05話 麦とフレイル 後編
ドオン!
「ひいっ!」
俺が振り回したフレイルの棍はカルギスの左側頭部を襲ったが、反射的に構えられた巨大な盾によって遮られた。
あわや弾かれるかと思った瞬間、防御した盾の左上部は砕け、木片がパラパラと散った。
遠心力、偉大すぎるだろ。
小さな悲鳴をあげてしまった自分を恥じたのか、カルギスは弱気を払拭するように雄叫びをあげて睨みつけてきた。
「うおぉぉぉぉ!おい、お前!巨人は俺の称号になるはずだったんだ!返せ!」
こいつ何を言って…え?それ今重要か?
「鋼の巨人ギガス・カルギス!お前より俺のほうが似合うだろうが!」
鋼の巨人て、合体ロボットじゃないんだから。
付き合っていられない。
呆れた俺は再度フレイルを振り回し始める。
「また振り回すやつか!」
あわてて盾を顔まで持ち上げ、防御体制を取るカルギス。腰を深く落とし、剣を構えた右腕は高く振りかぶっている。
次の一撃を耐えて即座に斬りかかるつもりのようだ。
フレイルには西暦1500年頃、実戦用の戦闘マニュアルが存在していた記録があり、その説明や挿絵等は現在にも残っている。
匠は姉の歴史オタク的な英才教育によってそれを知っていたわけだが、匠はそれらの記憶からインスピレーションを受け、新しい使用方法を思いつく。
ヘリオンの身体能力とフレイルの構造を使えば、あの大きな盾を飛び越える事が可能なのでは?
先ほどのカルギスの悲鳴を聞いた事で相手も自分と同じように、緊張や恐れを持つ人間だと理解できた。
そうなると心に多少の余裕が生まれ、戦闘に対する好奇心が湧いてくる。
思いつきを試してみたい…
さっきは旗振りを意識していたが、今度は砲丸投げを参考にする。
腰と背中、腕と手首の全てを使い、遠心力を高めていく。
相手があまり動かないタイプで正直助かった。
相性は最高に有利!効果ばつぐんに違いない!
たっぷりと時間をかけて勢いをつけて回転を横から斜めに変えていき、大上段から頭部めがけて叩きつける!
カルギスはさらに盾を持ち上げて待ち構える。
一撃耐えてのカウンター狙い。
俺はカルギスが待ちに入ったのを見て、これを試すと決めた。
一撃を加える瞬間、大きめに一歩踏み込んで打点を変える。
フレイルは遠心力を最大限利用するために先端の棍棒を当てるのが心得。
だが今回俺は、柄の先端がカルギスの盾の縁を打つように調整した。
奴はかなり視界の悪い兜を被っていたせいで、距離感をうまく掴めずにこちらの狙いに気付けなかった。
フレイルの柄は盾の縁で止められたが、その先についた鎖と棍は縁を支点にして曲がり、そのままカルギスの兜に運動エネルギーを叩きつける。
ヘリオンの驚異的な動体視力があればこそ可能な繊細なコントロールだ!
ガッ!ドゴッ!
「ぐふっ……き、効かない、ぞ」
効いてる効いてる。
奴は大男だ。まだ沈まない。
でも俺にはもう一点、狙い目があった。
それは、外れないように包帯でグラディウスを巻き付けた右手だ。
剣を捨てない、死ぬまで闘う覚悟は見事だが、フレイルや槍の最大の弱点は柄を掴まれる事にある。
あの手では襲ってくるフレイルを掴めない。
そして、申し訳ないとは思うが弱点を狙うのは勝負の鉄則。
ふらつくカルギスの視界にできるだけ入らないよう左に左に回り込みながら、奴の右手に向かって容赦なくフレイルを叩き込む。
数発も打ち込んでやると彼は右手を懐に隠し、亀のように縮こまって震えるだけになってしまった。
自分でやっておいて何だが、居た堪れない。
もう決着はついただろう…
前回のモルナガと違って、カルギスは完全に戦意を喪失してるのだ。できれば殺したくない。
ちょっと憎めないところがあるし、なにか方法は……
一寸の間、思案して匠は彼を助ける妙案を探す。
試合を強要されるのは仕方ないと諦めはついても、人を殺す事にはどうしても慣れたくなかった。
俺は亀のように丸くなっているカルギスの体に片足を乗せて、フレイルを持った右腕を高々とあげ叫んだ。
「クロネリア帝国に栄光と繁栄を!」
わあぁぁぁぁ!俺の勝利宣言に応える観客達。
そして間髪いれず、カルギスを引き起こして耳元に囁いた。
「おい、助けてやるから、急いで俺を肩に乗せるんだ。そして闘技場を愉快そうに駆け回れ」
彼はこくこくと頷き、盾を捨てて俺を左肩に乗せ走り出した。俺は肩の上から観客達に向かって手を振り、フレイルを掲げて敬礼を返す。
湧き上がる歓声と拍手!
「すげえ戦いだったぞ!」
「前座とは思えない!見に来てよかった!」
「二人共よく戦った!」
「次の二人の活躍も期待しているわ!」
見渡す限り、全ての観客が親指を上にあげている。
これは助命の投票をしてくれているのだ!
駆け回る俺達に向けてチップがそこかしこから飛んでくる。
花びらをまく者、パンを投げてくれる者。
アオイドス(吟遊詩人)が即興で詩まで謳いだしている。
大盛況だ!
カルギスは奴隷剣闘士ではない。
なぜなら下級剣闘士と呼ばれていたから。
それなら死ななくてもいいはずだと匠は思う。
そして、これならもう観客達が彼を殺させはしないだろう。
唯一人、大枚を賭けた博打に負け、前座が見せ場をかっさらってしまった興行師だけが顔を真っ赤にして激昂していた。
余談だが、あのフレイルは俺に良くしてくれている牢番頭のゴズウェルが自宅用に用意した私物だったらしい。
もちろん、武器としてではなく農具として。
へし曲がって血のついたフレイルを返すと、ゴズウェルは傷だらけの顔で渋面を作りながらも快く許してくれた。
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