55話 ティミドゥスの献身
白布を解いてみると片方の刃が鮫の歯状にギザギザになっている剣が2本姿を見せた。
刀身の片方は一般的な直剣状になっているだけに反対側のギザギザは、なかなかの異彩を放っている。
刃渡りは50センチ超でグラディウスと同サイズ。
先端は鋭利に尖っていて刺突でも致命傷を与えられるだろう。
防御に特化した剣であるために鍔は大きく左右に伸びている。相手の剣を折り、絡め取る特殊剣『ソードブレイカー』だ。
「鍛冶師長、イメージ通りの見事な出来です!感謝します」
キュクロ鍛冶師長は気恥ずかしそうに髭に隠れた顔で頷いて見せたが、すぐに困ったように眉を寄せた。
「ただなぁ、最初に話したがこいつは耐久面に心配がある。それもあって鮫の歯の深さを変えて2本作ったのよ」
2本のソードブレイカーを比べてみると確かに鮫の歯の長さが違っていた。
一方は刃幅の半分、もう一方は3割ほどに留まっている。
「せっかく2本も作ってもらえたので二刀流で使ってみますよ」
「お?両方使ってもらえるのか。そりゃ豪気なこった!」
なに、今回の支払いはダモンさん持ちだ。
どんとこいである。
「よし!じゃあ次だな」
「頼んでおいてなんですが…デカいですね」
「あぁ、こいつはまさに巨人の剣よ」
大きな白布から露わになったのは長大な鉄の塊。
名前通りの両手持ち剣『ツバァイハンダー』
全長1.7メートル。刀身1.2メートル。
帝国で一般的に採用されているグラディウスの全長が70センチ、長剣と呼ばれるスパタでさえ全長が1メートル程度である事を考えると、ツヴァイハンダーがどれほど大きいかわかるだろう。
刃の根元20センチほどまでは刃がついていない。
“リカッソ”と呼ばれる部位で、ここを握って振るえるようになっている。
近接戦闘時の防御や切り返しで使えそうだ。
意を決して手にとってみれば想像通りの重量。
5キロ近くありそうだ。
さすがのヘリオンさんでもこいつを片手で扱うのは厳しいかと思考しながら、ブオンブオンと振り回してみる。
素早く切り返すのはかなり難しい。
一瞬、扱いきれなかった架空武器チェーンフレイルが頭をよぎったが、ツヴァイハンダーは実用されていたという事実を思い出して首をふる。
身贔屓かもしれないが、ヘリオンの肉体は闘技場や訓練所で見てきたどの剣闘士よりも優れていると思えた。
足りてないのは経験と戦闘の想像力、つまり心である俺の問題に違いない。
5連戦までには使いこなせるよう訓練に勤しもう。
「どうだ?気に入ったか?」
「ええ、キュクロ鍛冶師長の仕事は完璧です!ありがとうございました」
「小僧の考える武器はなかなか面白い。また何か変なもんを思いついたら酒を持って顔をだしな」
そうか、ドワーフといえば酒好きで有名だった。
「すみません。次は必ず持参します」
「おっと、催促したわけじゃねぇぞ」
ガハハと笑い合って談笑を終える。
武器は剣闘生活にとって生命線だ。
キュクロ鍛冶師長とは良好な関係をしっかりと築いていきたい。
鍛冶工房から武器庫へと足を向け、ソードブレイカーとツヴァイハンダーを預ける。
クロネリアでは市民の帯剣を禁止されてはいないが注目を集めてしまう。ツヴァイハンダーなんて担いでいたらなおさらだ。
管理棟を通りぬけ、そろそろ帰宅しようとしたところで血相を変えたトリトスさんに呼び止められた。
「ヘリオンさん!ティミドゥスから緊急の報告があります!」ティミドゥスから俺に報告?
トリトスさんの執務室で待っていたのは腹部を赤く染め、体に無数の切り傷を負って横たえるティミドゥスの痛々しい姿。
「なにがあった!」
「ヘリオンさん……俺、お嬢さんをちゃんとお守りしましたよ」
ヘヘッと力無く笑うティミドゥス。
「オドリーさんの帰りをティミドゥスに送らせたのですが途中で襲われたようです」
オドリーが襲われた?
何が…いや、誰が…
背筋を悪寒が走り、総毛立つ。
彼女になにかあったとしたら正気を保っていられる気がしない…
「オドリーは無事なのか?」
「えぇ、お隣のお宅なら安心だと言ったのでそこまで送りました」
よかった。まずは一安心だ。
ホッと胸を撫で下ろす。
「ティミドゥス、君には返しきれない恩ができてしまったな。ありがとう」
腹部を押さえながら途切れ途切れに語るティミドゥスの報告によると、相手は二人。
酔漢を装っていたがプギオ(短剣)を携帯し、訓練を受けた動きだったという。
「おそらくはウェスパシア訓練所の差し金でしょうね…」ウェスパシア訓練所…
「今度の5連戦に関係した攻撃という事ですか?」
「それもあるでしょうが。ヘリオンさん、あなたはすでにだいぶ恨みを買っているかと…」
恨み?自慢じゃないが、俺はかなり善良な市民生活を送っている。
こちらの世界に来てからというもの人を騙した事もなければ、口論すらしたこともない。
物を買う時は言い値でニコニコと買っているし、暴力を振るった事も…まぁ、剣闘試合は仕事なのでカウントしなければ、ないはずだ。
全く心当たりが思い浮かばない俺にため息をついたトリトスさんが口を開く。
「ヘリオンさんがうちに来る前の試合でアンクラウスという剣闘士を倒したでしょう。彼はウェスパシア訓練所肝いりの闘士でした。
彼の死で心を病んだ興行師ウェスパシア・ロムルスは息子のロマレースに訓練所を譲りました。ロマレースはヘリオンさんへの復讐を公言しています」
完全な逆恨みじゃないか。
俺だって戦いたくて戦ったわけじゃないぞ。
「ともあれ、ウェスパシアの嫌がらせが終わりとは限りません。身辺警護に心当たりはありますか?」
「そうですね。早急にパトロヌスに相談してみます」
ウェスパシア・ロマレース、覚えたぞ。
これまで敵意を持って戦った事はなかったが家族に手を出してくるなら話は別だ。
絶対に後悔させてやる。
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