10人と戦うのか?」
「5種類も武器を扱えるものか!」
観衆は好奇心に目をギラつかせながら口々に、無理だ、誇張だと、まるで反問を期待するかのように文句を口にする。
「おっとぉ?聞き捨てなりませんよ。無理?無茶?それは、この男を見てから語っていただきましょう!」
狙いすましたように大げさな身振り手振りで観客を煽る実況者。
「武器を制する者、燃え盛る赤毛の悪魔、百腕巨人の子孫…ブルトゥス訓練所が誇る闘士、ヘリオンの登場です!」
試合前にダモンさんから渡された演出用のフード付きマントを被り、俺は両手に一本ずつ抜き身のソードブレイカーを携える。
傍らには俺以上に真剣な顔つきで、ゴルフバッグに似た籠にいくつもの武器を携えたティミドゥスが寄り添っている。
眼前の柵が勿体ぶりながらゆっくりと引き上がり、突き刺すような光と観客の熱気が押し寄せるように意識へと流れ込んでくる…
さぁ、剣闘の時間だ。




